表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/339

71話 勇者はマリアナに置き去りにされる

「神の御遣いよ。我々はここでお暇させてもらいます。後のことはマリアナに一任しておりますので、何なりとお申し付けください」


 マリアナを一人残し、アキネたちは部屋を出て行った。

 狭い部屋に二人きり。

 なにもなければいいのだが……


(んん!?)


 マリアナがおれをじっと見ている。

 しかも、垂れ流し状態だった敵意が薄れている。

 関係改善の兆しかもしれない。


「ところで」

「付いて来てください」


 話すタイミングが丸カブりした。

 気まずい。

 部屋に二人しかいないのも相まって、微妙な空気だ。


「付いて来てください」


 マリアナは特に気にした様子もなく、出口にむかっていく。


「はあぁぁ、前途多難だね」


 牢屋暮らしよりは幾分マシだが、関係改善はまだ遠く、はるか先になりそうだ。

 足取りも重い。

 人生で感じたことのない重さだ。

 心が拒否している、としか思えなかった。

 …………


(違うな)


 この重さはアレだ。

 足首に付けられたマジックアイテムのせいだ。


「何をしているのですか?」


 出入口付近でにらむマリアナに、おれは足輪を指さした。


「ああ、そうでしたね。忘れていました。アンパ」


 呪文を唱えられた瞬間、足輪が軽くなった。


「手錠と腰縄も取ってもらえないかな?」


 無言で外された。


「ありがとう」


 おれの礼を無視して歩き出す背中が、付いて来いと物語っている。


「へいへい。行きますよ」



 教会内を歩いていると、時折すれ違う者がいた。

 年齢こそバラバラだが、全員女性だ。

 小間使いにすら、男の姿は見当たらない。

 これはもう女性比率が高いというより、男子禁制なのではなかろうか。


「ここって男子禁制?」

「いいえ、そんなことはありません」

「じゃあ、男とすれ違わないのは偶然?」

「ええ、そうです。偶然です」


 間髪入れずに断言するのだから、いるのだろう。

 …………


(いや、いなくねえ!?)


 かれこれ十分程度は歩いているが、女性の姿しかない。

 すれ違っただけでも軽く四、五〇人は超えているが、男の影はさっぱりだ。

 昼間は王都防衛に外出している可能性もあるが、それにしても見かけない。


(聖法母団っていうぐらいだから、女性九割っていう可能性もあるのかな?)


 マリアナに訊いてみたが、それには答えてくれなかった。

 どこが線引きなのか探るように問いを重ねたが、完璧に無視されている。


(まあ、いっか)


 男がいようといなかろうと、問題ではない。

 不機嫌になりつつある背中を、刺激しないほうが重要だ。

 いまは黙って付き従おう。



「ここを出る前にお願いがあります。これより先は神の御遣いではなく、お名前であるセイセイ様と呼ばせてください」


 市中に繋がる大扉の前で、マリアナにそう頼まれた。


「べつにかまわないけど、急にどうした」

「今はまだ神の御遣いが降り立ったことは、市中の者には内密にしておきたいのです」


 無用な混乱を避けるための配慮、だそうだ。


「なら、様も必要ないし、ニセイと呼んでもらってもかまわないよ」

「ありがとうございます。私も立場がある身ですので、公衆での言葉遣いには気を配らねばなりません。セイセイ様にお許しをいただけるなら、敬称は省かせていただきます」


 言葉使いこそ丁寧だが、そこに感謝の気持ちは感じられなかった。

 むしろ、それが通って当たり前、という雰囲気すらある。


「では、開けてください」


 数人がかりで、大聖堂の大扉が押し開かれた。

 まず視界に入ってきたのは、真っ直ぐ伸びた大通り。

 幅が広く、交互三車線か四車線ぐらいある。

 両脇にはレンガ造りの家が建ち並んでいるが、正面には遮るものがなにもない。

 防衛という観点からすれば不用心の一言だが、それを心配する必要はないのだろう。


「すげえな」


 通りは人で溢れかえっていた。

 この光景を目にすれば、聖法母団の貢献と市民からの支持は疑いようがない。

 ただ、観衆のほとんどが女性であり、男の数がごくわずかなことは気になった。


「本当にいたんだな」

「当然です。もしかして、信じていらっしゃらなかったのですか?」

「信じてはいたよ。ただ、実物を見て実感しただけ」


 気持ちとしては、カッパやツチノコを見た気分だ。


「信用されていないようで残念ですが、致し方ありませんね」


 これも口だけだ。

 感情は一切こもっていない。

 人を牢屋にぶち込んだのも、悪びれてはいないのだろう。


「これより先、はぐれることもあるかもしれませんので、合流地点だけ先にお知らせしておきます」


 一方的に話を先に進めるのも、その証拠だ。


「あそこに来てください」


 マリアナが右手を上げ、スッと指し示した先には、大きな塔があった。


「よろしいですね? では、参りましょう」


 うなずくおれを確認し、マリアナが教会の階段を下り始めた。


「きゃあああ。マリアナ様よ」

「見目麗しいわ」

「素敵~」


 またたく間に賛辞の声が響き渡る。

 中には、目がハート型に変化している子もいた。


(宝塚にも階段下り、って演出があったよなぁ)


