78話 勇者は街を出る
目的もなく、街を歩いてみた。
すれ違う人とよく目が合うのだが、皆すぐに視線を外す。
不思議だ。
「おかあさん、あの人パンツ被ってるよ」
「見ちゃいけません!」
謎は解けた。
おれは急いでパンティーを剥ぎ、ポケットに押し込んだ。
本音は捨てたい。
けど、ここで捨てるのはNGだ。
街中に物的証拠を残すことになってしまう。
目撃情報もよくないので、おれは足早に移動することにした。
街を一周して、わかったことがある。
派手な行動をしなければ男が目立つことはないし、聖法母団に追いかけられることもない。
目が合っても無視されるのが基本で、声をかけられることすらなかった。
そして、魔導皇国トゥーンは区画によって住む者が仕分けされていることも、再確認できた。
王宮に近づけば近づくほど優遇されていて、外れるほどないがしろにされている。
それは聖法母団の見回りの人数をみれば一目瞭然であり、中央に行くほど人手が増え、離れるほど手薄になっている。
となれば、外壁に近づけば近づくほど治安は悪くなる……はずだが、そうではなかった。
(体裁って大事だもんな)
ここは皇国であり、他国から使者やらなんやらが来ることもあるはずだ。
その者たちが一番初めに目にするのが貧民街では格好がつかないし、人民解放だなんだと戦争をしかける口実を与えるわけにもいかない。
だからこそ、砦が必要なのだ。
警備隊と称し、最下層の人間を閉じ込めておく場所が。
(なんだかなぁ~)
胸やけを起こすような差別が理由ではないが、おれは街を出ることにした。
正門は日暮れまで開け放たれており、住民も旅人もフリーパスで出入りすることができることも一因だ。
検問などがないのも、おれの決断を後押しした。
ツベル・クリンの「街に足止めしたい」という言葉が少しだけ引っかかったが、帰らないわけじゃないので、許してほしい。
「この辺まで来れば十分かな」
正門から伸びる街道を歩き、まあまあ離れた場所にある浜辺に着いた。
「シュシュ~」
「ぷくぷ~く」
胸の高さぐらいに浮かぶクラゲとフグみたいなモンスターが数匹いるが、敵意はなさそうだ。
「ほかは……」
いなかった。
「よし。ここなら大丈夫だな」
自分の状態を知るために、本気で動いてみようと思う。
皇国を離れたのも、街中で行えば近隣の迷惑になるし、聖法母団に捕まるのがオチだからだ。
「あっ、それ」
全力で跳び上がった。
(うん。やっぱりだな)
過去二回の異世界と比べ、格段に跳躍が低い。
以前なら雲の高さまでいけたが、いまは一〇~一五メートルが関の山だ。
何度繰り返しても、変わらなかった。
「次だな」
着地した足で波打ち際まで進み、砂を蹴った。
タイミングよく押し寄せた波が、二つに割れる。
すごいことではあるが、パフォーマンスが落ちている。
重力だなんだと思い当たる要因はあるが、それを解明したところで意味がない。
というより、対処法がないなら、知っても知らなくても一緒だ。
なら、考えるべきは一つである。
(一番にするべきは……魔法の習得なんだよな)
聖法母団のシスターたちは、グラビやブーストといった身体能力の抑制と向上を担う魔法を使っていた。
それが出来れば、聖法母団、甲冑騎士、救国魔団との差は埋まる。
(問題は……だれにどう教わるか……なんだよな)
聖法母団にしろ救国魔団にしろ、頼めば教えてくれるだろう。
けど、それはできない。
どちらの組織も胡散臭いし、おれを利用しようとしているからだ。
(まあ、それ自体に嫌悪はないし、利益を求めるのは当然だよな)
けど、利用されるだけというのは、まっぴらごめんだ。
「契約したなら履行する。けど、その契約自体が不明なら、サインはしない」
それがフリーランスであるおれの矜持だ。
この異世界において、おれはまだだれとも契約したつもりはない。
けど、物事が進み、繋がりも生まれている。
だれに、どこの組織に与するか。
身の振りかたを迫られるのは、そう遠くない。
そのときのためにも、おれは自分のことを知っておく必要があった。
だから、ここに来た。
そして、知った。
役立たずではないが、切り札にもなりえない、という現状を。
(なら、おれの価値はどこだ?)
聖法母団からすれば、神の御遣いであること、の一点だ。
マリアナや幹部連中の扱いから判断しても、間違いない。
救国魔団は、なにかを成し遂げるための戦力として評価しているようだが、その成し得たいなにかが不明だ。
救国と謳っているぐらいだから、現政権への反発なのだろうが……それだけじゃない気もする。
理由は、ツベル・クリンを筆頭に、救国魔団の構成員には男が多い感じがするからだ。
もしかしたら、性差別の撤廃なども考えられる。
「ダメだな。さっぱりわからん」
身の振りかたもそうだが、おれがこの世界で成すべきことがわからない。
大魔王討伐と魂の回収。
その二つが大前提なのだが、この異世界には魔法修得のために来たのだ。
そのための手筈も整っている、とサラフィネは言っていた。
(やっぱり、アクシデントなのか?)
おれはこの異世界で、二度の転移のような状況を経験している。
街道で目が覚めたときと、聖法母団の大聖堂で目覚めたときだ。
これは間違いなくイレギュラーであり、見過ごしていいモノじゃない。
(もしかしたら、これにも意味があるのか?)
過去のサラフィネの言動からして、余計な寄り道は挟まない気がする。
ということは、おれが訪れるべきなのは、街道の先にあった村なのかもしれない。
「行ってみるか」
この先にあるかは謎だが、行動してみてダメだったら、戻って来ればいい。
注意すべきは、街道を逸れることだ。
調子に乗って近道をしようなどと考えたら、迷子確定である。
(まっすぐ。なにがあっても、直進だ)
心に誓い、街道を数歩進んだおれの前に、二足歩行のライオン風のモンスターが姿を現した。
「ガウ(ごめんなさいね)」
手刀を切られた。
「いえいえ、どうぞお気になさらず」
「ガウ(すみませんね)」
ペコペコと頭を下げ、ライオン風のモンスターが浜にむかっていく。
「シュ~」
海に浮かんでいたクラゲ風のモンスターがそれに気づき、浜に上がってきた。
「ガウ(どうぞ)」
「シュシュゥ~(ありがとうぅ~)」
ライオン風のモンスターが差し出した木の実を受け取り、クラゲ風のモンスターが飛び上がって喜んでいる。
足でハートマークを描くほど、嬉しいようだ。
「プクプ~ク(これお返しにどうぞ)」
フグ風のモンスターが、貝を持ってきた。
「ガッフ~ッ(ありがと~)」
小躍りしながら、ライオン風モンスターが帰っていく。
理解できないはずの彼らの会話も、なぜか理解できた。
それぐらい平和だ。
多種共存がきちんと出来ている。
出来ていないのは、人間だけだ。
「見習いたいもんだね」
だれが強い、とかではない。
ただ単に、争う気がないだけなのだ。
「まあ、無理か」
どんなに想像しても、救国魔団と聖法母団が仲良くする絵が浮かばない。
「あ~っ、面倒くせえ」
路傍の石を蹴り、おれは街道を進むのだった。