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64話 勇者、撃たれる

 ドンッという音がした後、弱めの衝撃を感じた。

 こちとら地震大国日本育ちである。

 震度一程度の揺れなど、大したことはない。


「#$%&!」


 だれかが叫んでいるが、眠すぎて耳に入ってこない。

 というより、静かにしてほしい。


 ガタガタガタ


 ベッドが揺れている。

 どうやら、揺れは収まっていないようだ。

 けど、大さわぎするほど激しくもない。

 震度二程度だ。


(うん。このまま寝てても問題ないな)


 なにより、ここは神界なのだ。

 大事に至ることはないだろう。


「どうします?」

「この男が本当にそうなのですか?」

「いやいや、そこを疑うのは問題でしょ」

「でも……」

(うるさいなぁ。震度二程度の地震で、ぎゃあぎゃあ言うんじゃないよ)


 寝返りを打ち、おれは布団に潜った。


「あっ、この態度はあれです。狸寝入りじゃないですか?」

(だとしても、お前に指摘される覚えはない)

「かもしれませんね。ですが、仮にそうだとして、あなたはどうするつもりですか? まさか、神の御使いを糾弾するつもりではありませんよね?」

(うん。いいぞ。もっと言え)


 そして可能なら、全員で遠くに行ってくれ。


「そのようなことは恐れ多くてできませんが、このままではマリアナ様が……」

「私ならなんの問題もありません。むしろ、こうしていられることは僥倖です」


 心配そうな声を、もう一つの声が吹き飛ばす。

 けど、その声には、虚勢の色がはっきりとにじんでいた。


「うるせえな。僥倖って……なんだよ」


 再度の寝返りとともに布団を持ち上げ、隙間から覗いた。

 黒い布だ。


(…………これはアレだな。下着だ)


 大事なところは隠れているが、大部分がレースで、煽情的なデザインをしている。


「見ていませんか?」


 声からして女性だ。

 露出狂だろうが、関わらなければ問題ない。


「うるさかったので、確認しただけです」


 おれは布団を下ろしながら、身じろぎした。

 ここでモソモソしたのが、いけなかった。


「恥を知るべきです!」


 金切り声とともに、猛烈な風に襲われた。

 吹き飛ばされたのは布団だけでなく、おれ自身もだ。

 おかげで視界が晴れた。


(やっぱり、あの姉妹は夢だったんだな)


 辺りに、林を思わせる木は一本もない。


(ってか、ここどこだよ?)


 神界で寝ていたはずだが、起きたら教会らしき場所にいるし、シスターらしき女性の姿も散見する。


(一、二、三、四、五、六、七人か)


 全員が修道着を身につけて……いや、一人下半身丸出しシスターがいるから、全員ではない。


(まあ、なんにせよ)


 物理的距離同様、おれたちの心の距離も離れていってる。

 それだけは間違いなかった。


(また女難(この)パターンかよ)


 辟易するが、いまはそれどころではない。

 おれは壁に背中を打ち付け制止したが、目の前にはベッドが迫っている。


「こりゃダメだ」


 壁とベッドに挟まれた。

 とんでもない衝撃だ。

 普通なら、死んでいてもおかしくないレベルだと思う。

 たぶん、大型トラック同士の正面衝突、ぐらいの破壊力はあるだろう。


「これで生きてるんだから、おれも丈夫になったもんだよな」


 骨折はおろか、かすり傷すら見当たらない。

 こうなると、もはや地球人を辞めた気分だ。


「ん、しょっと」


 ベッドを押し返し、おれは立ち上がった。


「マリアナ様」

「驚くことはありません。彼の者はサラフィーネ様の御遣いなのですから」


 わかりやすく狼狽するシスターたちを、マリアナと呼ばれたシスターがなだめている。


(サラフィーネ? だれだそれ。おれはサラフィネしか知らんぞ)


 とか言う前に、告げてやらねばならぬことがある。


「失礼ですが、下半身丸出しのご自身の格好には、驚いたほうがいいと思いますよ」


 これは紳士としての忠告だ。

 スケベ心があるなら、放置からのガン見で、脳内メモリーに焼き付けている。

 けど、その真意が伝わらないであろうことは、百も承知だ。

 いまもにらみを利かせたシスターたちが、マリアナを隠すように隊列を組んでいる。


「今のうちにお着替えください」


 スカートの下のガーターベルトに装備した棍棒やらヌンチャクを取り出すシスターたち。

 中には、拳銃を手にした者までいた。


「どう見ても過剰防衛だろ。なあ!? シスターさんよ」

「ありがとうございます。では、少しの間お願いします」


 助けを求めるおれを無視して、マリアナは奥の部屋に引っ込んでしまった。


「お姉さまへの狼藉、その身で償ってもらいます」


 にべもなく、シスターたちが襲いかかってくる。

 いままでのおれなら、問答無用で迎え撃っていた。

 けど、それではいけない。

 過去二回の異世界転移で、おれは学んだのだ。


「人類皆兄妹。言葉が通じるなら分かりあえる。さあ、話し合おう。そして、誤解を解こうじゃないか」

「問答無用! マリアナ様の秘宝を覗き見したこと、万死に値する!」


 棍棒、ヌンチャクの連打が襲い来る。


「よっ、ほっ、はっ」


 避けるのは簡単だった。

 多勢に無勢だろうが、気にならない。

 動き回るには少し狭いが、椅子などの障害物が少ないから、どうとでもなる。


「ちょこまかと。それでも神の御遣いですか。正々堂々と神罰を受けなさい」


 滅茶苦茶な言い分だ。

 これは指摘しなければいけない。


「冷静になれよ。神の御遣いが神罰を受けるのは、違うだろ?」

「いいえ、間違いありません。あなたは神の御遣いの皮を被った悪鬼です。一撃喰らわせれば、正体が判明します」


 シスターたちに聞く耳はないようだ。

 落ち着いて会話をするには、彼女たちを一時的に無効化しないかぎり、不可能かもしれない。


「落ち着けよ。少しでいいから、おれの話を聞いてくれないか?」


 無駄かもしれないが、最後の問いかけをした。

 ここで決裂するなら、実力行使も辞さない。


「いいでしょう。女神サラフィーネ様の名において、捕縛後に釈明の機会を与えます」


 交渉は決裂だ。


「んじゃ、やるか」


 柄に手をかけた……はずが、腰にはなにもなかった。


(あれ!?)


 一瞬首をひねったが、すぐに思い出した。


(ああ、そうだ。折れたんだ)


 代わりの剣は貰っていない。

 竜滅槍もメンテナンス中だ。


「ホーリーショット」


 撃鉄が打ち鳴らされたのを合図に、おれに群がっていたシスターたちが四散した。

 直線状には、拳銃を構えた者がいる。


(なるほど)


 シスターたちの攻撃は、おれを誘導するためのものだったようだ。


(侮ってはいけなかったな)


 弾丸を左胸に受けながら、おれはしみじみそう思った。


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