83話 勇者は浜辺に舞い戻る
ダライマス盗賊団とは、派遣された兵を返り討ちにし、法律も意に介さない恐ろしい集団、という話だったが、実際には大した組織ではなかった。
本質は火事場泥棒を行う下衆集団であり、頭目もただのチンピラだ。
すべてが二段も三段も上のタローは協定相手であって、ダライマス盗賊団に属してるわけではないらしい。
(相関図がグチャグチャになってきたな)
あらためて、だれがどの勢力に属していて、どこと繋がっているのか、を確認したいが、ここでするのは無意味だ。
(ダライマス盗賊団は知らねえだろうしな)
本人たちは協定と認識しているようだが、本質は違う。
タローからすれば一方的に利用しているだけであり、利用価値がある間だけ、仲間なのだ。
大企業が下請けの子会社を、グループ企業と呼ぶのと同じ理論だ。
コストの削減やさらに生産性の高い会社を見つければ、即座に提携は解消されてしまう。
「あらためて訊くけどよ。ここでのお前らの仕事を教えてくれよ?」
「残党狩りとお宝の回収だ」
絶対に答えてくれないと思っていたが、そうでもなかった。
「だれの指示?」
「タローに決まってんだろ」
「じゃあ、この村を襲ったのは?」
「んなもん知るか。タローの部下だろ」
面白いように答えてくれる。
「救国魔団を知ってるか?」
「当然だ。あいつらも、俺様の殺すリストに入ってんだからな」
「そこにはおれも?」
「当然だ」
(なるほど)
ペラペラしゃべる理由がわかった。
ここで殺すのだから、おれになにを知られても問題ないわけだ。
「馬鹿ですね」
空から降ってきた言葉に視線を上げると、タローが浮いていた。
その表情は一見穏やかだが、吊り上った目じりが怒りをにじませている。
(だろうな)
どう考えても、頭目はしゃべりすぎだ。
けど、それを指摘する前に、確認しなければならないことがある。
「そいつら、生きてねえよな?」
タローの両手には、黒いフード付きマントを羽織った男がぶら下がっていた。
ピクリともしないから、たぶん死んでいるのだろう。
「確認するならどうぞ」
タローが手を離し、男たちが落下した。
受け身も取らず、地面にバウンドする。
うめき声すらあげなかったのだから、死んでいるだろう。
(こりゃマズイな)
おれがこの男たちの後を追うのは、そう遠い未来じゃない。
ストンと降り立ったタローが放つ殺気は、おれにそう思わせた。
「ベラベラベラベラと余計なことしか言わないその口を、閉じなければなりませんね」
「はっ、やってみやがれ! 返り討ちにして、俺様の肉棒をッ!」
最後まで言うことはできなかった。
頭目は開いた口にレーザービームのような魔法を撃ち込まれ、絶命した。
殺しただけでは気が晴れないのか、タローはさらに魔法を撃ちこんでいく。
一撃一撃の威力がすさまじい。
風船が弾けるように頭目の体を粉々にするだけでなく、地面も揺らしている。
『なんだ!?』
火事場泥棒を行っていたダライマス盗賊団が外に出てきたが、二言目を発する者はいなかった。
全員がタローの魔法によって、殺された。
(すげえな)
あらためて、その威力に驚愕する。
そして、この力がある者とない者では、勝負にならないことも理解できた。
「こんなところですかね」
村を見て、タローがうなずいている。
「では、さようなら」
「おい」
背をむけたタローを、呼び止めてしまった。
「なんでしょう?」
「次会ったとき、おれが変わってなかったら、殺すんじゃなかったか?」
「すでに生存者はいませんからね。ここから新たにだれかを殺すことなど、出来ようはずもありません。ああ、断っておきますが、これは独り言です」
「なるほど。見る見ないは強者が決める、ってことか」
タローが満面の笑みを浮かべた。
「風向きが変わったようですね。急に耳心地がよくなりました。ダライマス盗賊団もこれぐらい素敵な調べを奏でられたなら、もう少し長生きできたでしょうに」
見逃すというよりは、まだ利用価値を認めているようだ。
「では私は行きます。これ以上ここにいると、厄介なことになりますからね」
タローが一瞬で消えた。
頭は混乱したままだが、ここにいるのは得策ではない。
足音のようなものに混じり、鎧が奏でるガシャガシャ音が聞こえている。
少なくとも、数十人規模の軍団が押し寄せている。
「逃げるしかねえよな」
ここに残っても、説明できない。
仮にしたところで、信じてもらえないだろう。
おれは村の外壁を飛び越え、林に入った。
可能なかぎり足音と気配を消して進む。
「煙りが上がっている! 急げ!」
木の陰から覗うと、足音の正体は聖法母団のシスターと甲冑騎士だった。
(あいつらグルなのか?)
甲冑騎士の鎧は、西の砦を破壊していた連中が身に着けていたモノだ。
…………
(ああ、そういうことか)
点と点が繋がった気がする。
西の砦を破壊したのは、聖法母団なのだ。
(マリアナの命令を実行したんだろうな)
心証としてはそれほど清廉潔白なイメージはないし、驚きもない。
情報操作や政敵の排除なども、行っているだろう。
ただ、タイミングがわからない。
はぐれはしたが、あそこを待ち合わせに指定した以上、おれがいるのは想定内のはずだ。
(だからこそ、あの甲冑騎士なのかもな)
正体を隠す意味合いもあるだろうが、あの場で殺したとしても、問題はなかったのかもしれない。
(う~ん。命を狙われるほど、嫌われることをした覚えはねえんだけどなぁ)
なんにしろ、ますます見つかったらマズイ状況になったので、おれはコソコソと逃げた。
しばらく歩いていくと、ダライマス盗賊団のアジトである洞穴の前に出た。
中を確認したら、男の死体がわんさか積まれていた。
「おいおいおい」
ダライマス盗賊団の中に、救国魔団の黒フードたちが混じっている。
状況からして、タローの襲撃にあったのだろう。
(こいつらもグルなのか?)
パニック寸前だが、ここに留まるのはマズイ。
濡れ衣を着せられる可能性が大だ。
「あ~っ、面倒くせえ」
グチりながら、洞穴を離れた。
休むことなく林を歩いた結果、ザザ~っと波の打ち寄せる音がする浜辺まで帰ってきた。
「プクプ~ク」
フグみたいのも、変わらず浮かんでいる。
「戻ってこれたな」
平和な光景に安堵した。
柔らかく吹く風も心地よく、気持ちがよかった。
「あっ!?」
張り詰めていた糸のようなものが切れ、おれは浜辺に倒れこんだ。
そして、気づかぬうちに眠りに落ちた。