80話 勇者は跳んだ
三つ又の分かれ道まで戻り、教えてもらった通り右の道へと進む。
「おっ!?」
地面をよく観察すれば、蹄と車輪と思しき跡があった。
(もっと早く気付いてれば、タローに会わずに済んだのかもな…………って、それはねえか)
自己完結になってしまったが、それは間違いない。
ジローとの待ち合わせの有無は知れないが、タローが姿を見せたのは、おれへの最終警告をするためだ。
そうでなければ、あのタイミングで殺害を宣言する意味がない。
まして、変わらず敵であるなら、という注釈つきなのだ。
それを肯定的にとらえるなら、変わる時間を設けてくれた、となるだろう。
「セイセイさんとは、もう一度だけお会いするでしょうね」
ご丁寧に再会も予言されたことだし、真剣に身の振りかたを考えなければならないようだ。
(タローはどこの所属だろうか?)
単純に考えるなら、ダライマス盗賊団。
彼らとは一悶着起こした間柄でもあるし、敵であるのは間違いない。
けど、そうでない可能性も十分に残されている。
もし仮に、タローがダライマス盗賊団の幹部でおれを殺したいのであれば、あそこで逃がす必要がない。
再会した瞬間に領地侵入の罪だなんだと因縁をつけて、実行してしまえばそれで済む話である。
(それをできない。もしくは、できなかった理由があるんだよな)
それはなにか。
考えるヒントは……
「セイセイさんとは、もう一度だけお会いするでしょうね」
「もしそのとき、セイセイさんが変わらず敵であるなら、殺して差し上げますね」
この二言だと思う。
察するに、おれには利用価値が残されているのだ。
戦力としては大したことがなく、政治的利用価値が低いおれだが、それはたしかに存在する。
ただ、その価値を見いだしているのは、ダライマス盗賊団ではない。
おれを神の御遣いとして利用している聖法母団と、投資と称して金銭を渡してきた救国魔団だ。
(でもなぁ~)
たとえ神の御遣いであろうとも、女尊男卑の魔導皇国トゥーンにおいて、おれの影響力などたかが知れている。
アキネやマリアナの発言力には到底及ばないし、真理を説いたところで一蹴するのもむずかしくない。
救国魔団も同様だ。
投資された額としては小さくないらしいが、ポンと渡せる金銭であるのも間違いない。
「う~ん。肯定否定も決定打がないんだよなぁ~」
白でも黒でもないグレー。
もしくは、玉虫色だ。
手詰まり……のように思えるが、おれを殺すメリットを有する集団なら、もう一つだけある。
「王宮関係者……なのか?」
神の御遣いは男で反逆者だった。
そんな不届き者に鉄槌を下せる現王妃は、神と双肩を並べうる尊き存在である。
謳い文句としては最高で、基盤固めにも最適だ。
けど、腑に落ちない。
もしそれが目的なんだとしたら、おれがこの世界に転移してきたことを、大々的に喧伝しているはずだ。
けど、実際はかん口令が敷かれている……と思う。
もし仮に広く喧伝されているなら、街中でおれは揉みくちゃにされたはずなのだ。
その価値がおれ自身になくとも、着ている聖法着にはある。
(いや、おれが着てるのはただの服か)
聖法着は洗濯したのだった。
しかし、剣と防具は身に着けている。
これにもサラフィネの加護が付与されているのだから、聖法着と同じ価値はあるだろう。
(信心深い者からすれば、見たいし触りたいよな)
おれを神の御遣いと明かしたうえで、野に放てばいいだけなのだから、面倒もない。
少しの間、市中が騒がしくなるが、後の大逆転を効果的にするなら、アリだと思う。
(それをしないんだから、おれに耳目は集めたくないんだろうな…………なら、おれを殺すメリットなんてあるのか?)
思い当たる節が一つもない。
神の御遣いということを省いてしまえば、おれが存在しようがしなかろうが、この世界に影響などない。
中世ヨーロッパのような建築と服装に加え、女尊男卑の差別意識が前時代的な印象を強くするが、生活水準は高かった。
機械はなくとも、それに代わる魔法という存在があるからだ。
身体能力すら向上させられる力は、二十世紀を凌駕しているといっても過言ではない。
(まあ、それだけに選民思想が根強いのかもしんねえな)
正社員のほうが偉い。
派遣社員のとき、さんざん言われセリフだ。
経験や技能に関係なく、立場によって頭を押さえつけられることなど、日常茶飯事である。
それが嫌で嫌でたまらなかったので、おれは技術と資格を吸収し続けた。
(なら、いまはどうだ?)
考えるまでもない。
答えは否だ。
勇者としての経験は積んできたが、魔法の前では形無しである。
ほかに誇れるモノがないから、風見鶏のようにあっちを見たりこっちを見たりしているわけだ。
(情けねえなぁ)
それは、ここ数年抱くことのなかった感情である。
研鑽の怠りとスペック頼りの堕落が招いた結果だ。
「あそこに行けば、変わるかな」
視線の先にブドー村を捉えた。
左には林にできた獣道も確認できる。
ここがあの兄弟と出会った場所で、間違いなさそうだ。
「どうすっかな」
林道を通ってもいいが、わざわざ遠回りするのも面倒だ。
力が落ちたといっても、ブドー村までなら走り幅跳びの要領でたどり着ける。
問題があるとすれば、領空侵犯が適用されるかどうかだ。
「カア、カア、カア」
カラスっぽい鳥が飛んでいた。
(ちゃんといるんだな)
野生の動物を初めて見た。
「カア、カア」
やつは大丈夫そうだが、どう見ても金目の物を所持していない。
「まあ、安全に行くか」
林道に入ろうと決めたとき、おれはそれに気づいた。
ブドー村から煙りが上がっている。
「煮炊きにしちゃぁ、多いよな」
そこかしこから上がっている気がしてならない。
しかも、黒い。
(たしか、酸素が足りないときに黒煙になるんだよな? だから、炊事による煮炊きのときは白煙の場合が多いんじゃなかったか?)
おおざっぱだが、そんなことを勉強した気がする。
「ってことは……火事か事件だよな」
前者ならマシだが、後者なら目も当てられない。
「ここでのんびりしてる時間はねえな」
領空侵犯を気にしてる場合ではない。
一刻も早くたどり着かなければダメそうだ。
「とうりゃ~!」
助走距離を取り、おれは跳んだ。