84話 勇者は神様と二度目の対面を果たす
「る~るる。るるる。る~るる。るるるる~る~る~る~る~。るるるる~る~る~る~る~る。る~る~る~る~」
長いな。
「どうもみなさんこんにちは。神様です。本日のお客様は、赴く異世界すべてで悲惨な目にあっている勇者さんです」
「やかましい!」
起き上がってツッコんだ。
「おおっ! 今回はやけに早いリアクションなのさ」
キングサイズのソファーに腰を深く沈める超絶美男子が、嬉しそうに手を叩いた。
その姿を見間違えることはない。
先の異世界で出会った神様だ。
「覚えていてくれたようで嬉しいのさ。なにせ、今回は長々と説明する時間がないのさっ」
立ち上がった神様が左手を腰に当て、人差し指を立てた右腕を右斜め上に掲げた。
「ディスコが似合いそうだな。ってバカ野郎! ポーズとるヒマがあるなら、話進めろよ」
「そうしたいのは山々だけど、ボケてもみたいのさっ」
「めんどくせえ!」
これはツッコミじゃない。
魂の叫びだ。
「僕ぐらいの上級神になってしまうと、気安くツッコムのはおろか、話しかけてさえもらえないのさ。だから、君のように分別なく壁のない者には、つい構ってあげたくなるのさっ」
バカにされているのかもしれないが、本心だとも思う。
それとどういうわけか、神様には前回ほどの威圧感がない。
本能的な恐怖を感じひざが震えているのは変わらないが……前回ほどではなかった。
「うん。君は本当に勇者たり得る資格を持っているのさ。それはとっても羨ましいのさっ」
「どういうことだよ?」
「説明したって無駄なのさ。神でない君には、理解できないのさっ」
突き放す言葉には、冷たさが備わっていた。
これ以上追及すれば、おれ自身も冷たくなる覚悟が必要だ。
「察しがいいのさっ。それに、その部分は話せば長くなるのさ。こんな短い時間では、土台無理なのさっ」
「じゃあ、なんで来たんだよ?」
「決まっているのさ! ちょい推しである君に、助力を授けに来たのさっ」
なぜかウインクをされた。
ノン気のおれでもちょっとドキッしたのだから、恋愛対象からしたら悶絶モノだろう。
だからこそ、言ってやらねばならない。
「ちょい推しより、激推しを推したほうがいいんじゃないか? なにせ、推しは急にいなくなることがあるからよ」
おれ自身に経験はないが、推しができちゃった結婚をしたと泣いていた友人がいた。
あれは本当に悲しそうだった。
「大丈夫なのさっ。僕の推しは永遠なのさ。例えスキャンダルで叩かれても、僕だけは味方なのさっ」
鑑だ。
推し神様だ。
「よっ! さすが神様!」
称賛すると、神様は満足そうな表情で胸を張った。
「当然なのさっ。だから、推しである君に魔法を教えてあげるのさっ!」
「ちょっとなに言ってるかわかんないっす」
「なんでなのさ!」
おれの掌返しに驚き、神様が目を見開いた。
大きな漫才コンテスト優勝者の漫才っぽいネタだったのだが、さすがの神様も知らないらしい。
(あの人たちなら、神様であろうとも爆笑の渦に呑みこめるだろうに)
そんなことを思っているおれの肩を掴み、神様がブンブン揺らす。
「強い強い! 肩がもげる!」
「なんでなのさ!」
おれの言葉は神様に届いていない。
というより、聞いてない。
「おい! 話を聞け!」
「な・ん・で・な・の・さ・っ!」
ダメだ。
このままじゃ埒が明かない。
というより、マジで両肩がもげてしまう。
「痛いって言ってるでしょうが!」
自由になる足を使い、神様にローキックをかました。
「イテッ!」
顔を歪めたのは、おれのほうだった。
蹴られた脚より、蹴った足のほうがダメージがデカイ。
強度が尋常じゃなかった。
その硬さは、鉄や鋼などでは比較にならない。
「痛いじゃなのさ」
(ウソつけ)
と反論したかったが、口が動かせなかった。
神様の醸す空気が、それを許さない。
(死ぬかもしれないな)
背中を冷や汗が伝う。
「けどっ、ゆ~るし~て~あ~げる~のさ~っ」
ニッと笑う神様は、無垢な子供のような表情を浮かべている。
「ありがとうございます」
「気にしないでいいのさっ。けど、罰として魔法は教えてあげないのさ」
「わかりました。諦めます」
「切り替えが早いのさっ。もしかして、初めから教わる気なかった? ううん。そんなことがあるはずないのさっ」
神様はそう言うが、おれの本音はその通りだった。
(よくわかんねえけど、それはしちゃダメな気がすんだよな)
絶対に口にしてはいけない。
したら、殺される気がする。
『干渉限界が近づいています』
無機質なアナウンスが聞こえた。
「おおっと、もうそんな時間なのさ。じゃあ、僕は行くのさっ」
「いや、マジでなにしに来たんだよ!?」
「助力に来たのは本当なのさ。じゃないと、君は死んでしまうのさっ」
神様にふざけた様子は微塵もなかった。
淡々と、事実だけを伝えている気がする。
「残念だけど、もう会えないと思うのさっ」
「おれはだれに殺される?」
「僕の推しさ」
そう言い残し、神様は姿を消した。
目を覚ましたとき、空は暗かった。
これでは、街に戻っても中には入れない。
「参ったね」
野宿もそうだが、神様の予言にもヘコんでいる。
当たり前だが、死ぬ気はない。
けど、抗えない死があるのも事実であり、地球で経験もしている。
「さて、どうしたもんかな」
人はおろかモンスターの姿すらなくなったここなら、考える時間はたっぷりある。
とはいえ、選べる選択肢は多くない。
街に戻るか、このまま逃げるか。
大まかにはその二択だ。
神様の推しがどこにいるのかは知らないが、出会わなければ問題ない。
もしくは、街に戻り与した組織の中にいれば、味方になるのだから助かる……可能性もあるだろう。
生きるために媚びへつらう。
それも賢い生きかたの一つだ。
もしそれが嫌なら、このまま逃げてもいい。
他人と出会わなければ、殺されることもない。
「う~ん」
うなってはみたが、答えは一つしかなかった。
サラフィネとの契約を全うする。
それ以外ありえない。
死んで契約不履行になるのはしかたがないが、自分可愛さに契約を放棄するのは、断固として拒否する。
それを行った時点で、フリーランスとしてのおれは死ぬのだ。
いままで生きてきた人生を否定して生きていく。
そんなことはしたくない。
「どうせ死ぬなら、矜持に沿って……だよな」
起き上がり、おれは魔導皇国トゥーンに続く街道を歩きだした。