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70話 勇者は神の使いであると証明した

 連行された部屋のイメージは、広めの懺悔室。

 前回の作戦室同様、中央に大きな机があるだけの質素な空間だ。

 違うのは、椅子が四脚置かれていること。


「お座りください」


 上座に座るアキネが、下座に座るように勧めてきた。

 ビジネスシーンで気にすることはあっても、日常生活では上下(かみしも)など気にもしない。

 けど、ほかのメンツが立っていることは、気になった。

 おそらく聖法母団のナンバー2であるマリアナですら、アキネの後ろで直立不動の姿勢を取っている。

 どうするべきかと一瞬だけ迷ったが、素直に従った。

 というより、出入り口に近い席を与えられ、内心ほっとしている。

 歩く距離が少なくて済むし、足が重くて立っているのもしんどい。

 腰を下ろしほっと一息つくおれを、アキネが鋭くにらんだ。


「お聞きしたいことがあります。正直にお答えいただけますか?」


 言葉こそ丁寧だが、声音は剣呑だ。


(さて、どう答えたもんかな)


 教会でシスターと向き合っているのだから、真実を語るのが筋なのかもしれない。

 けど、おれは仏教徒だ。

 いまだかつて洗礼を受けたことはないし、ミサに参加したこともない。

 なんてことはどうでもいいが、おれを囲むシスターたちの表情が硬く、あきらかな敵意を隠さない者までいるのは、問題だ。


(この状況で、真実を話すと約束したところで、意味あんのか?)


 大体にして、おれはすでにセイセイという偽名を名乗っている。


(真実もへったくれもないよな)


 けど、誠意を示すことは重要だ。

 真摯に対応すれば、相応の見返りもあるはずだ。

 少なくとも、いきなり襲われることはないだろう。


「答えられることに関しては、正直に話すよ」

「あなたは神の御遣いで間違いありませんね?」


 アキネの眼光がさらに鋭くなる。

 彼女たちにとって、おれがそうであるかどうかは、とても重要なファクターのようだ。

 圧力に押されたわけではないが、おれは無言で首肯した。


「ですが、男性……ですよね?」


 含みのある言いかたからして、魔導皇国トゥーン同様、聖法母団も女尊男卑であるのは間違いない。

 だからこそ、神の御遣いが男であることが許容しづらいのだ。

 けど、なぜそれが問題なのかがわからない。

 利用しようとしている者が何者であろうと、聖法母団には関係ないはずだ。


「質問に答えなさい!」


 マリアナが強くにらんでいる。

 思考に(ふけ)ったのはわずかな時間だが、それすらも気にいらないようだ。


「はい。男で間違いありません」


 問題は脇に置き、とりあえず肯定した。


「加護を与えているのは、サラフィーネ様ですね?」


 うなずきづらい質問だ。

 おれが知っているのはサラフィネであって、サラフィーネではない。


「う~ん。それはなんとも言えないな」

「では質問を変えます。あなたに力を授けたのは、誰ですか?」

「サラフィネという女神だ」


 マリアナの表情が、ピクリと動いた。

 ほんのわずかな反応ゆえ、それに気づいた者はおれ以外にいない。


(マリアナはサラフィネを知っているみたいだな)


 もしくは、心当たりがある。


「サラフィーネ様と似た名を持つその女神様と、サラフィーネ様が同一人物である可能性はありますか?」

(んん!? アキネには心当たりがないのか?)


 ナンバー2が知っていてナンバー1が知らない、ということがあるのだろうか?

 普通ならありえない。

 察するに、これは王宮を巻き込んだ一大事なのだ。

 その詳細を、トップが知らないわけがない。

 もし仮にマリアナが隠しているのなら、この計画は失敗するだろう。


(これは、少し探りを入れる必要があるな)


 参加するにしても、泥船に乗りたくはない。


「可能性として無くは無い。けど、肯定できる要素は皆無だな」

「どういうことでしょう?」

「大聖堂で見たサラフィーネの像は、おれの知ってる女神とは似てるとも似てないとも言える曖昧なモノであり、名前も然りだ。これを正確に判断するには、女神サラフィーネのことをもう少し教えてほしい」

「わかりました」

「宗主アキネ。その必要はありません」


 マリアナが割って入ってきた。


「時間のない我々にとって、彼の者を守護する女神がサラフィーネ様であるかどうかは問題ではありません。問題は、我らの協力者たり得るかどうかです」


 言ってることは正論だ。

 しかし、それは根底を覆す発言でもある。


「協力者……その通りですね。では、加護の証明をおねがいします」


 アキネは納得したようだが、おれは違う。


(だれでもいいなら、聖法母団(みうち)や宮廷に適任がいるよな)


 それをさせられない、裏がある。


(マリアナはなにを隠している?)


