表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/339

68話 勇者は牢屋に入れられる

「西の砦を破壊してきてください」


 マリアナの要望はひどく端的だった。


「なぜ? だれが? どうして?」


 矢継ぎ早に質問をぶつけても、


「詳しい話は移動してからでお願いします」


 の一点張りだ。

 アキネやシスターたちも無言を貫いているが、おれを自由にする気がないことだけは理解できた。

 縄や手錠を使っての拘束はされていないが、全方位ガッチリと包囲されている。

 左右の人間にいたっては、マリアナ同様、おれの腕を掴んで離さない徹底ぶりだ。


(右のほうが巨乳だな)


 腕に伝わる感触が、そう物語っている。

 普通なら嬉しいのかもしれないが、憂鬱だ。


「こちらです」


 アキネとマリアナが前を歩いていく。

 当然、おれを囲むシスターもそれに続くので、否応なしだ。

 強制的になにかをさせられるのは好きではないが、多数の女性を殴ってまで、自由を謳歌したいとは思わない。


(いまはまだ、実害もないしな)


 仮に行動を起こすのだとしても、彼女たちの話を聞いてからでも遅くはない……と思う。

 それに、犯罪者の片棒を担がされそうになったとなれば、体面的にも内面的にも言い訳ができる。


「ついて行くから、自由にしてくれないかな」


 腕を組むシスターが、かぶりを振った。


(おれって信用ねえなぁ~)


 残念だがしかたがない。

 ここは評価アップのため、従順にしていよう。

 アキネとマリアナを先頭に、おれたちは教会の奥に進んでいく。


「へぇ~、見事なもんだな」


 大聖堂を抜けると、そこには大きな庭があった。

 吹き抜けで天井が高い。

 太陽の陽ざしがサンサンと降り注いでいるから勘違いしそうになったが、青天井ではなかった。


(スゲェな。ガラス張りの屋根だ)


 光りの反射で据えられているのがわかったが、驚くほど透明度が高い。

 かなり頻繁に手入れをしているようだ。


(神聖な場所なんだろうな)


 中央には大きな水瓶を肩に担いだサラフィーネの彫刻が祀られており、そこから放出された水がため池に溜まり、大きな水路を伝って各所に供給されている。

 ため池の周りには小さな花壇や畑があり、子供たちが笑顔で世話をしていた。

 色とりどりの花と子供の笑顔。

 素晴らしい光景だ。

 ここなら、物騒な話をしなくて済むだろう。


「こちらです」


 マリアナが手招きしている。


「隠し扉かな?」


 壁に穴が開いたそこは、いままでなかった。


「ご内密にお願いします」


 マリアナが唇に人差し指を当てる。


「子供たちがいるよ」

「問題ありません」


 振り返れば、子供たちはシスターたちによって移動させられていた。

 見事な連携だ。

 穏やかな空気は一変し、物騒な話をするのにピッタリになってしまった。


「人払いをしたなら、ここでいいじゃないかな?」


 本能が、そこに行くことを拒否している。


「万が一の可能性がございます。より安全を期すためと、ご理解ください」

「襲われるの?」

「そうならぬよう、わたくしが足止めいたします」


 アキネはそう言うが、腰の曲がった彼女に、それが出来るのだろうか?


「敵も馬鹿ではございません。宗主であるアキネ様をいきなり襲うなどという蛮行には及びません」


 それはそうだろうが、そうなればアキネは話し合いに参加しないということだ。


(組織のトップが参加しない……いや、させたくないのか)


 リスクヘッジは当然だが、これはあからさますぎる。

 訊きたいことは山ほどあるが、答えてくれる可能性は微塵もない。


(しかたねえな)


 おれは平和な光景に別れを告げ、隠し扉から続く階段を下りることにした。

 話をするためには、そうする以外に方法がない。

 狭い階段を一人で降りていく。

 最初こそ差し込む灯りがあったのだが、扉が閉められた瞬間、なにも見えなくなってしまった。


(……ダメだ)


 暗すぎて段差が把握できない。

 このままでは階段を踏みそこなうか、後ろをついてきている者と衝突するかの二択しかない。


「明かりをつけてください」


 頼むときは丁寧に。

 年の差や性別は関係ない。


「もう少し我慢してください」


 大丈夫だ。

 すべてが叶うとは思っていない。

 けど、諦めてはいけない。


「そろそろ階段を踏み外しそうで、危ないんですよね」


 現状を報告し、理解を得る努力をする。

 転げ落ちる未来を回避するために。


「きゃっ」


 後頭部を柔らかいモノで叩かれた。

 感触からしておっぱいで間違いないが、喜びはなかった。

 なぜなら、おれの階段を下りるスピードが落ちていることに、後ろのシスターは気づいていないからだ。

 このままなら、本当にいつ突き落とされても不思議はない。

 たとえそれが事故であろうと、故意であろうとも。


「明かりを頼む。でなければ、これ以上は進まん!」


 宣言通り、おれは足を止めた。


「きゃっ」


 先ほどはおっぱいだけだったが、今度はいろんなものを感じた。

 嬉しくはない。

 踏ん張っていたから事なきをえたが、力を抜いた状態であったら、大惨事になっていた。


「……わかりました。ホーリーライト」


 マリアナの手に、小さな明かりが点った。


「手を出してください」


 従うと、マリアナはおれの掌に灯りを乗せた。

 熱くはないし、明るさも十分だ。

 印象としては、発光している豆電球を渡された感じである。


(これはいいな)


