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60話 勇者は美人姉妹と出会う

「ぐへっ」


 地面に叩きつけられた。


「なんだ?」


 ベッドの脚が見えるということは、落ちたのだろう。


「寝相はいいほうなんだけどなぁ」


 初めての経験に首をひねるが、こうしていてもしかたがない。


(戻るか)


 落ちた体を起こしたときに気付いた。

 おれがいるのは、舗装されていない道だ。


「どこだ? ここ」


 神界で寝てたはずなのだが……

 ダメだ。

 頭がボ~ッとしている。


「夢?」


 その可能性はあるが、風になびいて葉がこすれる音や、土の臭いは鮮明だ。

 試しに土を一握りし、パラパラと落としてみた。


「本物だな」


 もし仮にこれが夢だとするなら、異様なリアルさである。


転移(とば)されたのか?」


 寝る間際そんなことを言っていた気もするが……

 ダメだ。

 思い出せない。


 …………


 ここで悩んでいてもしかたがないし、夢であろうと現実であろうと、街道に独りぼっちは寂しすぎる。


「とりあえず、あっちに行ってみるか」


 一本道だから迷うこともないし、戻ってくるのも簡単だ。

 ベッドを木の下にズラし、歩き始めた。


「ふあぁ」


 あくびが漏れた。

 それぐらいヒマだ。

 まっすぐに伸びた道と、両脇に緑があるだけの変わり映えしない景色が続いている。

 この状況で緊張感を維持しろ、というほうがむずかしい。


(歌でも一発歌ってみるか……ダメだな)


 気分転換にはなるだろうが、もしサラフィネに聴かれていたら、死にたくなる。

 他人様に聴かせられないほど音痴ではないが、


「おれの歌を聴け!」


 などと、熱気ムンムンで吠える歌唱力は持ち合わせていない。


 ガタガタガタ


 アホなことを考えていたら、後方から音が聞こえてきた。


 パカパカパカ


 蹄の音もする。


「ヒヒーン」


 このわななきは、完全に馬だ。

 振り返れば、馬車が目前に迫っていた。


「お退きください!」


 御者の忠告はもっともであり、道の真ん中を歩いていたおれが悪い。

 端に寄ると、追い抜きざま、御者が会釈してくれた。

 気持ちのいい行為だ。


「おっ!?」


 遠くに村らしきものが見えた。

 距離的には数百メートル……ではなく、一キロ以上ある。

 馬車もそっちにむかっているようだが、徐々に速度を緩め、停車した。


 ??


 街道のど真ん中である。

 馬を休憩させるのだとしても、ここではない。

 少し先に村があるのだから、無理をしてでもそこまでいったほうが、なにかと都合がいいはずだ。


(故障……もしくは事故かな?)


 異変は見受けられないが、実際に綱を握った者にしかわからないこともある。


(いや、違うな)


 御者台から降りてきた中年男性に、慌てた様子は微塵もなかった。

 遠くて内容は聞こえないが、車中に二、三言話しかけ、ドアを開けた。

 二人の子供が降りてきた。

 たぶん……姉妹だ。

 姉のほうがやや野性味の濃い顔をしているが、妹ともども掛け値なしの美人である。

 顔一個分の身長差があり、並ぶと宝塚の男役と女役のスターを想起させた。


(原石だな)


 大人になったら、さぞモテるだろう。

 まかり間違えば、彼女たちを巡って、血の雨が降るかもしれない。

 それぐらい、秀でたルックスだ。


「あん!? なに見てんだよ!?」


 姉のほうがおれに気づき、メンチを切ってきた。

 外見ほど、性格は可愛くないらしい。


「ダメだよ、兄さん」


 たしなめる妹は常識人だ。

 いや、姉を兄と呼んでいるのだから、普通じゃないか。


「けっ」


 注意された姉が、ペッと唾を吐く。

 その行為は、可愛らしい姿にふさわしくなかった。


(注意しなければいけないな)


 使命感っぽいものを抱いたおれは、姉妹に歩み寄る。


「では、これで失礼します」


 なぜか、馬車が引き返していった。


「あれ!? 帰っちゃうの?」

「当たり前だろ」


 驚くおれが不思議なようだが、姉がポンッと手を打った。


「ああ、そうか。さてはお前……田舎者だな!?」

「兄さん、失礼だよ」

「なに言ってんだ。田舎者は田舎者だろ」


 その通りだが、そこに蔑みがあってはいけない。

 冗談なのだとしても、それを許容できる間柄でなければ、軋轢を生むだけだ。


(これは注意じゃなく、説教だな)

