62話 勇者とタローの取引
「さっきはよくもやってくれたな」
「ゴメンゴメン。転んじゃったのよ」
「あんな勢いでコケるやつがいるか!」
「ここにいるじゃねえか」
「殺す!」
これ以上の問答は無用とばかりに、男たちが剣、ナイフ、斧などを手にした。
(一、二、三、四、五、六人か)
その奥にも盗賊団はいるのだが、殺気立っているのは前衛だけだ。
それなら楽でいいのだが、そうは問屋が卸さない。
奥の連中は姉妹を探すように、きょろきょろと忙しなく視線を動かしている。
「アニキ、いやした」
「どこだ!?」
「村の入り口でやす」
「ちっ、中に入られると面倒だ! とっとと捕まえてこい」
「へい」
「させねえよ」
街道に出てきた男を、おれは林の中に蹴り返した。
「ぐへっ」
樹に当たってうめいたきり、男は動かなかった。
「てめえ! なにもんだ?」
アニキと呼ばれた男が目尻を逆立てるが、当初の勢いは鳴りを潜めている。
ジリジリと後退しているのが、その証拠だ。
「あいつらのことは見逃してやってくれよ。そしたら、おれもお前らのことは見逃すからさ」
「ふざけんな!」
「ふざけてねえよ。それに、悪くない取引だろ」
おれが本気になれば、男たちは無傷で済まない。
姉妹を逃がしたうえに返り討ちにあうくらいなら、ここで手打ちにしたほうが利は大きいはずだ。
「あのガキどもは俺らの領域に足を踏み入れた。金を払うのは義務だ!」
ダメだ。
一歩も引く気は見当たらない。
「林に響いた爆音はお前らも聞いたろ? あいつらはあれに驚いただけで、わざとじゃないよ」
「そんなこたぁ、知ったこっちゃねえ! このルールは絶対だ!」
「なら、しょうがねえな」
おれは拳を握った。
「いいぜ。やってやろうじゃねえか」
男たちも腹を決め、武器を構える。
「まあ、待て」
一色触発の空気を引き裂くように、そいつは現れた。
身長は一六〇センチ前後。
長い前髪が両目を隠しているが、鼻筋やあごのラインはシャープであり、美形であることは疑いようがなかった。
身につけている燕尾服も似合っていて、デキる執事感がすごい。
けど、親しみやすさは皆無だ。
全身からにじみ出る冷酷な雰囲気が、すべてを黒く塗り潰している。
(他人を殺すことに、なんも感じないタイプだろうな)
ダライマス盗賊団の団長、もしくは幹部と紹介されても、納得できる。
それぐらいの悪だ。
「はじめまして。タローと申します」
右手を胸に添え、口元に笑みを浮かべたまま、四五度くらい頭を下げる。
挨拶の所作は、執事にふさわしかった。
けど、執事であるかどうかは、非常に疑わしい。
(偽名……だよな)
タローという男っぽい名前に対し、目の前の人物は女性だ。
豊かな胸のふくらみからして、間違いない。
信用がないのを嘆くつもりはないが、わかりやすいウソをつく意図が計れなかった。
「こちらこそはじめまして。セイセイと申します」
相手の真意がわからない以上、おれも偽名を告げた。
これは当てつけではなく、自衛の側面が大きい。
はっきりした理由はないが、そうしたほうがいい気がしたのも、理由の一つだ。
けど、無下に接するつもりはない。
事が穏便に済むのであれば、それが最善である。
「セイセイさんですか。彼らの無礼、代わりに謝罪させていただきます」
タローの謝罪は首を前に出しただけで、頭を下げる気はなさそうだ。
体裁を整えるつもりもなければ、その意思も感じられない。
けど、それを指摘するほど、バカでもない。
(波風を立てたいんだろうしな)
タローはあえて無礼に振る舞い、争いの種を蒔いているのだ。
水をまいて芽を出す必要など、どこにもない。
ここは、大人な対応をするのが吉である。
「こちらにも非はありますので、謝罪は無用です」
「広いお心感謝します。これで、今回のことはお互い水に流しましょう」
「そうしましょう」
示談成立だ。
(いや~、よかったよかった)
などと安堵したのも束の間。
「では、今度はあの子たちと話をさせていただきますね」