 聖法母団を巻き込んだものか個人的なものかは知れないが、腹に一物あるのだけは確定だ。

 なら、おれはどう動くべきか。

 とりあえず聖法母団に取り入り、身の安全を確保する。

 きな臭さを感じるので、袂を分かつ。

 いま選べるのは、大きく分けてその二つ。

 だけど、吟味する時間はない。


「証明。出来ますよね?」

何卒(なにとぞ)お願いします」


 マリアナからは、やれるものならやってみろ。

 アキネからは、縋るような必死さがうかがえる。


「もしかして……出来ないのですか? はあぁ、残念です」

「そうですね」


 マリアナからは露骨にがっかりした雰囲気が漏れているが、表情は晴れやかだ。

 アキネのまなじりと肩が信じられないほど下がっている様子とくらべると、一目瞭然である。


「仕方がありませんね。お前たち……()れ」


 沈んだ声音のわりに、アキネは恐ろしい命令を下した。


『はっ!』


 あきらめるのは勝手だが、間髪入れず殺害命令を出すのは違うと思うし、即時承諾も勘弁してほしい。


「待て待て」


 武器を構えるシスターたちを、おれは手で制した。


「焦るなバカ者。あれだよあれ。ほら、あれ」


 額に指を当てたり離したりしながら、喉元までなにかが出かかっているようなフリをする。


「あれとは、何ですか?」


 知るか! とぶちまけたいが、それをやってはいけない。


「あれだよあれ。あっただろ!?」


 あくまでなにかがあったのだと思わせ、時間を稼ぐのだ。


「これ……ですか?」


 アキネがテーブルの上に剣を置いた。


「あっ!」


 思いがけず声が漏れてしまった。

 見覚えのあるそれは、おれがサラフィネに貰った物だ。

 神界に置いてきたとばかり思っていたが、一緒に転移していたらしい。


「それそれ。ちょっと貸して」

「どうぞ」


 手に持って確信した。


(間違いない。おれの剣だ)


 ということは……証明も可能だ。


「見とけよ。これが女神の加護だ!」


 腰に装備した。


『おおっ!』


 周りから感嘆の声があがる。

 当然だ。

 剣を携えるのと同時に、おれの身体に胸当てと手甲足甲が装備されたのだから。


「神の御遣いよ。やはりあなたは、我ら聖法母団の救世主なのですね」


 アキネが感動に肩を震わせ、目を潤ませている。

 ほかの連中も跪き、おれに熱い視線をむけている。

 マリアナの表情だけは依然険しいが、皆と同じように跪いてはいた。

 すごい掌返しだ。

 でも、生命の危機が去ったなら、ありがたい。

 これで自分の進路を選ぶ時間が生まれた。


「おれ、魔法使えないよ」


 こういうことも、いまの雰囲気なら言いやすい。


「理解しています。ですが、神の御遣いにはサラフィーネ様の加護がおありであることがわかりました。そうであるなら、問題はございません」

(マジか!? すげえな! サラフィーネの加護!)


 感動すら覚えるが、油断してはいけない。

 きちんと確認すべきことはしなければ。


「どう問題ないの?」

「我ら聖法母団に害成す者を、腰に携えし剣で斬り伏せていただけばよろしいだけです」


 確認は正解だった。

 まさかこんな恐ろしいことを、平然と言われるとは……


「協力、していただけますね?」


 協力という言葉を強調されたが、それは脅迫にほかならない。


(前の異世界でもそうだったが、言質を取りたがるやつが多すぎねえか?)


 人生の三分の一近くをフリーランスとして生きてきたから、その気持ちもわからなくはない。

 契約は自分を縛るモノであると同時に、護るモノでもある。

 でもだからこそ、簡単にはうなずけない。


(絶対に危ないもんな)


 この約束は危険だ、とおれの本能が訴えている。


「おれはこの世界に魔法を習いに来たのであって、殺戮をもたらすために来たのではない。そこは理解していただきたい」

「もちろんです。魔法修得の証として、西の砦を破壊していただくのです」

「破壊の理由は?」

「新たな砦の建設が予定されており、現在の物は不要になります」

「なるほど。皆もアキネの言うことに異論はないんだな?」


 座するシスターたちが大きくうなずいた。

 言質は取れたが、安心はできない。

 おれが注意すべき本命、マリアナはうなずいていなかった。


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