81話 勇者が訪れた村は壊滅していた
シュタッと降り立ったのは、ブドー村の入り口前。
「完璧だな」
体操競技なら、ビタ止めの最高評価だ。
「って、バカなこと考えてる場合じゃねえな」
ここまで近づくと、疑いようがなかった。
コゲた煤と血の匂いが漂っている。
これは急がないとマズイ。
「マジかよ!?」
ブドー村に一歩踏み入った瞬間、おれの足は止まった。
すでに壊滅している。
断定してはいけないが、そう思わせるに充分な地獄絵図だ。
生死を確認しなくてもいいほどの血だまりがそこかしこにあり、死体が散乱している。
「ヒデェな」
背中に太刀傷が刻まれている者も多く、逃げることすらできなかったようだ。
(犯人はどこだ?)
現在進行形で暴れ回っているヤツはいない。
自暴自棄になって自害した可能性もなくはないが、その可能性は低いだろう。
村全体が被害にあっている雰囲気からして、単独犯とは考えづらい。
もし仮にそうなら、逃げ延びた者がいるはずだ。
「お~い! だれかいるか~?」
声をかけながら村の奥に進むが、広がる光景に変化はなかった。
周囲に据えられた木塀が敷地を現しているのなら、ブドー村はそこそこの広さを有していて、なにかしらの要所である可能性が高い。
壊されたり焼かれたりして原形をとどめてはいないが、家の数からしても数百~数千人単位の住民がいたと予想できる。
「絶対に無理だよな」
やはり、この凶行を単独犯が行ったとは考えづらい。
状況からして、複数犯で間違いない。
「お~い! だれかいるかぁ~ 助けに来たぞ~」
生存者は期待できなかったが、わずかな望みをかけ、おれは村を一周した。
…………
残念ながら、反応はなかった。
けど、当然だと思う。
生き残った者からすれば、素直に顔を出したところを殺されたのでは意味がない。
恐怖に震えながらも、嵐が去るまでじっと息をひそめるはずだ。
「一瞬で生死を見分ける魔法とかあんのかな?」
それがあれば、救助も楽に行える。
「ってダメか。んなもんがあるなら、犯人たちが使ってるよな」
冷静なつもりでいたが、混乱しているようだ。
「さて、どうするかな」
悩んだり考えたりしたころで、大した意味はない。
おれにできることは、ごく少数のことしかないのだ。
「ああもう」
乱暴に髪をかいた瞬間、ガサッという音が聞こえた。
「だれかいるのか!?」
「た、たすけて」
血を流した若い女性がいた。
自力で立てないのか、地面を這って近寄ってきている。
「大丈夫か?」
駆け寄り助け起こした。
「あたしはいいから、子供をお願い」
「どこにいる?」
「あそこ」
震える手で、必死に軒下を指さしている。
「わかった。保護してくる」
「お願い、します」
女性を寝かし、おれは軒下に潜った。
上の建物が高床式で腹這いになる必要はなかったが、中腰で進む余裕もない。
四つん這いになり、ハイハイの要領で奥に進んでいく。
「いた」
赤ん坊だ。
ぐったりしていて、微動だにしない。
「もう大丈夫だぞ」
抱き上げたが、その体は冷たかった。
手遅れだったようだ。
「……このままには、しておけねえよな」
悲しいが、亡骸は母親に預けよう。
赤ん坊を抱え軒下から出たおれに対し、
「あり、がとう、ござ、います。その、子を、お願い、します」
苦しそうに言葉を紡ぎながら、母親は必死に頭を下げる。
どう見ても重傷だ。
たぶん、助からないだろう。
それを自分でも理解しているから、おれに赤ん坊を託そうとしているのだ。
胸に熱いモノが込み上げてくる。
(このまま、知らないほうが幸せなんじゃねえか?)
そんな考えが頭をもたげてしまう。
(それに、この子が生きる希望になる可能性だってあるよな)
子供を残して死ねない、と考える親は多いだろうし、目の前の彼女もその一人のはずだ。
希望が彼女の生存確率を上げることだってある。
(って、それは方便だよな)
真実を伝え、母親に追い打ちをかけることを拒んでいるだけだ。
捉えようによっては、嫌なことから逃げようとしているだけにすぎない。
(自分可愛さに真実を曲げることはあってはならないし、してはならないよな)
けど、それはおれの身勝手でもあり、自己満足でもある。
たとえ恨まれるのだとしても、すべてを話すことが正しいとも思えなかった。
(お前はどう思う?)
答えがないのは理解しているが、おれは腕の中の赤ん坊に問いかけた。
「あそこは聖法母団が警備しています」
不意に、美人兄弟の弟がそう言っていたのを思い出した。
「安心していいよ。この子は聖法母団に預けるから、ゆっくり傷を治しな」
折衷案ではないが、こう言えば母親の気も休まるだろう。
「駄目! それだけは絶対にしないで!」
目を見開き、母親がおれの足首を握りしめた。
食い込む爪が痛い。
「返して! あたしの子を返して!」
魂の叫びを発する姿は、息も絶え絶えだったのがウソのようだ。
けど、彼女が虫の息なのは間違いなく、いまも叫ぶたびに大量の血を飛散させている。
「お願いよ……あたしの子を、殺さないで」
そう言ったきり、母親は動かなくなった。
彼女もまた、亡くなったようだ。
最後の言葉は遺言であり、願いでもある。
おれにできるのは、うつぶせに倒れた母親を仰向けにし、その胸に我が子を抱かせることだけだった。
「助けられなくてごめんな。せめて、安らかに眠ってくれ」
見開いた母親の瞳を、そっと閉じた。
ただ、これで分からなくなったのも事実だ。
母親の反応からして、村を守っていた聖法母団は嫌われていた。
それは明らかな矛盾であり、どうにも納得ができない。
「んん!? ちょっとまてよ」
おれはもう一度村を見て回った。
「やっぱり!」
殺された村人はたくさんいるが、その中に修道着を身に着けている者は皆無である。
「じゃあ、ここに聖法母団はいねえのか?」
村人たちと同じような服装をしていた可能性はあるが、おれが出会ったシスターたちは、全員が同じ修道着を着用していた。
「どういうことだよ?」
悩みを遮るように、多くの足音が近づいてくる。
「まだ生き残りがいやがったか」
振り返ったそこにいたのは、ダライマス盗賊団だった。
タローの姿は見えないが、彼らには見覚えがある。
「てめえは! あのときのヤロウか!」
こいつらにもあるようだ。
(まあ、当然だよな)
目の目にいる連中は、美人兄弟と一緒に出会ったダライマス盗賊団である。
「ちょうどいいから、お前も殺してやる」
こいつらが実行犯なのは確定だ。ほかにも知っていることはあるだろう。
「ちょうどいい。おれも訊きたいことがあるから、相手になってやるよ」