酷薄な笑みを浮かべるタローが、村を指さした。
(なるほど。そっちが本命か)
どうあっても、あの姉妹を逃がす気はないようだ。
(まあ、理解はできるけどな)
あの姉妹には、それだけの価値がある。
ロリコンならいますぐ喉から手が出るほど欲しいだろうし、成長すれば天文学的価値をつけることは疑いようがない。
育てて、ハニートラップ要員にしてもいいだろう。
(さぞ大物が釣れるだろうな)
貴族、大臣、豪商など、よりどりみどりだ。
それぐらい秀でた容姿を持った子供が、タダで手に入る。
しかも、二人同時に。
このチャンスを、逃す手はないだろう。
けど、それだけが固執する理由だとは思えなかった。
あの姉妹は、村になんとか警備隊がいると言っていた。
その警備隊とモメるだけの価値があるのだから、おれの知りえないファクターがあるのは間違いない。
(いや、待てよ)
もしかしたら……
「話はついているのか?」
タローが首をかしげた。
文脈通りなら姉妹とだが、おれが言いたかったのは、警備隊と、である。
村での少々の犯罪には目をつぶる。
そんな裏取引がない、とは言い切れない。
「ありませんよ」
「えっ!?」
「セイセイさんが考えているような事情は、一切存在しません」
心が読めるのだろうか?
「残念ながら超能力は持ち合わせていません。ですが、観察眼は人並み優れている、と自負させていただいております」
「なるほど。じゃあ、おれがなんて言うかも理解できるよな?」
ぐっと拳を握った。
「なぜあの子らに、それほど執着されるのですか?」
「理由なんて特にねえよ。悪いやつらから守りたい。それだけだよ」
「我々は悪いやつらなのですか?」
「盗賊団。なんだろ?」
「はっはっは。そうでした。そうでした。我々は盗賊団でしたね。はっはっは。情けないことに、自分の立場を忘れていました」
タローが肩を揺らして笑っている。
「おっしゃる通り、我々は盗賊団です。それは揺るぎない事実ですね。しかし、これだけは言わせていただきます。我々ダライマス盗賊団は、悪事を働いたことは一度としてありません」
真顔に戻ったタローの言葉を、どう受け取るべきか。
真実とは思えないが、ウソでない可能性もある。
姉妹から聞いた話や、部下たちの言動だけで、黒と決めつけることはできない。
推定無罪、というやつだ。
(でもこいつら、真っ黒だよな)
燕尾服のタローはまだしも、野良着に武器を構える連中は、どう見てもカタギじゃない。
(……なんか、どうでもよくなってきたな)
正直、ダライマス盗賊団の善悪など、どうでもよかった。
おれが望むことは、たった一つなのだから。
「あの子たちから手を引け!」
「では、代わりのモノをいただけますか?」
「モノによるな」
「我々が望むのはセイセイさん、あなたです」
その言葉は意外だった。
けど、答えはすぐに出た。
「ヤダね。悪事の片棒は担ぎたくない」
「ご冗談を。ただ立っているだけで行える悪事など、ございません」
「立っているだけ?」
「ええ。今から案内する場所に、数時間だけ立っていてください」
「目的は?」
「秘密です。ただ、それを行っていただけるのなら、あの子たちからは手を引きましょう」
タローの言葉には、しばし強い響きが加わる。
今回もそうであり、ウソではない気がした。
「信じていいんだよな?」
「ええ。もちろんです」
「わかった。その条件を呑もう」
「ありがとうございます。では、ご案内するまえに誠意をみせましょう。総員帰還せよ!」
『了解!』
ダライマス盗賊団が、一斉に引き上げていった。
ただ一人、アニキと呼ばれていた大男だけは、おれをにらみ続けている。
「聞こえなかったのか?」
「ちっ」
タローの声に混じる怒気を察し、大男が踵を返した。
「これであの子たちの安全は保障されます。では、まいりましょう」
言葉を裏打ちするモノはないが、疑ってばかりいては話が進まない。
仮に裏切られるのだとしても、そうならないように行動するのが先だ。
おれはタローの案内で、林に入った。