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86話 勇者は救国魔団に救われる

「サンダーショット!」


 斜めに走る稲妻がマリアナの光線と激突し、相殺した。


「ちっ」

「だれだ!?」

「姿を見せろ!」


 現場に混乱が生じる。


『サンドショット!』


 べつの声が重なり、周囲に岩の塊が降り注ぐ。


「ちっ」


 聖法母団の面々が、散り散りに躱していく。

 包囲網に穴が出来た。

 しかしそれは微々たる隙間で、負傷したおれがすり抜けられるものではない。


「失礼」


 背後で声がしたのと、おれの首に腕が掛かるのが同時だった。


「あっ」


 という間に、体が後ろに引きずられていく。


「ブースト」


 一気に加速した。

 まるで、後ろ向きに進むジェットコースターのようだ。


(うっ)


 足が宙に浮き、チョークスリーパーホールドのように首が閉まる。


(く、苦しい……)


 気道を塞がれており、声がでない。


(もう……ダメかも……)


 視界がブラックアウトし、おれの意識は飛んだ。



 目が覚めると、辺りは静かだった。

 状況は理解できないが、見知らぬ天井が見えるのだから、寝かされているのだろう。


「ッテ」


 上半身を起こすと、鈍痛が走った。

 原因である腹に開いた穴に、視線を落とす。


「なんということでしょう。あれほど綺麗に貫通していた箇所が、見事に修復しているではなりませんか」


 などと、一人ビフォーアフターをしている場合ではない。

 けど、驚いているのは事実だ。

 触っても痛くない。

 薄皮ではなく、しっかりと肉の感触がある。


「足は……」


 大丈夫だ。

 こちらも完全に傷が塞がっていて、元に戻っている。

 だれかは知らないが、治療してくれたようだ。


「ってことは、ここは病院か?」


 冷静に見渡せば、おれのいる部屋は病室っぽかった。

 寝かされていたのも、医療用ベッドである。


「おっ、起きたか」


 おれがベッドを下りるのと、見知った顔が部屋に入ってくるのが同時だった。


「あんちゃん、調子はどうだ?」


 粗野な口調とは対照的に、煌びやかなドレスを身につけた少年が訊いてくる。

 この美人兄弟の兄とは、三度目の対面だ。


「おかげさまで助かったよ。ありがとう」

「礼は父ちゃん母ちゃんに言ってくれ。おれは様子を見に来ただけだ」

「なにをしてくれたかは問題じゃないよ」


 だれかに言われたのだとしても、その足を動かしてくれたことに感謝している。


「ありがとう」

「へんっ」


 頭を下げられたことが恥ずかしいのか、兄はそっぽをむいてしまった。


「失礼します」


 水とタオルが入った手桶を持って、弟が入ってきた。


「んん!?」


 室内に漂う微妙な空気を敏感に察し、弟が眉根を寄せた。


「どうしたの? なんかあったの? 兄さん」

「うっせい。なんもねえよ」

「な、なんだよ!? まったく」


 取りつく島のない兄に困惑しつつ、弟が手桶を机に置いた。

 ひょっとしたら、この子はおれに気づいていないのではなかろうか。


「よいしょ」


 タオルを絞り始めた。


「はい。兄さん」


 後ろ手に渡そうとするが、兄は受け取らない。


「取らねえの?」

「あれはあんちゃんの。おれには必要ねえもん」

「そうか。おれのか」

「何言ってるんだよ!? これは兄さんの……ひゃあっ」


 タオルを取ろうとしたおれと視線が合い、弟が飛び上がって驚いた。

 やはり、この子はおれに気づいていなかったようだ。


「お、お、起きていらっしゃったんですね」

「ああ。いまさっき、目が覚めたよ」

「それはよかったです。あっ、これどうぞ」

「ありがとう」


 差し出されたタオルを受け取ったが、どうすればいいんだ?


