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72話 勇者は美人兄弟と再会し、怪しい集団にスカウトされる

「俺はガキでも容赦しねえぞ」


 すごむ浮浪者は本気だ。

 悪い薬物に手を出しているのではないかと疑いたくなるほど、目がギンギンに据わっている。

 そうでもなければ、明るく表通りから把握できる場所で、こんな堂々と犯罪は行えない。


「金なんかない」

「なら、その服を脱げ」


 浮浪者がとんでもないことを言い始めた。

 変態だなんだの話ではない。


「早くしろ!」

「ヤダッ」


 よほど嫌なのだろう。

 姉が服を守るように、ぎゅっと自分を抱きしめる。


(わかるぞ)


 公道で裸にさせられるのは、おれもごめんだ。


「ちっ、めんどくせえな」


 浮浪者が顔をしかめ、姉の胸ぐらを掴んだ。


「おい、おっちゃん。そのへんでやめとけよ」


 いまにも殴る蹴るの暴行が始まりそうだったので、おれは足を速めて止めに入った。


「なんだ、てめえは!?」

「いい年こいた大人が子供を威すなよ」

「てめえに関係ねえだろ」

「まあな。けど、見ていて気持ちいいもんじゃねえんだよ」

「ああもう、めんどくせえや。てめえから黙らせてやる!」


 短気なやつだ。

 浮浪者は姉を放し、おれに殴りかかってきた。


(遅っ!)


 パンチがスローモーションだ。

 カウンター一閃……といくのは容易だが、実行したら浮浪者が死ぬ。

 確実に死ぬ。


(それはマズイよな)


 牢屋に逆戻りは、遠慮したい。

 となれば、おれが選ぶ道は一つだ。


「よっ」


 浮浪者の拳を避けながら姉妹を小脇に抱え、ダッシュで逃げた。



「おい! いい加減に降ろせ!」


 姉が怒ってジタバタしたので、おれは姉妹を立たせた。


「悪い悪い。まあ、そう怒るなよ」

「怒るに決まってるだろ。こんな街外れまで連れて来やがって」


 野性味の濃い顔をした姉と、絵にかいたような美少女の妹。

 ともにビーズのような装飾が施された、普段着にしてはやや豪華な黄色と薄い青のドレス型ワンピースを身に着けている。

 非常によく似合っているし、裕福な家庭の子で間違いなさそうだ。

 身代金を盗れなくても、服と姉妹。

 セットで売れば、さぞ高値がつくだろう。

 賛成はしないが、浮浪者がこの子たちを威したのも、なんとなく理解できる。


「お前!? 無事だったのか!」


 おれがそうしたように、姉妹もこっちを観察していたようだ。

 しかも、その目は驚きと喜びで見開かれている。

 発言から察するに、初対面ではなさそうだ。


(……ってことは、あれは夢じゃなかったんだな)


 目の前の姉妹と出会い、ダライマス盗賊団と一悶着起こしたこと。

 あれは現実にあったことなのだ。

 薄々感づいてはいたが、あの時点で異世界に転移(とば)されていたらしい。


「お前らも無事だったんだな」

「当然だ」

「あのときはありがとうございました」


 姉が偉そうで妹が礼儀正しいのも、記憶通りだ。

 これはもう、疑いようがなかった。


「で? お前の要求はなんだ?」

「はあぁ!?」

「とぼけんじゃねえよ! 言っとくがな、家に金はねえぞ!」

「金なんかいらねえよ。いや、まあ、余ってるなら欲しいけど……」


 情けない。

 思わず本音がこぼれてしまった。

 最初の一言で止めとけば格好よかったのに。


「ごめんなさい。お金はありますけど、これはお母さんに頼まれた買い物に使うので」


 申し訳なさそうに、妹に頭を下げられてしまった。

 これはキツイ。

 精神的なダメージが半端ない。


「あんた大人だろ!? 自分の食い扶持くらい自分でなんとかしろよ」


 姉の追い打ちがクリティカルヒットだ。


(ダメだ。もう立っていられない)

「兄さん。そんなこと言ったらダメだよ」


 膝をつきそうだったが、妹の放った言葉がおれを踏みとどませる。


「いま……兄さん……って言ったよね?」

「えっ!? うん」

「じゃあ、なにかい!? きみは男の子なのか?」

「ったりまえだろ!」


 胸を張る姿は誇らしげだ。


「マジかよ。じゃあ、なんでドレス着てんだよ」

「母ちゃんの趣味だ」


 きっぱりと言い切る姿は、男前だ。


「もしかして……きみも?」


 妹が無言で首肯した。

 こちらは胸の前で組んだ手をモジモジさせていて、少し恥ずかしそうだ。

 よかった。

 この子とは感覚が近い。


「そうか。そうだったのか」

「確認させてやろうか?」

「いや、必要ないから、その手を下ろせ」


 スカートの裾を持ち上げようとする兄を嗜めた。


「冗談に決まってんだろ。バ~カ」

「兄さんったら、そんなこと言ったらダメじゃないか」


 楽しそうに笑う兄を、弟が蚊の鳴くような声で注意している。

 信じにくいことではあるが、目の前の姉妹は兄弟で間違いないようだ。


「用がないなら、おれたちはもう行くぞ。母ちゃんが待ってるからな」

「おう。今度は絡まれないように気をつけろよ」

「うっせえ! ……あんがとよ」

「あっ、ありがとうございました」


 素直ではないが、兄弟揃って礼を言いながら通りを戻っていった。

 一緒に行ってやってもいいが、おれにはやらねばならないことがある。


(仕事を探そう)


 久々に、おれの中の労働意欲に火が点いた。

 心のガソリンは満タンだ。

 いまもメラメラと炎がたぎっている。

 聖法母団に戻れば、衣食住はまかなってもらえるだろう。

 しかし、それではいけない。

 兄に言われたように、自分の食い扶持くらい自分でどうにかしなければダメだ。


(大丈夫! いまならなんでもできる!)


 そんな熱い思いを胸に、


「あの~ぅ、この辺に職業案内所(ハローワーク)ってありますかね?」


 おれは街の人にそう訊いて回った。

 結論からいえば、この街に職業案内所はある。

 が、ない。

 矛盾した答えだが、理由は簡単だ。

 この街の職業案内所は女性のためのモノであり、男であるおれに斡旋する仕事はないそうだ。


「そこをなんとか!」


 と食い下がってはみたが、門前払いは変わらない。

 しかも、四つある職業案内所をすべて回ってみたが、取り付く島もなかった。

 これは困った。


「さて、どうしたものかな」

「お仕事を紹介しましょうか?」


 困っているおれの背後から、そんな声がかけられた。

 渡りに船である。


「ぜひお願いします!」


 振り返って、すぐに後悔した。

 背後にいたのは、黒いフード付きマントで全身を隠した集団だったから。


(こんなやつら、真っ当なワケねえじゃん!)


 おれの労働意欲が、急激に萎んでいく。

 けど、逃げられそうにはなかった。


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