61話 勇者と姉妹に忍び寄るダライマス盗賊団の影
「お~、涼しいな」
街道が暑かったわけではないが、吹き抜ける風の心地よさにテンションがあがる……と言いたいところだが、そんな風に感じているのはおれだけだ。
姉妹はあたりを観察し、慎重に歩を進めている。
周辺には芝生や野草が生えているのだが、足元だけは土がむき出しだ。
獣道のようになっているのは、あの村に行く迂回路だからだろう。
「なあ、なんでそんなにピリピリしてるんだ? 安全だからこそ、この道を選んだんじゃねえのかよ」
「うるせえ。いいから黙ってついてこい」
「あと、なるべく静かにしていてください」
姉妹の四方にむける視線は、真剣そのものだ。
理由はわからないが、そうしなければいけない事情があることは、察することができた。
(あいよ)
心中で同意し、おれも四方を探る。
姉妹より視線の高いおれだからこそ、気づけるモノがあるかもしれない。
前の異世界とは違い、この森の樹は実を成していないようだ。
詳しくはないが、スギやヒノキといった針葉樹に見える。
カサカサと風が葉を揺らす音は聞こえるが、それ以外の気配は皆無だ。
リスや昆虫といった小動物はおろか、クマやシカといった大きな動物も見当たらない。
空を飛ぶ鳥の姿すらないのは、異常だと思う。
野生動物すらビビらすのだとしたら、件のダライマス盗賊団は、よほど恐ろしい連中である。
(んん!?)
どこからか視線を感じた。
(気のせいか?)
周囲を見渡しても人の姿はない。
姉妹にも変わった様子はなく、周囲を観察し続けている。
おれもそれに倣い、より注意深く目を凝らした。
(…………なにもない……けど、たしかに感じるんだよな)
チクチクと、肌になにかが突き刺さるような感じがする。
見られているのは、間違いなさそうだ。
問題は、それが何者なのか、である。
「なあ、ダライマス盗賊団ってのは、境界線を越えないかぎり襲ってこないのか?」
「しッ! その名前を出すな!」
姉が唇に指を押し当てた。
この反応からするに、ルールを守る連中ではないのだろう。
なら、この視線はダライマス盗賊団のモノではない可能性が高い。
傍若無人な連中なら、おれの発言をきっかけにカラんでくるはずだ。
(じゃあ、だれなんだ?)
これは意外と、マズイ状況かもしれない。
いざというときのため、戦う気持ちだけは作っておこう。
(んん!?)
戦う気持ちで気づいたが、剣がない。
ということは、防具もない。
(これはマズイな)
丸腰の戦闘はシビアだ。
場合によっては姉妹を守らなければならないのだから、なおさら窮地に陥るかもしれない。
(なにも起こらなければいいなぁ)
ドンッ!!
遠くで爆発音が響き、願いは一瞬で裏切られた。
「きゃぁ」
驚いた妹が尻もちをつく。
「大丈夫か?」
「うん。でも……」
ケガはなさそうだが、その顔色は青ざめている。
「早く立て!」
「う、うん」
姉が引き起こそうとするが、ヒザが笑ってうまく立てないようだ。
「へっへっへ。通行料を払ってもらおうか」
原因は、木の陰から薄ら笑いを浮かべて出てきた大柄な男。
「アニキ、こいつは上物ですぜ」
口を開いたのは一人だが、手下もゾロゾロと引き連れている。
(おれはこの人数に気付けなかったのか?)
特段、索敵能力に秀でているわけではないが、どうにも違和感がある。
「まあ待て。金が払えるなら、見逃してやらなきゃならねえのがルールだ」
ルールを順守するようには思えないが、地獄の沙汰も金次第。
こういうところは、どこの世界も共通のようだ。
「さあ、嬢ちゃん。どうする?」
姉が巾着袋を差し出した。
「いい子だ……けど、これじゃ足りねえな」
中を確認した大柄な男が、かぶりを振った。
「バカ言うな! それで十分な額だ!」
「足りねえよ! 金貨五枚じゃ、ガキ一人分だ!」
「足りてんじゃねえか! それはこいつの分だ!」
すごむ大男に、姉は一歩も引かなかった。
「じゃあ、てめえの分はどうすんだ!?」
「……えよ」
「ああ!? 聞こえねえぞ!?」
「ねえって言ってんだよ!」
なけなしの金を、妹のために使ったらしい。
「じゃあ、てめえはこっち来い」
乱暴に伸びる手に怯え、姉がぎゅっと目を閉じた。
ただ、怖さに震えながらも、盾のようにじっと動かない。
懸命に妹を守ろうとする姿は、立派としか表しようがなかった。
「かわいがってやるぞ」
この高貴な心を持った少女が、下卑た笑みを浮かべる大男に嬲られるのは、到底看過できない。
「おおっと、足が滑った!」
たたらを踏みながら、男の手を払い除けた。
「いけない。今度は手が滑った!」
返す刀で、男の手から巾着袋を奪い取る。
「こりゃもうダメだ。立ってられないな!」
最後にドン、と体当たりをかました。
「ぐへっ」
大男が弾き飛んだ。
「アニキ!?」
部下にも動揺が走っている。
「ごめんね。ごめんね~」
巾着袋を持ったまま、即座に姉妹を抱えて走り出した。
境界線の位置は知らないが、獣道を行けば問題ない……だろう。
「あっ!? 待てこの野郎!」
後ろでぎゃあぎゃあ叫んでいるようだが、その声がおれに届くことはなかった。
待てと言われて、待つバカはいないのだ。
「いや~、危なかったな」
林を抜けたところで、姉妹を立たせた。
「ありがとうございました」
「へんっ……ありがとよ」
妹はきちんと頭を下げたが、姉はそっぽをむいたままだ。
けど、感謝しているのはわかる。
「気にすんな。転んだだけだからよ」
「あんな転びかたする人はいません」
「ここにいるだろ」
「ふふっ。そうですね」
「野郎! どこ行きやがった?」
林の奥から声がする。
どうやら、優雅にお話しをする時間はなさそうだ。
「村まで行けば安全なのか?」
「はい。あそこは聖法母団が警備していますから」
「なら、さっさと行っちまえ。おれがあいつらの足止めをしといてやるからよ」
「でも……それではお兄さんが危ない目にあってしまいます」
「そうだ。一緒に行こうぜ」
躊躇する姉妹に巾着袋を握らせ、背中を押した。
「村に用事があるんだろ? おれは大丈夫だからよ。っていうか、お前らが一緒のほうが、動きにくいんだよ」
一対多数の現状、どうしたって穴は出来てしまう。
そこを攻められたら、姉妹も無傷では済まないかもしれない。
(それはちょっとな)
ここが異世界だろうと夢の中であろうと、この美しい姉妹たちの顔や体に傷を残すようなことは、あってはならない。
「大丈夫だから、行ってくれよ」
再度背中を押してやると、
「すみません」
「死ぬんじゃねえぞ」
姉妹は村にむかって走りだした。
「みつけたぞ!」
タイミングよく、件のやつらが林から飛び出してきた。
誤字報告ありがとうございます。大変助かっております。