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67話 勇者は王妃に謁見した

「面を上げよ」


 謁見の間に、重厚な声が響き渡る。

 おれは声に従い顔をあげたが、どうということもない。

 目に映るのは薄い布。

 その奥に椅子に座る人影のようなものが確認できるが、シルエットだけで性別は判断できなかった。

 さらに言うなら、本当にそこに人がいるのかも、定かではない。

 聞こえた声も、布の左右で仁王立ちしている風神雷神のような迫力のある女性のものだ。

 両者とも褐色の肌にオレンジ色のショートヘアがよく似合っていて、つり目と筋骨隆々の肉体が、武闘派の印象を強く抱かせる。

 失礼な話ではあるが、小玉……いや……見る者によっては大玉スイカと評せるふくよかな胸のふくらみがなければ、おれも彼女たちを男と勘違いしていただろう。


「男……なのだな」


 布の奥から聞こえてきた声は、女性のモノだった。

 しかし、それ以上に気になることがある。

 声に、落胆の色が濃く含まれていたのだ。


「申し訳ありません。ですが、彼の者が身に纏う衣服は、聖法着で間違いございません」


 顔中に汗をかきながら、アキネが必死に弁明している。


「疑いの余地は?」

「ありません! 聖法母団屈指の魔導鑑定士一〇名。全員が同様の結果を出しております」

「……そうか。なら、信じよう」


 言葉とは裏腹に、声は面白くなさそうだ。

 姿を隠している人間が、これほど感情をあらわにしていいのだろうか。

 それとも、隠す必要性を感じていないのだろうか。

 どちらにせよ、おれは招かざる客のようだ。


「名を名乗れ」


 自分のことだとは思ったが、違ったら恥ずかしい。

 だから、なにも言わなかった。

 …………だれも口を開かない。

 周りを見れば、全員の視線がおれにむけられている。

 さっと答えてもいいが、公式の場で粗相があってはマズイ。

 念には念をいれようように、自分を指さした。

 ものすごい勢いで、アキネとマリアナがうなずいている。

 間違いない。

 おれのターンだ。


「セイセイと申します」


 なんとなく王妃と聖法母団を信用できなかったから、偽名を告げた。


「変な名だな」


 小馬鹿にした薄ら笑いが起きる。

 なんの問題もない。

 むしろ、とっさに夢で名乗った偽名を言えたことに、感心してしまう。


(んん!?)


 ……なにか引っかかった。


(そういえば、聖法母団って、どこかで耳にしたような気がするな)


 わりと最近だったような気がする。


(どこだっけ?)


 …………ダメだ。

 思い出せない。


「ではニセイよ。余のために働け」


 王妃の言葉に、風神雷神が爆笑した。

 アキネとマリアナは声こそ漏らしていないが、肩が激しく上下に動いている。


(いや、もういっそ笑えよ。そのほうが清々しいだろ)


 布の奥の王妃も、シルエットを揺らしている。

 自らのボケに手ごたえを感じているようで、なによりだ。


(まあ、おれには一切伝わってねえけどな)


 正直、なにも思い出せないことのほうが問題だ。


「つまらんな。謁見は終了だ。下がれ」


 ノーリアクションだったのがお気に召さなかったようで、王妃の声は色を無くしてしまった。

 これは申し訳ないことをした。

 けど、もう遅い。

 来たとき同様マリアナに腕を掴まれ、おれは引きずられるように謁見の間を後にした。


「聖法母団もお終いだな」


 風神雷神が漏らす、そんな声を聞きながら。



「神の御遣い様、よくぞ我慢してくださいました」


 教会に戻ってすぐ、アキネがおれに頭を下げた。


「いや、我慢もなにもしてないけど」

「そうなのですか?」

「アキネ様、神の御遣いは異界人です。王妃様の言葉の真意を、理解していらっしゃらないのではないでしょうか」

「なるほど。その可能性はありますね」


 アキネは不思議そうな表情を浮かべていたが、マリアナの進言にポンッと手を打った。


「そっちだけで納得しないで、説明してくれよ」

「気分を害される話ですが、よろしいのですか?」

「あの場にいたんだ。自分がどう思われているかは、おおむね理解してるよ」

「わかりました。ですが、まずは王妃様の無礼を謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げるアキネの言葉からは、誠意が伝わってくる。


「謝罪は受け入れた。だから、話を進めてくれ」

「王妃様は女尊男卑の思考がお強い方です」


 驚きはない。

 むしろ、そうだろうな、という感想だ。


「ですから、セイセイ様の名をもじってニセイなどと……ブフッ、失礼な」

(いや、お前も笑ってるけどね)


 などとツッコんではいけない。

 そんなことをすれば、また話が進まなくなってしまう。


「どう失礼なの?」

「それ……は……ブフフッ」

「魔法皇国において、すべての職は自己の能力のよって決まります」


 笑いをこらえるのに必死なアキネに代わり、マリアナが説明を始めた。


「世襲は皆無に等しいとお考え下さい。理由は、高い地位にある者の子が、優秀であるとは限らないからです」


 それはそうだろう。

 環境に甘えるやつというのは、どこの世界にもいるものだ。


「ですが、その子たちを無理やり自分の部下にする親も存在します。分不相応な立場に親の権力を使って就く者を、この国ではニセイと呼んで嘲笑します」

(なるほど)


 王妃からすれば、男のくせに神の立場を借りてこの地に降り立ったおれは、まさしくニセイなのだ。


(セイセイは二個のセイで出来ているから、ニセイ……か)


 偶然だが、セイセイと名乗ったことも、それに拍車をかける結果となったようだ。

 無能と言われ腹が立たないわけじゃないが、考えようによっては好都合である。

 面倒事には一切かかわらず、魔法の習得に時間をかけることも可能だろう。


「しかし、我々は違います。聖法着を纏うセイセイ様は、紛うことなき神の御遣いでおわせられます。ですから、どうか我らにご助力ください」

(ダメかもしんねえな)


 マリアナたちは、働かせる気満々だ。

 ……


「ところで、聖法着ってなに?」


 ちょくちょく出てくる単語だが、意味がわからない。


「神が纏う衣です。その布は聖魔法を無力化します」

(なるほど)


 やっと理解できた。

 おれが着ている服が聖法着だから、銃で撃たれても平気だったのだ。


「ホーリーショット」


 シスターはそう唱えていた。

 それは言葉の通り、聖魔法を銃弾に纏わせた魔法なのだろう。


「聖魔法を無力化したのもそうですが、我らが誇る一〇人の魔導鑑定士もお墨付きを与えています。疑う余地はございません」

「鑑定士……ねぇ。そういえば、おれはいつ鑑定されてたの?」

「セイセイ様が現れてからすぐです。そのときの無礼も、重ねてお詫びします。ですが、鑑定に時間を有したのも、ご理解ください」

(まあ、ベッドで寝ている男が召喚されたら、だれでも怪しむよな)


 いきなり襲うのはどうかと思うが、マリアナは下着をのぞかれてもいる被害者意識もあったはずだ。

 その後の小馬鹿にしたような会話も、本当にへりくだっていい相手かどうかわからなければ、いたしかたない、とも受け取れる。

 細かい齟齬をあげればキリがないし、それでギャアギャア言うのもよろしくない。

 お互いの関係を良好に保つためにも、もろもろ水に流そう。


「うん。文句はないよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 マリアナが笑みを浮かべた。


(サラフィネが言うように、会話は重ねるべきだな)


 そうすれば誤解は解けるし、わかりあえる。


「では、西の砦を破壊してきてください」


 …………そうでもないようだ。


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