82話 勇者対ダライマス盗賊団
「ヒャハハ。望み通り殺してやろうじゃねえか!」
下卑た笑みを浮かべながら、男がピストルの形にした右手を突き出した。
「ファイヤーショット」
指先から炎の弾丸が撃ち出される。
それはすごいことだし、
「おお!?」
と、驚きもした。
しかし、いかんせんショボイ。
聖法母団のシスターが撃ったモノと比べてしまうと、弾の大きさも射出速度も段違いだ。
これなら避けるのは造作もない。
(チャンスかもしんねえな)
魔法を体感し、肌感覚で知るいい機会だ。
(とはいえ、燃えるのはちょっとな)
ヤケドは症状によって死ぬ危険性もあるし、魔法の火は水で消えない可能性だってある。
体感するにしても、安全性を確認してからだ。
「よいしょ」
落ちていた木の板を拾い、炎の弾丸を叩いてみた。
接触と同時に着火し、すごい勢いで燃えていく。
(普通の火より温度は高そうだな。んじゃ、これならどうだ?)
木の板を捨て、今度はシャベルで挑戦だ。
「ファイヤーショット」
おあつらえむきに撃ってくれた。
「あらよっと」
溶けはしなかったが、鉄の部分が真っ赤になった。
(かなりの高温なのは、間違いねえな)
持っているだけでも熱いので、盗賊団に投げつけた。
「あぢぃ」
胸に直撃した男が、ゴロゴロと転げ回る。
「あぢぃ、あぢぃよ~」
「よくも兄弟を。今度は俺たちが相手だ」
泣きわめく男を無視し、後ろにいた三人の大男が襲い掛かってくる。
「ヤケドの兄弟を放っておいていいのかよ」
「知ったことか!」
治療する気はないらしい。
兄弟に恵まれなかったのはかわいそうだが、ダライマス盗賊団ではこれが当たり前なのだろう。
生き馬の目を抜くことが当然であり、のし上がるチャンスを逃すようなことはしない。
おれを討ち取れば、組織内での地位向上が見込めるのかもしれない。
「俺が先だ!」
「いいや、俺だ」
連携もなにもない。
各々が好き勝手に武器をぶん回している。
「ファイヤーショット」
中には味方に当たるのもお構いなしに、魔法を撃つバカまでいた。
「ぐあっ」
「ファイヤーショット」
仲間が一瞬で燃え上がっても、一向にやめる気配はない。
(まあ、同情はしねえけどな)
因果応報とはこのことだ。
それに、魔法の弾丸が直撃したらどうなるのかが知れたのも大きい。
狙ったモノではないが、ありがたいことだ。
「ちっ、ちょこまかしやがって」
魔法を躱すたび、男の顔が紅潮していく。
「これならどうだ!」
撃ち出されたのは大きな弾丸。
先ほどまでが数ミリだったのを考慮すれば、バレーボールサイズになったのはすごいことだ。
ただ、肝心の速度に変化がなかった。
これでは意味がない。
いままでと同じ結果になるだけだ。
「よっと」
避けた火の玉が足元に着弾した瞬間、小さな火の玉となって飛散した。
「アッチ!」
カスった腕が熱い。
幸いヤケドなどはしていないが、直撃したらマズイことになっていた。
「バカ野郎!」
「殺されてぇのか!?」
「ぜえぜえぜえ」
味方から怒号が響き渡るが、撃った本人は肩で息をし、額に大粒の汗を浮かべている。
(そういえば、ベイルもこんな感じのときがあったよな)
特大魔法を撃った後、顔面蒼白でキツそうにしていた。
(マジックポイントみたいのがあんのか? でも、体力も消費してるっぽいんだよな)
どちらにせよ、いまがチャンスであるのに変わりはない。
「でりゃ」
間合いを詰め、手当たり次第にダライマス盗賊団に蹴りを入れていく。
「ぐはっ」
「がはっ」
「ぶはっ」
苦悶の表情で男たちがうずくまる。
(弱いなぁ)
まさに小悪党だ。
正直、こいつらがブドー村壊滅などという大それたことができるとは思えなかった。
タロークラスの実力者がいるならべつだが、これだけ暴れても姿を見せないのだから、いないのだろう。
「おい、ダライマス盗賊団ってのはどん位の規模の集団なんだ?」
男がペッと唾を吐いた。
答える気はないらしい。
殴る蹴るで心を折ってもいいが、時間がかかるし、最後まで口を割らない可能性だってある。
無益な殺生をするぐらいなら、訊けそうなやつから聞くほうが手っ取り早い。
左を見た瞬間、バチッと目が合うやつがいた。
「なあ? お前らって、この辺を牛耳ってるんじゃないのか?」
「ひいいいい」
別段恐ろしいことを訊いたつもりはないが、尻もちをついた男は小便を漏らしている。
(こいつはダメだ。べつのやつにしよう)
とはいえ、どいつもこいつも及び腰でじりじりと後退している。
(本当にこいつらの仕業なのか?)
村の惨状とダライマス盗賊団の印象が、どんどんかい離していく。
と同時に、ある疑念が沸きあがった。
「ひょっとして、お前ら火事場泥棒なんじゃねえか?」
それなら納得ができる。
皆殺しにしたのはべつの組織で、こいつらは他人の喰い残しを漁っているだけなのだ。
「どうなんだよ?」
口を開きかけた男の首が飛んだ。
「へっへっへ」
やったのは、薄ら笑いを浮かべている男。
こいつにはとくに見覚えがある。
美人兄弟と初めて会ったときに絡んできた連中の中で、一番偉そうだった輩だ。
たしか、アニキと呼ばれていた。
「お頭、遊ぶのはいいですが、任務を忘れねえでくだせえ」
「うるせえ! てめえは仕事しろ!」
「へ、へい」
ケツを蹴られた男が、あわてて走り去った。
「お前が頭目なのか?」
「そうだ! 俺様がダライマス盗賊団の頭だ」
にわかには信じられない話である。
「じゃあ、タローってのは、お前の部下なのか?」
訊いといてなんだが、そんなことはありえない。
どんな目的があろうとも、あのタローが自分より劣る者の下につくとは思えなかった。
「あのヤローとは協定を結んでるだけだ。いずれ、俺様の肉棒を舐めさせてやる」
不服なのは十二分に伝わるが、そのときは一生来ないだろう。
タローとこの男では、実力が違いすぎる。
「だがその前に、てめえを殺す!」
頭目が地を蹴った。
そのスピードは、いままでの雑魚とは比べものにならない。
たぶん、身体強化の魔法を使っている。
「くらえ! ファイヤーショット」
「くっ」
至近距離からの一撃を、身をひねってギリギリで躱した。
正直、いまのはヤバかった。
後数秒遅れただけで、火だるまになっていたはずだ。
炎の弾丸を受けたあの親子の死骸のように。
「あ~あ、てめえが避けるから、あいつら燃えちまったぞ」
イラッとはするが、これしきで我を失うほどガキではない。
ここで殴りかかれば、頭目が放つ魔法の餌食になるだろう。
おれは距離を取った。
(冷静に。努めて冷静になれ)
おれは自分にそう言い聞かせた。
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