「バカ野郎!」


 言ったのはおれじゃない。

 姉である。


「それ以上、一歩も動くな!」


 ものすごい剣幕でにらんでくる。

 声こそあげていないが、妹も首がちぎれんばかりにうなずいている。


「おれ、なんか悪いことした?」

「まだしてねえ! けど、しそうなんだよ!」


 思い当たる節はない。

 上下左右を確認しても、なにもない。


「いいからこっち来い!」

「お願いします」


 姉に右手を引かれ、妹に左手を引かれた。

 踏ん張って動かないことも可能だが、それをしたところで得られるものはない。

 素直に従い、説明を受けたほうが利口だろう。


「ここでいいな」

「うん。ここまでくれば安心だね」


 姉妹は満足そうだが、離れたのは数歩だけだ。

 これなら、あの場にいるのと変わらない気がする。


「なあ? この移動に意味あんのか?」

「当たり前だ」

「じゃあ、説明してくれよ」

「あなたが立った場所は、境界線のギリギリでした」

「境界線?」


 区境、県境のようなものだろうか。

 ただ、それがあるからなんだというのだろう?

 街道に関所のような物は見当たらないが……


「通行税でも取られるのか?」

「金で済めば御の字だ。最悪、命を取られることだってあるんだぞ」

「マジかよ」

「ああ、マジもマジで大マジだ。あそこから先は、法律なんか意味をなさない、ダライマス盗賊団の縄張りだからな」

「おっかない連中だな。でもよ、それなら注意勧告がなされるべきじゃねえか?」

「んなもん、あいつらに有効なわけねえだろ」


 看板を設置すれば壊されるし、兵を派遣すれば返り討ちにあうらしい。

 冒険者に討伐を依頼した者もいたが、依頼者ともどもこの世から消えてしまったそうだ。


(う~ん。ヤバイな)


 ならず者の枠を越えた無法者だ。


(君子危うきに近寄らず、だな)


 間一髪で止めてくれた姉妹には、感謝しかない。


「助かった。ありがとう」

「へん。べつにお前を助けたわけじゃねえぞ。お前がバカやって巻き込まれるのが、嫌なだけだ」


 ツンデレだ。

 キツイ物言いの割に、背けた顔が少し赤い。


「この。この。テレ屋さんなんだから」

「う、うるせえな! テレてなんかねえやい!」


 ヒジで突くと、姉がうろたえた。

 確定だ。

 姉は間違いなく、ツンデレである。


「このこの」

「ヤメロ! 触んじゃねえ」

「そんなこと言うなよ」


 おれがジャレると、姉が嫌がって逃げる。


(ちょっと楽しくなってきたな)


 幼少期に体験したことはなかったが、これが好きな子をイジめたくなる、という感覚なのかもしれない。


(もうちょっと……)


 などと思っていたが、


「いい加減にしてください! 境界線を踏み超える気ですか?」


 大きくはないが、妹のドスの利いた声に、おれと姉は動きを止めた。

 足元を確認すれば、たしかにおれたちは、そこに近づいている。


(イカンイカン)


 調子に乗って、過ちを犯すところだった。


『ごめんなさい』


 姉もおれと同じ思いだったようで、謝る声が重なった。


「わかればいいんです。ところで、あなたはどこに行かれるのですか?」


 目的地などない。

 というより、ここが異世界なのか夢の中なのかも不明である。


「まあ、十中八九、異世界だろうけどな」


 漏れ出たつぶやきに、姉妹が眉をひそめた。


「ああ、悪い悪い。こっちのことだ。とりあえず、あの村に行こうと思ってる」


 ごまかすように、目の前に見える村を指さした。


「なら、ご一緒しましょう」

「なんでだよ!?」

「ほったらかしにして彼が事件を起こせば、僕たちに被害が及ぶ可能性があるからだよ。なら、一緒に安全な道を行ったほうがいいんじゃないかな」

「それもそうだな。よし、特別に案内してやる」

「ありがとう。助かるよ」


 色々と思うところはあるが、ここは親切にあやかろう。


「ついてきてください」

「あいよ」


 姉妹の後を追って、おれは街道横の林道に足を踏み入れた。


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