 おれは視界が回復したことを喜び、キョロキョロしてしまう。

 壁と階段は石垣を利用して作っているようだ。


「急いでください」


 マリアナの声がおれを引き戻した。

 見れば、本人は数段先をいまも下っている。


「お願いします」


 後ろのシスターも同じ意見のようだ。

 抗う必要もないので、おれは足早に階段を下りた。

 ある程度まで行くと、部屋があった。


「こちらにどうぞ」


 通されたそこは、中央に地図の乗った巨大なテーブルがあるだけの簡素な場所だった。


「どれどれ」


 地図に目を落とした。

 広げられているのは二枚。

 一つは世界地図のように広域を描いた物であり、もう一つは詳細に描かれた国か街だ。

 話の流れからいって、魔導皇国トゥーンだろう。


(なら、おれが近々に得るべき情報が詰まっているのは、詳細に描かれたほうだな)


 ……なんだか歪な形をしている。

 棘の少ないうにのように、出っ張っている箇所がいくつもあった。

 よくは知らないが、普通、王都というのは防衛しやすく作るものではないのだろうか?

 こんな歪んだ形をしていては、賊の侵入を許す可能性が増える気がしてならない。

 王都とその周辺はそれを考慮しなくていいほど安全で、実際そうである可能性もある。

 けど、だからといって、不測に事態に備えなくていいとはならない。


「ここが現在位置です」


 マリアナが指し示したのは、地図の中でも一際大きな場所だった。


(うん。この地図が王都の物であるのは間違いないな)


 口にしてこそいないが、おれはここが王宮の一部だと思っていた。

 というより、王妃との謁見の際に外を通ることがなかった時点で、それは確定していたことでもある。


(わからないのは、西の砦だよな)


 地図を見ても、それらしきモノがない。

 文字が読めれば地図上に描かれている注釈が理解できるのだろうが、見たこともない字ではそれも不可能だ。


「西の砦は?」

「ここです」

「えっ!?」


 マリアナが差した場所は、意外だった。

 というより、信じられなかった。


「ウソだよね?」

「ここです」


 同じ個所を指し示されたので、間違いない。

 であるなら、意味がわからない。

 マリアナが差した場所は、自国の砦だ。

 よりわかりやすく言うなら、いまいる王都にある西の砦である。

 そこを破壊すれば、大問題だ。

 下手をすれば、反逆罪で死刑になる可能性だってあるだろう。


「大丈夫です。神の御遣いが恐れている事態にはなり得ません。なぜなら、これは王妃様のお考えでもあるのです」


 おれは相当訝しげな表情をしていたのだろう。

 求めていないのに、マリアナがそう説明してくれた。


「……クーデター……」

「違います」


 思い付きが口をついて出てしまったが、即座に否定された。


「理由は追々説明しますが、今は時間がないので省きます。確認ですが、神の御遣いが使用可能な魔法をお教えください」

「えっ!? 魔法なんか使えないよ」


 おれを除いた室内にいる全員が、ギョッと目を剥いた。


(ヤベェ)


 つい本当のこと言ってしまった。


「本当に、何一つ魔法を使うことが出来ないのですか?」


 こうなってはもうダメだ。

 言い逃れはできない。


「ああ。魔法の魔の字も使えない。でも、素養はあると思う」

「もう一つお訊かせ下さい。神の御遣いは、我々の手助けに参られたのですよね?」

「違うよ。おれがこの世界に来たのは、魔法の習得のため」

「わかりました。皆の者も聞きましたね」

『はい』


 全員が揃ってうなずく。


「捕縛しなさい!」


 シスターが動き、あっという間に手足を拘束されてしまった。


「なんのこれしき」


 手錠のような物を引き千切ろうとしたが、無理だった。

 鎖部分は際限なく伸びるようだし、輪っかの部分は掴めもしない。


「魔法ってすげえな」

「その役立たずは牢屋にでも入れておきなさい」


 感心するおれをよそに、マリアナが冷たくそう言い放った。


『はっ!』


 むけられる視線がどれも冷たい。

 まるで、汚物を見るかのようだ。


(サラフィネよ。どうやらおれは魔法を教えてもらうことは出来ないらしいぞ)


 だから……


「帰還させてもらえないかな?」


 牢屋にぶち込まれながら、おれはそう頼んだ。


いいねやブックマーク、ありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