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65話 勇者と聖法母団

 ドサッと、前屈みに倒れた。

 銃弾を受けた左胸に両手をあて、そろそろと眼前に運ぶ。


「なんじゃこりゃ!」


 一度は言ってみたかった有名なセリフだ。


 …………


 周りからのリアクションはない。

 けど、満足だ。

 シスターたちの呆けた表情も気にならない。


(にしても、まったく痛くないのはどうしてだ?)


 出血はもちろんだが、着ている白Tシャツにも損傷がない。


「嘘でしょ!?」

「信じられない……」

「神の御遣いだわ」


 シスターたちも驚いている。


「静粛に」


 場が困惑に包まれる中、下半身丸出しシスターこと、マリアナが戻ってきた。

 その隣には、腰の曲がった老婆の姿も見える。

 マリアナが三歩後ろに付き従っているのだから、老婆のほうが偉いのだろう。

 シスターの中には、その姿を目にした瞬間、涙する者までいた。

 リアクションからして、かなり高位な存在であるのは疑いようがない。


「神の御遣いよ。どうかご無礼をお許しください」


 ひざを折り、老婆が深く頭を下げた。

 それは異例のことなのだろう。

 場がざわめいている。


「申し訳ありませんでした」


 マリアナだけは動揺せず、老婆と同じようにひざを折って追随した。

 その後は俊敏だ。


『申し訳ありませんでした』


 全シスターがマリアナの後方に移動し、一斉に頭を下げた。

 老婆の影響力の強さを認識すると同時に、話の窓口が彼女に絞られたことも理解した。


「顔をお上げください」

「神の御遣いのご尊顔を直視するなど、不敬に当たります」

(いや、最初おもいっきり目、合ったよね?)


 なんて野暮なことは言わない。

 こういう場でこそ、大人の配慮が必要なのだ。


「不敬などとんでもありません。その有り余る配慮に感謝します。ですから、どうか顔をお上げください」


 神の御遣いではないが、それっぽい話しかたをしてみた。

 いや、神の御遣いであるなら、もっと偉そうにするべきだろうか。


(あの程度の些事を咎めはせん。安心して面を上げよ)


 こんな感じだろうか?


(うん。なんかそんな気がするな)


 老婆にかぶりを振られた。


(……違うんだ)


 老婆の否定はおれの発言を拒否したのであって、立ち振る舞いを否定したわけではない……のだろうが、タイミングがよすぎて、少しだけ気落ちしてしまった。

 とはいえ、こうしていても埒が明かない。


「じゃあ、こっちから話してもいいかな?」


 フランクな言葉遣いにしてみた。

 これなら、親近感も生まれるだろう。


「どうぞ。なんなりとおっしゃってください」


 老婆たちは一切顔を見せない。


(ダメだな)


 心の距離は離れたままだ。

 しかたない。

 このまま進めよう。


「なんで撃たれたの? どうして無事なの? おれ?」


 胸に手を当て何度も確認するが、まったく痛くない。

 けど、心臓に銃弾を受けたのは間違いなかった。

 足元に転がるそれが、動かぬ証拠だ。


「すべては私の監督不行き届きです。どうか怒りをお鎮めください」

「いや、べつに怒ってないよ。それより、質問に答えてくれないかな」

「ありがとうございます。神の御遣いの広い心に感謝します」


 老婆は何度も何度も頭を下げている。

 言動はあくまで下から、に思えるが、本質は違う。

 おれと老婆の間で、会話が成立していないだけだ。

 というより、会話をする気が見受けられない。


「あのさ、慇懃無礼(いんぎんぶれい)って言葉を知ってる?」

「勉強になります」


 よくわかった。

 そっちがその気なら、こちらにも考えがある。

 壁に衝突しひっくり返ったベッドを元に戻し、おれは横になった。

 こうなればふて寝だ。

 会話などしてやるものか。

 仰向けになり、目を閉じた。


 …………


 見えない。

 けど、間違いない。

 老婆を含めた全シスターが、おれをガン見している。

 無言の圧力がすごかった。

 というより、すごすぎてダメだ。

 まったく寝られない。


(よし。一、二の三!)


 カッと目を見開いた。

 上から覗き込むシスターたちと目が合ったが、すぐに逸らされた。


(だるまさんが転んだなら、圧勝だったな)


 いい気分になり、おれは布団を頭からかぶった。

 こうすれば、視線も気にならない。


(よいしょ)


 シスターたちに、背をむけることも大事だ。

 気持ちとは正反対の敗者の行動にも思えるが、気にしたら負けである。

 いまはひとときの休息に、身をゆだねたい。


「起きてください! 神の御遣い!」


 瞬時に布団を引っ剥がされた。


「いや、寝てねえよ! てか、寝れねえよ!」


 そのあまりの早業に、思わずツッコんでしまった。


「それはなによりです。さあ、体を起こしてください」


 おれのそばにいるのは、老婆だけだった。

 さっきまでベッドの周りにいたシスターたちは、後方に戻っている。

 ということは、老婆が布団を剥いだのだ。


 …………


 重くはないが、布団はそれなりの長さがある。

 これを一瞬で引っ剥がしたのだから、元気なのだろう。

 ただ、知りたいのはそこじゃない。

 なぜ、寝てはいけないのだろうか?


「神の御遣い! どうか! どうか! どうか! 起きてください!」


 老婆はいまも絶えることなく、おれの身体を揺すっている。

 それはもう必死で、絶対に寝かさないぞ! という断固たる決意を感じさせた。


(やべっ)


 ちょっと気持ち悪くなってきた。


「わかった。起きる。起きるから、揺らさないで」


 上体を起こしたおれを、老婆が真っすぐ見つめる。

 曲がっていた腰が、いまやしゃんと伸びているから不思議だ。


「鑑定の結果が出ましたので、お伝えします」


 頼んだ覚えはない、とは言えない雰囲気だった。

 それほど、教会内の空気が張り詰めている。

 一瞬でここまで変わるのだから、よほど大事なことなのだろう。

 おれは唾を飲み、黙って次の言葉を待った。


「あなたを神の御遣いと断定することは出来ませんでしたが、お召しになっている衣は聖法着であると認定されました」


 両手の指を組み、膝立ちになった老婆が言葉を続ける。


「これより我ら聖法母団(せいほうぼだん)は、心より神の御遣いに服従いたします」

『服従いたします!』


 全シスターが同じ姿勢を取り、その声に追従した。

 これが、おれと聖法母団との出会いだった。


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