74話 勇者は決断を迫られる
「まずは食事を楽しみましょう。では、始めてください」
一礼し、メイドたちが部屋のドアを開けた。
廊下にはコックが控えており、ワゴンを押しながら入室してくる。
「ホンツラカンツラのスッペケペーです」
空耳なのは理解しているが、おれにはそう聞こえた。
いまもコックが料理の説明をしてくれているのだが、それが食材のことなのか調理法のことなのかわからない。
聞いたことのない単語が多すぎて、ちんぷんかんぷんだ。
(よし。一度、無になろう)
純粋に料理と向き合ったほうが、味も堪能できる。
説明を終え、コックが下がっていった。
皆が食べ始めたので、おれもそれに倣う。
箸はないので、ナイフとフォークだ。
見た目は、白身魚のマリネ。
一口サイズにカットし、口に運んだ。
「美味い」
おれの感想に、コックたちが胸をなでおろした。
そんなに不安がらなくてもいいんじゃないかと思うが、そうもいかないのだろう。
彼らからしたら怪人マントは上客であり、おれはその連れなのだ。
機嫌を損ねれば、貴重な収入源を失いかねない。
そう危惧するほど、怪人マントは偉いのだ。
(はからずも、相手のことが知れたな)
収穫を喜びつつ、全七品のコース料理を堪能した。
質、量ともに完璧だった。
食事中の会話も世間話程度で、料理に集中できたのもすばらしい。
(怪人マントはいいやつかもしれないな)
風体こそ怪しいが、食事作法も上品だ。
正直、おれよりも板についている。
(演出も凝ってるよな)
食後に提供されたお茶は、味と色味は緑茶に近いのだが、苦みが非常に強い。
せんぶり茶とまではいかないまでも、どくだみ茶ぐらいはある。
最初こそ飲みにくさを覚えたが、後からくる甘みを際立たせる効果もあった。
香りも芳醇で、後味もすっきりしている。
マイナスからプラスに持っていく感じは、怪人マントと同様だ。
(この店もすごいよな)
視線こそ合わないが、メイドはおれのことをよく観察している。
欲しいと思ったときに欲しいサービスを提供してくれるのだから、疑いようがない。
(実に満足だ!)
心も体も満たされた。
けど、油断は大敵だ。
あらためて、相手が手練手管の猛者であることが証明されたのだから。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
訊きながら、怪人マントが人払いをする。
交渉が始まるようだ。
(さて、どう名乗るべきかな?)
この世界ではセイセイと告げているが、おれの本名は清宮成生だ。
怪人マントだけでなく、聖法母団との今後を考慮するのであれば、名前は統一すべきだろう。
(じゃあ、セイセイか)
……
(う~ん)
ここまで手厚い待遇をしてくれている怪人マントたちに、偽名で接するのはいかがなものだろう。
「ご所望の書面を用意しようと思いましたが、肝心のお名前を伺っていないことに気づきました」
おれの逡巡を察し、怪人マントが紙を持ち上げた。
我ら救国魔団は…………に対し、殺人、誘拐、テロ行為の実行を求めません。
代表代理ツベル・クリン。
そう記されていた。
怪人マントには申し訳ないが、統一させてもらおう。
どんな場合においても、やはりリスクヘッジはするべきだと思う。
「セイセイです」
おれは偽名を告げた。
というより、この世界ではセイセイになろうと思う。
サラフィネのところに帰るまで、清宮成生という名前とはサヨナラだ。
「わかりました。セイセイ様ですね」
空いている部分におれの偽名が記され、書面を渡された。
「ありがとうございます。大切に保管させていただきます」
両手で受け取り、四つ折りにしてポケットに仕舞った。
「では、仕事の話をさせていただいてもよろしいですか?」
「どうぞ」
「単刀直入に言いますが、セイセイ様には聖法母団を壊滅していただきたいのです」
「殺人、誘拐、テロ行為はいたしません!」
仕舞った紙をすぐさま取り出し、バッと広げた。
