66話 勇者は三度目の異世界転移を認識した
薄々感づいてはいたが、どうやらおれは、三度目の異世界転移を済ませているようだ。
…………不満はある。
けど、過去二回と比べればマシ……なのかもしれない。
(一応、入浴と食事と睡眠の時間はあったしな)
…………ダメだ。
アレで納得できるほど、純粋ではない。
「あなたを魔法の世界へと送り込みます。そこで魔法を体得するのです。現地での案内は手配済みですから、ご心配には及びません」
諸悪の根源は、そんなことを言っていた。
普通に考えるなら、聖法母団がその役目を担うのだろう。
「魔法って覚えるの大変?」
『えっ!?』
全シスターが、一斉に眉根を寄せた。
なにかマズイことを訊いたのだろうか。
「ここって魔法の世界じゃないの?」
「そうです。魔法皇国トゥーンで、間違いありません」
「よかった」
「ご納得いただけたなら、我らも安心です」
胸を撫でおろすおれに、老婆の表情もほころぶ。
「じゃあ、魔法を教えてもらおうかな」
『えっ!?』
先ほど同様、全員が眉根を寄せた。
これではっきりした。
彼女たちにとって、おれが魔法を使えないというのは、想定外であるようだ。
(でも、おれは魔法を覚えるために、この世界に来たんだよな?)
理由はわからないが、ボタンの掛け違いが発生している。
こういうときこそ、丁寧な確認を積み重ねるべきだ。
「女神サラフィネは知ってるよね?」
「存じ上げております。ですが、我が皇国では、女神様の名は、サラフィーネ、と発音します」
やたら発音を強調するのだから、重要なことなのだろう。
たかが一音伸びるか伸びないか、で片付けてはいけない。
けど、いまは放置だ。
最優先で確認しなければいけないのは、それが同一人物であるかどうかである。
「写真ある?」
「写真とは、なんでございましょう」
(そうか。この世界には写真がないのか)
もしあったとしても、違う言いかたをするのかもしれない。
おれは写真の概要を伝えた。
「神の世界にはそのような物まで存在するのですね。羨ましい限りです。しかし残念ながら、この世界にはそのような技術は存在しません」
感心しながらも、老婆は首を大きく横に振った。
サラフィーネに関しては自画像もなく、あるのは数体の彫刻のみ。
教会の一番いいところに据え置かれているそれを見たが、サラフィネだと肯定することも否定することも出来なかった。
似ていると言えば似ているし、違うと言えば違う。
仮にこれをおれの知っているサラフィネだとするなら、五~六〇点がいいとこだ。
(困ったな)
けど、こうなったらしかたがない。
この問題も放置だ。
……なに一つ解決も積み重ねもできていないが、次は大丈夫だ。
「なんで、シスターマリアナは下半身を丸出しにしていたの?」
ボンッと音がするほど、マリアナの顔が一気に赤くなった。
自分で言っておいてなんだが、セクハラだ。
けど、これを訊いたのにはわけがある。
糾弾するなら、その後でお願いしたい。
「召喚の儀の途中で、破けてしまいました」
マリアナの声は、蚊の鳴くような小ささだった。
「ということは、おれをこの世界に呼んだのは、聖法母団で間違いないんだよね?」
マリアナを含めた数人のシスターがうなずいた。
その顔触れは、おれの記憶とも一致している。
「理由は?」
「ご助力を賜りたく存じます」
マリアナが深く頭を垂れた。
(まあ、そうだよな)
用もないのに、神の御遣いを召喚する馬鹿はいない。
けど、だからこそわからなかった。
サラフィネは、おれに魔法を覚えてこい、と言ったのだ。
にもかかわらず、神様に縋る状況の異世界に送るだろうか?
答えは、否だと思う。
理不尽極まりない女神だとは思うが、サラフィネは人でなしではない。
なら、こうなった理由がある、と考えるべきだ。
(おれが推したいのは、入り口と出口が変わった説、なんだよな)
例えば、サラフィネはおれに魔法を学ばせるために魔法学校などがある異世界に転移させようとした。
けど、マリアナが召喚の儀式を行ったことにより、本来おれが行くはずだった異世界ではなく、この異世界に来てしまった。
中々の説得力だ。
答え合わせのできない現状、そう仮定して話を進めるのも、ありだと思う。
(ただ、問題もあるんだよな)
老婆たちが、おれになにをさせたいのか。
それをはっきりさせたほうがいい。
覚悟をもって悪事に手を染めるならまだしも、知らぬ間に片棒を担がされるのはご免である。
それに、これは数少ないはっきりさせられることでもあった。
「なにを望むか、具体的に口にしてくれないか」
「それは私から直言いたします」
老婆が一歩前に進み出た。
「遅ればせながら名乗らせていただきます。わたくしはアキネと申します。役職はサラ教会聖法母団の現宗主を務めております」
サラ教というのがどれほどの規模の団体なのかは不明だが、目の前のアキネが権力者であることは間違いない。
願わくは、小さな宗教団体であってほしいものだ。
「聖法母団とは、王妃様より国土の防衛を任されております」
願いは届かなかった。
王妃の勅命で国土防衛を担う集団が、小規模であるわけがない。
「そのご助力を賜りたく存じます」
とんでもなくデカイ話になりそうだ。
そして、おれが魔法学校のようなところに行くことはない。
それだけは確定した。
「王妃様との謁見の場を用意しております。疑問もあるとは存じますが、詳しくはその後に説明させていただきます」
老婆が歩き出す。
「では、参りましょう」
マリアナがおれの右手に腕を絡めた。
それはエスコートというより、逃がさないぞ! という意思表示のようだった。