76話 勇者は被るよ。パンティーを
高級街を抜けると、そこにはいままでにない光景が広がっていた。
「早くしな」
「へい」
急かす露天商のおばちゃんと、閉店準備に追われる男性。
「早く誘導なさい」
「申し訳ありません。奥様、少し遠回りになりますが、聖法母団の前を通って避難いたしましょう」
「あなたにしてはマシな意見ね」
嫌味を言いながらも、使用人っぽい男に先導されるご婦人。
「西の砦だ! 急げ!」
「アイアイサー!」
シスターに急かされ、奴隷のようなボロ布を着た男たちが走っていく。
世界が一変したのかと疑いたくなるほど、どこを見ても男の姿があった。
「男とすれ違わないのは偶然?」
「そうですね。偶然です」
マリアナと交わした言葉が思い出される。
どうやら、嘘ではなかったようだ。
(まあ、総じて地位は低そうだけどな)
奴隷やら使用人が関の山で、雇用側にその姿はない。
「西の砦に急げ!」
「ヘイ」
「アイアイアサー」
男たちが走っていくのは、おれが破壊を頼まれた塔のほうだった。
砦は不要になったから壊す、という話だったが、この喧騒を見るかぎり、いらない場所とは思えない。
百歩譲っていらないのだとしても、避難計画の周知と実行は徹底して行われるべきだ。
王宮が関与する事態なら、なおさらそうでなければならない。
それを怠っていたのか、突発的な事件事故が起こったのか。
どちらにせよ、現状が好ましくないのは、明白だ。
(もしこれが事件なんだとしたら、犯人はだれだ?)
一番に思い当たるのは、怪人マント率いる救国魔団。
彼らは聖法母団の壊滅を望んでいたから、砦破壊で混乱を引き起こすメリットは大きい。
けど、土煙が上がったとき、代表代理はおれと一緒にいた。
そして、だいぶ焦っていた。
重要な役職に就く怪人マントこと、ツベル・クリンが計画を知らなかった……とは考えにくい。
「ダメだな」
考えを巡らせたところで、さっぱりわからない。
下手の考え休むに似たり、とはよく言ったものだ。
(とりあえず、動くか)
現場に行けば、なにかしら解明する。
最悪、なにもわからないことがわかる。
それを妨げる要素があるとすれば、聖法母団と救国魔団がいることだ。
「鉢合わせないといいな」
自滅フラグのような気もするが、おれはそうつぶやいて西の砦を目指した。
西の砦。
その言葉の印象からするに、おれはそれなりの建物を予想していた。
結果としてそれは合っていたのだが、街の一角が丸々砦扱いなのには驚いた。
街の在りかたが、ここだけ違う。
おれがいままで見てきた街は石やレンガ造りの家がほとんどだったのに対し、砦周辺はトタンなどを用いたバラック小屋しかなかった。
最奥にある砦は石造りであったようだが、八割以上崩れていて、その真偽を探ることはできない。
ただ、レストランで見た土煙の原因は理解できた。
西の砦周辺は舗装されておらず、土がむき出しなのだ。
砦が崩れた衝撃で土が舞い上がったとみて、間違いない。
それともう一つ、理解できたことがあった。
この国ないし街は、ブロックによってその用途と暮らす人間が定められている。
王城ならびに聖法母団が居を成すブロックは、超エリートたちの住処。
レストランが在ったブロックは、エリートたちの住処。
露店があったブロックは、一般市民たちの住処。
そして、砦と女装兄妹が襲われていたブロックは、貧民たちの掃き溜め。
現状、西の砦が、グチャグチャにされている。
行っているのは、大量にいる甲冑騎士。
前の異世界にいた三号に似ているが、やっていることは正反対である。
視界に入った者を容赦なく斬り伏せ、逃げまどう者たちも血祭りにあげている。
中には女性の姿もあるが、お構いなしだ。
「死守しなさい!」
それを阻んでいるのが、ツベル・クリン率いる救国魔団だった。
「一つでも多くの命を守る行動を優先しなさい!」
「はっ!」
身なりにギャップはあるが、その姿は懸命だった。
問題があるとすれば、ツベル・クリンたちの手が圧倒的に足りていないことだろう。
戦闘はもとより、市民を避難させる誘導と警護。
すべてにおいて、数が足りていない。
救国魔団の人手不足なのか、騎士たちの数が多いのか。
どちらにせよ、騎士たちの行いは、見ていて気持ちのいいものじゃない。
(助けに入るか)
けど、このままというのはマズイ気がする。
根拠はないが、この手の予感は当たるのだ。
おれはキョロキョロと周りを見た。
「おっ!? ラッキー」
手拭いが落ちていた。
拾い、顔に巻いた。
「グフッ」
汗臭さにむせた。
(ダメだ)
こんなものを身につけて動き回ることは出来ない。
べつの物を探そう。
「おっ!?」
少し遠くにハンカチが落ちていた。
手にした感じ綺麗そうだし、匂いもしない。
「よし。これでいこう」
顔に巻こうとしたが、無理だった。
小さすぎて、どうにもならない。
(残念だ)
おれはハンカチをポケットに仕舞った。
盗んだわけじゃない。
生地が上物そうだったから、預かるだけだ。
「おっ!? おおっ?」
次……があるにはあった。
これなら間違いなく顔は隠せる。
けど、人として大事なものを失うような気がしてならない。
一応、被れるかどうかのチェックはしよう。
大きさ……問題ない。
匂い……問題ない。
むしろ、ちょっといい匂いがしている。
酸っぱいよりはいいことだが、コレにかぎってはダメだ。
絶対に許されない。
それらを踏まえて考える。
……ダメだ。
これは見なかったことにしよう。
「団長! これ以上は無理です! 撤退の指示を」
「いけません。市民の避難が完了しないうちは、我々がここを離れることは適いません。もう少しだけ踏ん張りなさい!」
「ですが」
「命令です。異論反論は認めません!」
「…………わかりました」
その一拍が、事実を痛切に物語っていた。
放っておけば、彼らは死ぬ。
(しかたねえ。腹を決めよう)
命を懸けて戦っている者を見捨てるのは、性に合わない。
倫理や道徳は許さないが、情状酌量は望めるはずだ。
「助太刀いたす!」
拾ったパンティーを被り、おれは戦場に飛び出した。