 そんなことを思いながら、後に続く。


「マリアナ様、これをどうぞ」

「あたしのもお受け取りください」

「あたしも」

「わたしも」


 ファンが次々にプレゼントを差し出すが、それを受け取ることも渡すこともしない。

 一見意味のない行為に思えるが、ちゃんと意味はある。

 というよりは、明確なルールがあるようだ。

 プレゼントを見せた者はその場を退き、離れたシスターに渡す。

 マリアナの手を塞がない配慮だろう。


「すげえな」


 人気がエグい。

 マリアナが動けば、人波が動く。

 まるでハリウッドスターのようだが、その人気は比べるまでもない。

 圧倒的にマリアナが上回っている。

 というのも、全方向人垣に囲まれているにもかかわらず、マリアナは歩くスピードを変えていない。

 警備員も誘導もない状況で、だれ一人ぶつかることも倒れることもなく。

 人の出入りもあり、いつドミノ倒しが起きても不思議ではない光景なのだが、それが起きる気配は皆無だった。

 神業としか言い表せない。

 その証拠に、市街を抜け露店が並ぶ市場のようなところに差し掛かってからは、人垣の数は倍以上に膨れ上がっている。

 それでも事故が起こる気配は微塵もないのだから、もはやすごいを通り越して怖いくらいだ。


(これが当たり前なんだろうな)


 ただ、そうなると困ることもある。

 マリアナの姿が、目視では確認できなくなってきている。

 少しでも隙間が空けば、そこに人が流れ込んでくるからだ。

 結果、距離は開く一方だ。


(失敗したな。隣りにいればよかった)


 後悔しても、どうにもならない。


「ちょ、ちょ待てよ!」


 最後尾にいた数人が振り向いた。


「ちっ」


 視線が合った瞬間、舌打ちされた。

 しかも、汚物を見るような蔑んだ眼で。


「ちょ、ちょ待てよ!」


 二回目はダメだ。

 完全無視である。

 だれも反応すらしてくれない。

 というより、一瞥すらなかった。


「あの……ねえ……待って! お願い」


 懇願も無視される。

 というより、声が届かないほど離れてしまった。


(あれ!? おれっていないのかな?)


 足を停めてみた。

 人垣は前に進んでいく。


(ダメだな)


 もはや、追いつくことは不可能だ。


(まあ、いっか)


 地球にいたころから、あまり人混みは好きじゃなかった。

 行く理由や価値があるなら文句はないが、必要もないのに混雑しているところに身を置く趣味はない。

 それに、いまこの人垣に突っ込めば、図らずも民衆のあんなところやこんなところに触れてしまうだろう。

 となれば、痴漢だなんだで糾弾される可能性が非常に高い。


(よし。退避だな)


 集合場所は確認している。

 回れ右をして、おれは通りを離れた。

 路地を数本入っただけで、人がいなかった。

 というより、多くの者がマリアナの後に続いているのだろう。

 その場にとどまっているのは、きちんと店番をしている露天商ぐらいだ。


「あっち行きな!」

「ここはあんたが来る店じゃないよ! 欲しけりゃ裏通りに行くんだね!」


 品物を見ただけで罵倒された。

 どうやら、女尊男卑は王妃と聖法母団の専売特許ではないらしい。


「男に見られたら、店の商品が腐っちまうんだよ!」


 言いがかりも甚だしいが、言い争った末に「買え!」などと言われたら終わりだ。

 無一文のおれでは歯が立たない。


(欲しい物もないし、ここはさっさと退散しよう)


 踵を返し、裏通りに行くことにした。

 露天商の言葉通りなら、男でも買い物ができる店があるはずだ。



「おいガキッ! 金出せ!」


 裏通りの入口では、カツアゲが行われていた。

 浮浪者のようなおっさんが、可愛らしい格好をした姉妹を脅している。


「あれ!? あいつらって……」


 見覚えのある後姿だ。

 姉が妹を背中にかくまっているのも、おなじみである。


「夢に続いて、現実でも会うとはな」


 そこはかとない運命を感じながら、おれは姉妹に近づいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