79話 勇者はタローに脅される
ズンズン歩いているものの、行けども行けども景色が変わらない。
最初にあった海岸線はなくなったが、その後は左右に林道が連なっているだけだ。
途中、三つ又の分かれ道が一度だけあったが、悩むことなく真っ直ぐ進んだ。
(どこまで続いてんだよ?)
結構な距離を進んだが、人はおろか動物すら見ていない。
鳴き声も聞こえてこない。
これは異常だと思う。
(戻ったほうがいいかもしんねえな)
道に迷うことはないが、いくつかの不安がある。
その最たるものが、日没だ。
いまはまだ明るいが、太陽が沈み始めているのは間違いない。
完全に隠れるのが何時間後かは知れないが、そのときは必ず訪れる。
それと同じくらい忘れてはいけないのが、村に行く途中にダライマス盗賊団の領地があることだ。
仮にこの先にあったとしても、境界を判別することはむずかしい。
暗くなれば、なおさら無理だ。
モメたら殴ればいい、という考えもありはしたが、スペックの下落を確認した現状、その考えは危険極まりない。
モブならなんとかなっても、幹部連中には勝てない可能性もある。
タローと名乗った女性は、特に要注意だ。
「マジかよ……」
目の前にタローが現れた。
いまから隠れても……もう遅い。
「こんにちは。セイセイさん」
挨拶をされたうえ、名前も呼ばれてしまった。
「こんにちは」
礼儀として挨拶を返したが、これ以上は関わりたくない。
いや、関わってはダメだ。
一見おだやかな雰囲気を醸しているが、ピリピリしている。
(よし。帰ろう)
これ以上進むのは危険だ。
「忘れ物ですか?」
踵を返そうと決めたおれの足を止めるように、タローが声をかけてきた。
気さくな声音で笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
(一つ間違えば、大惨事になるかもな)
下手に扱って不興を買うより、相手をしたほうが無難だろう。
「忘れ物じゃなく、この先の村に用があるんだよね」
「ブドー村にですか?」
「名前は知らねえけど、この先にあるのがブドー村なら、そこだな」
「あんな辺鄙なところに、どのような用がおありになるのですか?」
やたらと質問をしてくるが、答えには興味がなさそうだ。
「ご安心ください。こんなものはただの世間話です」
その証拠に、おれの答えを待たずに話を進めてしまう。
「ははは。私の悪い癖ですね」
会話というよりは、独り言に近い。
(意識や配慮をする必要がないんだろうな)
殺そうと思えば、いつでも殺せるのだろう。
たぶん……それは当たっている。
数秒前から立ち昇る闘気のようなモノが、甲冑騎士のリーダーと同等か、それ以上だ。
けど、実行されることはない。
(もし殺る気なら、とっくに殺ってるはずだよな)
理由は知れないが、それがあるから、放置しているのだ。
(よし。さっさと帰ろう)
!!
実行に移す直前で、足を止めた。
「どうされたのですか?」
どうもしない。
ただ、これ以上動くのは、危険な気がしただけだ。
「素晴らしい! やはりあなたは、そこらの有象無象とは違うようですね」
手を叩くタローの顔には、満面の笑みが浮かんでいる。
「再会は偶然……ってわけじゃなさそうだな」
「偶然ですよ。ただ、そう言ったところで信じてはいただけないでしょうね」
どう受け取るべきか。
ウソのようであり、本当のようでもある。
…………
わからないときは、訊けばいい。
「タローさんはなぜここに?」
「? ああ、タローとは私のことでしたね」
一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに思い出したようだ。
「このところ、忘れっぽくていけませんね」
苦笑のような薄ら笑いを浮かべているが、なんてことはない。
ただ単に、普段はそう呼ばれていないだけだ。
懐疑的な視線をぶつけるおれに、タローが柔らかい笑みと答えを返してくる。
「ここで、とある人物と待ち合わせをしているのです」
「だれと? と訊いても、教えてはくれないんだよね?」
「いえ、教えるのは一向に構いません。ジローです。ああ、ジローというのは、待ち人の名前です。まあ、言ったところでおわかりになるとは思えませんけどね」
「名前から察するに、弟さん?」
「違います。けど、穴兄弟という意味ではそうですね」
急な下ネタにとまどうが、
(いや、竿姉妹だろ)
なんてことは言わない。
話がややこしくなるだけだ。
「セイセイさんも繋がりますか?」
おれはかぶりを振った。
タローの肢体は魅力的ではあるが、バックボーンを含め、手を出すには恐ろしすぎる。
「それは残念ですね。では、観ていかれますか?」
再度、拒否した。
これは単純に、そういう趣味がないだけだ。
「では引き返してください。ここより先はダライマス盗賊団の領地ですし、楽しみの妨げになりますので」
「あいよ。けど、最後に一つ教えてもらってもいいかな?」
「ええ、私に答えられることなら、なんなりとお尋ねください」
「この前は林に入る前に村が見えたんだけど、それが確認できないんだよね」
「ブドー村にはこの道を進んでもたどり着くことはできますが、正面入り口を視界に収めたいのなら、手前にあった三つ又のところを右を進まなければ叶いません」
「なるほど。道を間違えていたわけだ」
そうとわかればここにいる理由はない。
「んじゃ、邪魔者は消えますので、ごゆっくりどうぞ」
おれは踵を返した。
「セイセイさんとは、もう一度だけお会いするでしょうね」
後ろからタローの声がする。
「もしそのとき、セイセイさんが変わらず敵であるなら、殺して差し上げますね」
恐ろしい宣言だ。
チラッと振り返ると、笑顔のタローと目が合った。
(笑顔は威嚇が起源だと聞いたことがあるけど、いまなら信じられるな)
おれはしみじみそう思った。