77話 勇者パンティー、敗れる
「変態だぁ~!」
「変態が出たぞぉ~!」
救国魔団のマントマンたちが、口々に喚く。
普通なら言い返せないが……
「怪しさで比べたら、どっこいどっこいだからな!」
おれは自信をもって言い返した。
『えっ!? ……嘘……だろ!?』
腹の底よりも低い、魂からの発言だった。
表情はフードで隠れているが、全員が驚いているのが伝わる。
「マジかよ」
おれにはそのリアクションが信じられなかった。
けど、救国魔団の連中からしたら、おれのほうが信じられないわけで……
「変態のくせに生意気だぞ!」
「そうだ! そうだ!」
「恥を知れ!」
口々に非難を浴びせてきた。
「やかましい! こっちは非常事態でしかたなくこんな格好してんだよ! 常時コスプレのお前たちよりマシだ!」
味方のはずが、お互いを罵り合う展開になってしまった。
「ふざけんな! 一緒にすんなっ!」
「一緒じゃねえよ! お前らの怪しさが一段上だよ!」
現場は混沌の様相を深めていく。
「どんぐりの背比べだよっ!」
巨大ハンマーを持った甲冑騎士まで参戦してきた。
問題ない。
けど、その発言は許容できなかった。
「おいコラッ! どんぐりの背比べってどういうことだよ!?」
「言葉の通りだっ!」
ハンマーが振り下ろされる。
普通なら避けるところだが、カチンときたおれにその選択肢はない。
「こちとら勇者で神の遣いだぞ! バカにすんじゃねえよ」
怒りに任せて放った拳が、甲冑騎士のハンマーと激突した。
「潰れろっ」
力比べで負けるわけがないと思っているのだろうが、それはこちらも同じだ。
たとえなにかしらの制約が加わっているのだとしても、その辺の下っ端に後れを取るほど、弱くない。
二体の大魔王を打ち破ってきた力を、示すときだ。
「おりゃあああ!!」
おれが腕に力を込めるたび、ミシミシッとハンマーがひび割れていく。
「馬、馬鹿な」
驚く甲冑騎士は気づいていない。
もう一押しすれば、ハンマーが砕けることを。
「うりゃ」
おれはその一押しをした。
(んん!?)
砕けたハンマーの先にいる甲冑騎士と目が合い、眉根を寄せた。
フルフェイスの兜が大半だが、中には目、鼻、口があらわになっている者もいるらしい。
目の前の騎士もそうであり、なんとなく見覚えがあった。
(だれだ?)
該当者は思い当たらない。
けど、初対面ではない。
「どっかであったことあるよな?」
「変態に口説かれる趣味はない!」
イラッとして、思わず前蹴りをくらわせてしまった。
「ぐあっ」
うめきながら、甲冑騎士は後方に吹き飛んでいく。
バラックに突っ込んだ際にあがった轟音が、一瞬だけ戦場の動きを止めた。
「今がチャンスです! 避難を急ぎなさい」
いち早く回復したのは、ツベル・クリンだった。
「はっ」
次いで、マントマンたちが動き出す。
甲冑騎士たちの決断も早かった。
「退きますよ」
「ですが」
「目的は達しました。これ以上は蛇足です」
「ですが」
「マイナスになる可能性がある以上、許容はできません」
部下は納得がいかないようだが、リーダーはそれを認めなかった。
ここで終わるなら、それが一番だ。
殲滅戦など、だれも望むところではない。
「お言葉ですが……男に舐められている以上、すでにマイナスです!」
「口を慎みなさい。これ以上ペラペラと余計なことを連ねるなら、その軽口を塞がなければなりませんよ」
リーダーの声音が、冷たさを増した。
ツベル・クリンと同様、有言実行タイプなのだろう。
無言のまま頭を下げ、甲冑騎士たちがそそくさと撤退していく。
「私も退きます。と言いたいところですが……部下の言も間違ってはいません。舐められたままというのは、我らの沽券に関わります」
「このどさくさだ。注目しているやつもいないし、心配するようなことは起きないと思うけどな」
「当事者がいるではないですか」
静かな語り口調だが、リーダーはやる気だ。
「それでさらに価値を下げる、とは考えないのか?」
「負けるということですか? ありえません」
ものすごい自信だ。
そして、これはヤバイ。
立ち昇る威圧感が、周囲を凌駕している。
たぶん、おれよりも強い。
「無益な争いはやめようよ。負けなら認めるからさ」
両手を上げ、降伏の意を示した。
「いいでしょう」
了承したリーダーが間合いを詰め、おれの左脇にボディーブローを突き刺した。
「うっ」
息が詰まり、ひざまずく。
(ヤベッ)
フルコースが込み上げてきた。
吐き出すのは簡単だが、二度と食べられない料理なのだ。
絶対に、リバースするわけにはいかない。
「ぐはっ」
必死に飲み込み、なんとか気道を確保した。
「頭を垂らして生きなさい。では、失礼」
リーダーの気配が消えた。
喧噪も急速に落ち着き、辺りから人の気配も消えていく。
「あ~っ、イッテ」
「災難でしたね」
仰向けに倒れ脇腹をさするおれに、ツベル・クリンが手を差し出してきた。
「本当だよ」
引き起こされるが、脇腹の痛みは消えない。
「患部を拝見します」
ツベル・クリンに服を捲られ、無遠慮に押された。
身体を突き抜けるような痛みが走り、表情をゆがめる。
「凄いですね。内臓はおろか骨にも異常がなさそうだ。他の者なら、内臓破裂で死んでいたでしょうに」
恐ろしいことを言わないでほしい。
それと、まだ痛みの残る患部に触れるのも、やめてもらいたい。
「もういいよな」
ツベル・クリンの手を払い、おれは腹を隠した。
「申し訳ありません。それと、遅ればせながら、助太刀感謝します」
頭を下げられるが、それほどのことはしていない。
むしろ、役立たずの部類だ。
「改めて言います。我々にご助力をたまわりください」
ツベル・クリンはおれの正体に気づいている。
(まあ、正体もクソもねえか)
パンティーを被って顔の一部を隠してはいるが、それ以外はなに一つ変わっていないのだ。
面識のある者からすれば、一目瞭然だろう。
「さっきの戦闘を見たろ? いまのおれじゃ、戦力の足しにはならないよ」
「そうですか。それは残念です」
思いのほか、あっさりとツベル・クリンは諦めてくれた。
「んじゃ、行くわ」
「これをお持ちください」
布袋を渡された。
中には結構な量の硬貨が入っている。
「いや、これはダメだろ」
「投資です」
突き返すおれに、ツベル・クリンがそう言った。
「目的は?」
「あなたをこの街に足止めしたい。そして、気が向いたときは助力していただきたい」
「儲けが少なすぎるだろ。それとも、これはその程度の価値しかないのか?」
「額としては小さくありません。けど、損する可能性を含めたうえで行うのが、投資です」
正論だ。
そして、モノの価値は人によって全然違う。
ツベル・クリンからすれば、この布袋の中の金銭をかけるだけの価値が、おれにあるのだろう。
「なんにおいても、保証は出来ないぞ」
「もちろんです」
「んじゃ、ありがたくもらっておくよ」
歩きながら、布袋を腰にぶら下げた。
(重いな)
これが自分の価値なのだとすると、余計に重く感じた。