「体を拭け。ここには風呂なんて高価なもんはねえからな」

「臭う?」

「若干な」


 上着を脱ぎ、上半身裸になった。


「きゃあ!」


 なぜか弟が赤面し、部屋を出て行った。


「なんだ?」

「あんちゃん、露出狂じゃねえんだから、急に脱ぐんじゃねえよ」


 呆れ顔の兄も、少しだけ顔が赤い。


「でもまあ、それだけ元気なら安心だ。身体拭いたら、部屋を出て左に真っすぐだ。突き当りの部屋に母ちゃんがいるから、会ってくれ」


 速口に捲し立て、兄もそそくさと部屋を出て行ってしまった。

 なんだかよくわからないが、それを知るためにも行動しよう。

 手早く体を拭き、おれは指示された部屋にむかった。



「お待ちしてました。あら?」

「きゃああああ」


 出迎えてくれた二〇代後半ぐらいの美女が小首をかしげ、脇にいた弟が両手で顔を覆った。

 けど、指の隙間からしっかりと見ている。


「ななな、なんで裸なんだ!?」


 兄は本気で狼狽している。


(失礼な)


 おれが露出しているのは上半身だけだ。

 下半身はちゃんと穿いている。


「いや、おれも好きでこんな格好してるわけじゃねえよ。臭いの原因がこれだから、着れねえんだよ」


 手に持ったシャツを掲げた。

 意識のない期間も合わせ数日だろうが、ダライマス盗賊団や聖法母団と戦ったり、浜辺で寝たりした結果、まあまあの臭いを漂わせている。

 身体を拭いて再度着ようとしたとき、それに気づいた。


「では、これをどうぞ」


 渡された服を広げた。

 サイズ的には問題なさそうだ。


「ありがとうございます。ちょっと着替えてきますね」


 ここで着替えるのはさすがにマズイ。

 なにせ、替えの下着もあるのだから。

 おれは先ほどの部屋に戻り、着替えを済ませてとんぼ返りした。



「お待たせしました」

「主人の物ですが大丈夫そうですね。では、汚れたものはこちらへ」


 目の前の美女に旦那がいることは予想済みであり、驚くことはなかった。

 新たな命が芽生え育まれている大きなお腹が、その証拠だ。


「悪いけど、洗い場に持って行ってちょうだい」

「おう」

「はい」


 おれが渡した服を母から受け取り、兄弟は部屋を出て行った。


「傷は治られました?」

「おかげさまで。ありがとうございます」

「礼にはおよびません。あなたには、子供たちがお世話になっていますので」


 チンピラから救ったのと命を救われたのとでは釣り合わない気がするが、母からすれば大差ないのだろう。

 マリアナ同様、彼女からも圧倒的強者の雰囲気がうかがえたが、子を想う母の優しさみたいなモノがにじみ溢れている。


「っと、恩人をあなた呼ばわりは失礼ですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」

「この世界ではセイセイで通していますが、本名は清宮成生です。どちらでも、好きなほうでお呼びください」


 正直に明かした。

 理由は簡単だ。

 命を救ってもらったのだから、そうするのが当たり前、だと思ったからだ。

 もしこれで不利益が生じるのだとしても、それは甘んじて受け入れよう。


「では、家族といる場では清宮さんと呼ばせてもらいます。それ以外のところでは、セイセイさんでよろしいですか」

「どこでどのように呼んでいただいても、問題ありません」

「そうですか。では、私のことはニナ。子供たちは兄がアベルで、弟をニコルと呼んでください。主人の名前は……ご存じですよね?」


 その一言で理解した。

 おれがこの世界で出会った男性は複数人いるが、名前を聞いたのは一人だけだ。


「ツベルさん、ですね」

「はい。正解です」

「ということは、ここが救国魔団の拠点なのですか?」

「またまた正解です」


 子供を褒めるように手を叩いてくれるが、怪しいマントの一団と、ニナたち家族が上手くリンクしない。


「驚かないでくださいね。私が、救国魔団の代表です」

「はあっ!?」


 胸を張って言われたが……それをすぐに呑みこむことは出来なかった。


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