表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/339

61話 勇者と姉妹に忍び寄るダライマス盗賊団の影

「お~、涼しいな」


 街道が暑かったわけではないが、吹き抜ける風の心地よさにテンションがあがる……と言いたいところだが、そんな風に感じているのはおれだけだ。

 姉妹はあたりを観察し、慎重に歩を進めている。

 周辺には芝生や野草が生えているのだが、足元だけは土がむき出しだ。

 獣道のようになっているのは、あの村に行く迂回路だからだろう。


「なあ、なんでそんなにピリピリしてるんだ? 安全だからこそ、この道を選んだんじゃねえのかよ」

「うるせえ。いいから黙ってついてこい」

「あと、なるべく静かにしていてください」


 姉妹の四方にむける視線は、真剣そのものだ。

 理由はわからないが、そうしなければいけない事情があることは、察することができた。


(あいよ)


 心中で同意し、おれも四方を探る。

 姉妹より視線の高いおれだからこそ、気づけるモノがあるかもしれない。

 前の異世界とは違い、この森の樹は実を成していないようだ。

 詳しくはないが、スギやヒノキといった針葉樹に見える。

 カサカサと風が葉を揺らす音は聞こえるが、それ以外の気配は皆無だ。

 リスや昆虫といった小動物はおろか、クマやシカといった大きな動物も見当たらない。

 空を飛ぶ鳥の姿すらないのは、異常だと思う。

 野生動物すらビビらすのだとしたら、件のダライマス盗賊団は、よほど恐ろしい連中である。


(んん!?)


 どこからか視線を感じた。


(気のせいか?)


 周囲を見渡しても人の姿はない。

 姉妹にも変わった様子はなく、周囲を観察し続けている。

 おれもそれに倣い、より注意深く目を凝らした。


(…………なにもない……けど、たしかに感じるんだよな)


 チクチクと、肌になにかが突き刺さるような感じがする。

 見られているのは、間違いなさそうだ。

 問題は、それが何者なのか、である。


「なあ、ダライマス盗賊団ってのは、境界線を越えないかぎり襲ってこないのか?」

「しッ! その名前を出すな!」


 姉が唇に指を押し当てた。

 この反応からするに、ルールを守る連中ではないのだろう。

 なら、この視線はダライマス盗賊団のモノではない可能性が高い。

 傍若無人な連中なら、おれの発言をきっかけにカラんでくるはずだ。


(じゃあ、だれなんだ?)


 これは意外と、マズイ状況かもしれない。

 いざというときのため、戦う気持ちだけは作っておこう。


(んん!?)


 戦う気持ちで気づいたが、剣がない。

 ということは、防具もない。


(これはマズイな)


 丸腰の戦闘はシビアだ。

 場合によっては姉妹を守らなければならないのだから、なおさら窮地に陥るかもしれない。


(なにも起こらなければいいなぁ)


 ドンッ!!


 遠くで爆発音が響き、願いは一瞬で裏切られた。


「きゃぁ」


 驚いた妹が尻もちをつく。


「大丈夫か?」

「うん。でも……」


 ケガはなさそうだが、その顔色は青ざめている。


「早く立て!」

「う、うん」


 姉が引き起こそうとするが、ヒザが笑ってうまく立てないようだ。


「へっへっへ。通行料を払ってもらおうか」


 原因は、木の陰から薄ら笑いを浮かべて出てきた大柄な男。


「アニキ、こいつは上物ですぜ」


 口を開いたのは一人だが、手下もゾロゾロと引き連れている。


(おれはこの人数に気付けなかったのか?)


 特段、索敵能力に秀でているわけではないが、どうにも違和感がある。


「まあ待て。金が払えるなら、見逃してやらなきゃならねえのがルールだ」


 ルールを順守するようには思えないが、地獄の沙汰も金次第。

 こういうところは、どこの世界も共通のようだ。


「さあ、嬢ちゃん。どうする?」


 姉が巾着袋を差し出した。


「いい子だ……けど、これじゃ足りねえな」


 中を確認した大柄な男が、かぶりを振った。


「バカ言うな! それで十分な額だ!」

「足りねえよ! 金貨五枚じゃ、ガキ一人分だ!」

「足りてんじゃねえか! それはこいつの分だ!」


 すごむ大男に、姉は一歩も引かなかった。


「じゃあ、てめえの分はどうすんだ!?」

「……えよ」

「ああ!? 聞こえねえぞ!?」

「ねえって言ってんだよ!」


 なけなしの金を、妹のために使ったらしい。


「じゃあ、てめえはこっち来い」


 乱暴に伸びる手に怯え、姉がぎゅっと目を閉じた。

 ただ、怖さに震えながらも、盾のようにじっと動かない。

 懸命に妹を守ろうとする姿は、立派としか表しようがなかった。


「かわいがってやるぞ」


 この高貴な心を持った少女が、下卑た笑みを浮かべる大男に(なぶ)られるのは、到底看過できない。


「おおっと、足が滑った!」


 たたらを踏みながら、男の手を払い除けた。


「いけない。今度は手が滑った!」


 返す刀で、男の手から巾着袋を奪い取る。


「こりゃもうダメだ。立ってられないな!」


 最後にドン、と体当たりをかました。


「ぐへっ」


 大男が弾き飛んだ。


「アニキ!?」


 部下にも動揺が走っている。


「ごめんね。ごめんね~」


 巾着袋を持ったまま、即座に姉妹を抱えて走り出した。

 境界線の位置は知らないが、獣道を行けば問題ない……だろう。


「あっ!? 待てこの野郎!」


 後ろでぎゃあぎゃあ叫んでいるようだが、その声がおれに届くことはなかった。

 待てと言われて、待つバカはいないのだ。



「いや~、危なかったな」


 林を抜けたところで、姉妹を立たせた。


「ありがとうございました」

「へんっ……ありがとよ」


 妹はきちんと頭を下げたが、姉はそっぽをむいたままだ。

 けど、感謝しているのはわかる。


「気にすんな。転んだだけだからよ」

「あんな転びかたする人はいません」

「ここにいるだろ」

「ふふっ。そうですね」

「野郎! どこ行きやがった?」


 林の奥から声がする。

 どうやら、優雅にお話しをする時間はなさそうだ。


「村まで行けば安全なのか?」

「はい。あそこは聖法母団が警備していますから」

「なら、さっさと行っちまえ。おれがあいつらの足止めをしといてやるからよ」

「でも……それではお兄さんが危ない目にあってしまいます」

「そうだ。一緒に行こうぜ」


 躊躇する姉妹に巾着袋を握らせ、背中を押した。


「村に用事があるんだろ? おれは大丈夫だからよ。っていうか、お前らが一緒のほうが、動きにくいんだよ」


 一対多数の現状、どうしたって穴は出来てしまう。

 そこを攻められたら、姉妹も無傷では済まないかもしれない。


(それはちょっとな)


 ここが異世界だろうと夢の中であろうと、この美しい姉妹たちの顔や体に傷を残すようなことは、あってはならない。


「大丈夫だから、行ってくれよ」


 再度背中を押してやると、


「すみません」

「死ぬんじゃねえぞ」


 姉妹は村にむかって走りだした。


「みつけたぞ!」


 タイミングよく、件のやつらが林から飛び出してきた。


誤字報告ありがとうございます。大変助かっております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