「存じております」
怪人マントが薄笑いを浮かべた……ような気がする。
「なら、壊滅というのは無理なんじゃないか?」
「確かに、一番手っ取り早い方法は惨殺でしょう。ですが、あなたほどの人物であるなら、先の三つの方法を取らずとも、可能なのではありませんか?」
結果は重視するが、過程は問わない。
ということだ。
組織の下のほうの者を焚きつけてクーデターを起こさせたり、ほかの価値観を植え付けて離反させる。
方法はいくつもあるが、どれも実行には実績や信頼が必要だ。
「評価してもらっているのはありがたいけど、その評価には齟齬があるよ」
「どのような齟齬でしょう?」
「組織にいる全員に向上心があるわけじゃないし、下支えに喜びを感じている者もいるだろうよ。まあ、中には不満を持っている者もいるだろうけど、それが本当に不当に扱われているのか、正当な評価をされた結果の措置なのかはわからないしな。それらを正確に判断するには、聖法母団を時間をかけて観察する必要があるだろ。でないと、殺人、誘拐、テロ行為を行わずに、組織の瓦解は不可能だよ」
「時間ならおありでしょう? 魔法を覚えなくてはならないのですから」
「そこまで知ってるなら、おれが厚遇されていないのも知ってるよな?」
「あそこは女尊男卑の傾向が強いですからね。ですが、あなたが隠している能力に気づけば、その考えは簡単に覆ります。つまり、あなたが積極に動けば、現状に変化を与えることは、そう難しいことではありません」
「能力を隠しているつもりはないよ。それと、おれのことを知っているようだから言わせてもらうが、洗濯や逃走のほうがいい働きをするよ」
「そうですね。聖法着が輝いていましたね」
怪人マントが肩を揺らす。
ここで逃亡のほうでなく洗濯を褒めるということは、聖法母団に間者がいるのは確定だ。
「はぁ~っ」
ため息が漏れてしまった。
「ダメだな。腹の探り合いは得意じゃないから、本音を言わせてもらうよ。こうみえても、家事能力については多少の自負がある。まずはその能力で雇ってみないか?」
「貴様っ! 黙って聞いていれば調子に乗りおって! 殺すぞ!」
同じ席についていた一人が立ち上がり、怒声をあげた。
声からして男で、その手にはナイフが握られている。
「仕舞え! でなければ、お前を殺す!」
怪人マントのドスの利いた声に、場が凍った。
発言も恐ろしいが、おれに殺気を放った男が即座に着席し、ナイフを懐に収めたのが印象的だ。
従わなければ実行される、と骨身に沁みて理解しているのだろう。
(う~ん。家事手伝いでの就職は考え直したほうがいいかもしれないな)
「愚か者が失礼しましたこと、お詫びします。ですが、当方としましては聖法母団の壊滅以外で、セイセイ様のお力は必要ありません」
就職は失敗だ。
願ったり叶ったりだから、ガッカリもしなかった。
「誠に残念でなりません。もし助力が叶わないのであれば、これ以上部下を諫めるのは無理かもしれませんね」
脅しだ。
先ほどの男を筆頭に、熱り立った連中が戦意をむけてくる。
怪人マントのもう一声があれば、すぐに襲い掛かってくるだろう。
(これ以上のらりくらりと躱すのは、無理だな)
腹を決めるしかないようだ。
聖法母団に与するか、弓引くか。
「じゃあ……っと!?」
建物が揺れた。
続いて、外から悲鳴があがる。
「なんだ!?」
窓の外に目をむけると、遠くのほうで土煙が立ち上っていた。
「お前ら! 至急確認に向かえ!」
「はっ!」
マントマンたちが次々部屋を出ていく。
中には窓から飛び出していく強者までいた。
「話の途中で申し訳ありませんが、緊急事態が発生しました。お答えは、後日改めて伺います。では、失礼」
怪人マントも窓から出て行った。
残されたのはおれだけだ。
いや、メイドたちもいる。
「あの……ここの支払いって……済んでます?」
恐る恐る訊くおれに、メイドたちが張り付けたような薄い笑みを浮かべた。
心臓が縮みあがるほど怖かった。