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73話 勇者は思う。マントの集団はヤバイ

「あ~っ、ワガママを言うようで申し訳ないのですが、殺人や誘拐やテロ行為は専門外ですので、それ以外でお願いします」

「ご安心ください。我々は風体こそ怪しいですが、至極真っ当な人間です。このような身なりをしているのも、正体を明かすことが出来ないためです」


 先に予防線を張ったおれに対し、マントマンもしくはマントウーマンが気分を害した様子はなかった。

 言っていることも筋が通っているし、自分を怪しいと認識している点もプラスだ。


「お話だけでも聞いていただけませんか?」


 マントマンもしくはマントウーマンは低姿勢である。

 けど、言葉ほど温厚な者たちではない……ような気がする。


「ダメって言ったらどうします?」


 マントマンもしくはマントウーマン……言いにくいから、怪人マントと呼ばせてもらおう。

 これなら、どちらの性別、あるいは人外であっても問題ない。


(うん。名案だな)


 自画自賛するおれを尻目に、


「……り……い……ま……す」


 怪人マントがなんか言った。


(んん!?)


 ダメだ。

 全然聞き取れなかった。


「どうでしょう?」


 訊かれても困る。

 本来なら「もう一回言ってもらえます?」とお願いしたいところだが、そうと言わせない雰囲気がある。


(どうしたものか)


 と考える時間も無さそうだ。

 怪人マントからにじみ出る空気が重い。

 かつ、後ろにいる部下たちからは、殺気のようなドス黒いモノが醸し出されている。

 フードで覆われ表情こそ見えないが、それらはたしかに存在し、時間経過とともに濃さを増している。


「答えの前に、一つだけ確認させてくれよ。こちら側に拒否権はあるのか?」


 対等であることを強調するように、あえてフランクな口調にした。

 声音を低くし、シリアスさも演出してみた。

 けど、効果はなさそうだ。

 怪人マントからは動揺はおろか、若干の機微すら感じられない。

 状況把握や双方が手にしている手札の数もあるだろうが、こちらが圧倒的に不利なのが理由だろう。


「拒否権はあります。しかし、それには危険が伴う可能性も含まれています」


 この宣告がまさにそうで、どれだけ包囲されているかもわからなかった。


「話を聞く聞かないで、危険が伴うものがあるのか?」

「こちらにも事情がありますので」


 おおむね予想通りだ。

 なんでもない話をするなら、身分や外見を隠す必要はない。

 問題があるとすれば、断った際に伴う危険の種類だろう。

 おれはわかりやすく一歩後退した。

 先頭の怪人マントは微動だにしなかったが、後ろの集団は反応した。

 通りを塞ぐように、フォーメーションを変えたのだ。

 逃がさないぞ、という意思表示である。

 つまり、おれの行動を逃亡準備と捉え、実行に移した瞬間、武力行使もいとわない取り決めなのだ。


「まったく、お前たちは馬鹿なのですか。彼は逃げるとなれば、躊躇なく行動に移します。ついさっき目にしたばかりでしょうに……まったく。度し難いですね」


 嘆息する怪人マントには、バレているようだ。

 推察通り、おれに逃げる気はない。

 そのフリをすることで、探りを入れただけだ。

 結果は、あまり芳しくない。

 怪人マントのことはなにもわからなかったのに、経験や実績によって培われた能力が高いことだけは知れてしまった。

 そんな相手とこのまま交渉に入るのはマズイだろう。


「あなたも、挑発のような行為は控えてください」


 再度探りを入れようとしたが、行動に移す前にたしなめられてしまった。

 これは本格的にマズイ。


「最初に言ったけど、殺人、誘拐、テロ行為は請け負わないよ」

「もちろんです。我々もそのようなことを依頼する腹積もりは、露ほどもありません」

「言質取ったぞ!」

「そのようなことを豪語なさらずとも、ご安心ください。今は持ち合わせがないので応じられませんが、必要なら署名捺印した証書をお渡しします」


 外堀が埋められていっている。

 これはもう、逃げることは不可能だ。


「お手柔らかに。それと、話をするのは食事ができるところで頼めないかな」

「お安い御用です。では、付いてきてください」


 怪人マントが消えた。

 魔法の類ではない。

 視界からいなくなっただけだ。

 一瞬だったが、跳び上がるのは確認した。

 後ろの集団もそれに続いているので、間違いない。

 覗きの趣味はないが、見上げてみた。

 もしかしたらマントの中が確認できるかも、という皮算用はある。

 何人かは見えた。

 とはいえ、確認できたのはマントの下に隠した服だけで、有益な情報は皆無だ。

 他の者にいたっては、なにも見えない。

 ただ黒い塊が跳び上がり、近くの屋根に降り立っただけだ。

 服装は同じでも、実力はまちまちのようだ。


「マジでこの交渉はヘビーだな」


 おれも怪人マントが待つ屋根に跳び上がった。


(んん!? なんか低いな)


 感覚としては、おれは結構な高さに跳んだつもりだった。

 さっきとは逆で、上からなら怪人マントたちの顔が覗けるかも、と思ったからである。

 でも、おれが跳んだ高さは、ちょうど屋根の上に立てるくらいだった。

 あきらかに低い。

 一番に思いつくのは重力の違いだが、それは違うと思う。

 おれがこの世界に来て、すでに一週間以上が経過しているのだ。

 もしそうなら、多少感じるところもあっただろう。


「思考を遮るようで申し訳ありませんが、移動してもよろしいですか? 我々のこの格好は、目立ちますので」


 わかっているなら脱げば? とは言わない。

 それこそ無駄なおしゃべりだ。


「どうぞ行ってちょうだい」

「ありがとうございます」


 怪人マントたちが、屋根から屋根へと跳び移る。

 周囲に視線を走らせながら後に続くが、得れる情報は少なかった。

 怪人マントたちが、絶妙におれの視界を塞いでいるのだ。


(参ったね。こりゃ)


 ここまで徹底した動きをするのだから、ただの怪しい連中ではない。

 相応の訓練を受けた精鋭である。



 いくつかの屋根を越え、おれたちは屋上に降り立った。

 珍しい。

 というか、屋上が存在する住宅が初めてだ。


「ここからお入りください」


 怪人マントが扉を開けて中に促す。

 ここでゴネてもしかたないので、素直に従った。

 中の踊り場は狭く、ここで待機するわけではなさそうだ。

 なら、下に続いている唯一の階段を下りるのだろう。


「お待ちしておりました」


 階段を下りた先には、五人のメイドが待ち構えていた。


「こちらにどうぞ」


 メイド長らしき人物の案内で通されたのは、大きな部屋だった。

 足元には毛並みの長い絨毯が敷かれ、中央に円卓が置かれている。

 大きな窓から差し込む光を受け、部屋の各所に置かれたシャンデリアも輝いている。


「キャラが合ってないんじゃないか?」


 場末の札付きしか利用しないアウトローな店に案内されると思っていただけに、意表を突かれた。


「信用は買えますからね。それに、相応の対価を惜しまなければ、秘密は保持できる可能性が高まります」


 その通りだ。

 木を隠すなら森とは言うが、木が多ければ注意すべきことも増えてしまう。

 本気で秘密を守るなら、ごく少数で共有するのが一番だ。


「お座りください」

「ありがとう」


 メイドさんに勧められるまま、おれたちは席に着いた。


「ご足労、感謝します」


 労いながらも、だれ一人としてマントを脱ぐことはなかった。

 警戒は怠らないし、信用されていない、という証だ。

 益々もって、おれはヤバイ者たちと交渉することになったのだと認識させられた。


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