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59話 勇者は食事休憩を楽しむ

 竹編みの篭の中に、綺麗にたたまれた衣服が用意されていた。

 白いTシャツとブルージーンズだ。

 デザインはシンプルで、素材を加工し縫い合わせただけ。

 実は巧妙な工夫がされているのかもしれないが、ファッションに疎いおれには感じ取れない。

 ただ、そんなポンコツでも、服の素材が上質であることは理解できた。

 まず肌触りがいい。

 持っただけでこれなのだから、袖を通したらどう感じるのだろう。

 あと、軽い。

 タンポポの綿毛のような柔らかさと重量感は、心許なさを感じるほどだ。


「破けないよな?」


 裾の部分を、軽く引っ張ってみた。

 驚くほど伸びた。

 力を緩めれば……あっという間に元通りだ。


「どれどれ」


 今度はもう少しだけ、強く引っ張ってみた。

 ゴムを思わせるほど、グングン伸びる。

 けど、ゴムではない。

 手を離したとき、ゆっくりと戻るのがその証拠だ。


「スゲェな」


 生地が傷んだ形跡もない。


(よし。着るか)


 貫頭衣を脱ぎ、Tシャツを身につけた。


「いい。最高だ」


 服を着たというより、皮膚が厚みを増したような一体感がある。


「どれ」


 浴室の扉を開け、中に入った。

 暑いし、湿気もある。

 ただ立っているだけでも良さそうだが、おれは浴槽に足だけ浸けた。

 いわゆる足湯だ。

 早くも汗が浮いてきている。

 だが、じっと我慢だ。

 もう少しこのままでいよう。

 …………

 一、二分経過しところで、おれは脱衣所に戻った。


「おおっ!」


 感嘆の声が漏れてしまった。

 シャツの吸水性がすごい。

 それは数多の高性能タオルと同等……いや、それらを優に凌ぐ。

 なにせ、肌に張り付いている感じが、一切しないのだ。

 その吸収と速乾は、もはや魔法の域である。


「天使の技術やべえな」


 地球で売れば、争奪戦は必至だ。


(匂いはどうだ?)


 生乾き臭や、汗臭さがあるかもしれない。


「くぅぅぅぅぅ」


 ダメだ。

 唸ることを止められない。

 汗を吸収したのに、悪臭の類が一切しなかった。

 むしろ、爽やかな香りがする。


(これはもう、アレだな)


 逆に売っちゃいけないモノだ。

 性能が良すぎて、戦争になりかねない。

 それぐらい、すばらしかった。

 まさに神が作った逸品であり、問題は皆無である。

 仮にあるとすれば、防寒性だ。

 そこだけは未知数である。


(知りたいところではあるが、検証はパスだな)


 理由は簡単だ。

 おれが寒いのが嫌いだから。


「勇者よ。食事の準備が整いました。そちらの準備はどうですか?」


 部屋の外から、サラフィネの声がした。


「ああ、いま行く」

「お待ちしています。けど、汗は流してくださいね」

「見てた?」

「見てはいません。しかし、なにをしていたかは予想が出来ます」

「わかった。すぐ行く」


 シャツを脱ぎ、浴室に駆け込んだ。

 上質の物を着て、その品質を堪能したかっただけだ。

 恥ずかしいことはしていない。

 していないのだが、おれは汗を流す口実に水をかぶった。

 秘密のヒーローごっこや、おままごとを見られていたような気分だ。


(冷静に。冷静になろう)


 桶に汲んだ水を、ひたすらかぶる。


「よし。大丈夫だ」


 気持ちは切り替えた。

 汗も流した。


(リセット完了だ)


 浴室から出ると、竹籠の中にタオルと新しいTシャツが用意されていた。

 タオルもすばらしい。

 一度拭いただけで、体に付いた水滴が綺麗に取れた。


(生まれ変わる際には、お土産に数セット欲しいな)


 そんなことを思いながら、おれはTシャツとジーンズを身につけ、部屋を出た。


「サイズはどうですか」

「ちょうどいいよ」

「それは喜ばしいことですね。では、食事にしましょう」


 サラフィネと一緒に、隣の部屋に移動した。


(広いな)


 三、四〇畳はくだらない。

 その中央に、円卓が置かれていた。


「どうぞ」


 グラマラスな天使のお姉さんが、椅子を引いてくれた。

 こういう接待みたいな雰囲気は好きじゃないが、無下にも出来ない。


「ありがとう」


 礼を言いながら、着席した。


「では皆さん、ご苦労様でした。退室していただいて構いません」


 サラフィネの言葉に頭を下げ、天使たちが部屋を後にする。


(うん。こっちのほうがくつろげるな)


 それに、見られながら食事をするというのも気が引ける。

 天使のお姉さんたちは食べられないのだから、なおさらだ。


「わたしもご一緒していいですか?」


 用意されている食事は、一人で食べきることは不可能だ。

 残すくらいなら、二人で食べたほうがいい。


「ぜひ、そうしてくれ」

「ありがとうございます。では、冷めないうちにいただきましょう」

「そうだな。いただこう」


 和洋中の豪華な食事に舌鼓を打つ。

 どれも絶品で、箸が止まらない。

 年齢もあって食が細くなっていたのだが、今日はイケる!

 サラフィネも箸が進んでいるようだ。

 細い体にしてはよく食べる。

 食べかたも綺麗ですばらしい。


(こういうところは、やはり女神だな)


 内心、なにかあるんじゃないかと怯えていたが、杞憂だった。

 別段変わったこともなく、おれたちは食事を楽しんだ。



「ふいぃ~、満腹だ」


 食後のお茶を飲みながら、おれは膨れた腹をさする。

 幸福感が胸を占めるいまが、死んでから一番満たされている。


「んじゃ、寝るわ。ベッドどこ?」

「あの天蓋の奥です」


 壁の白と重なって気づかなかったが、サラフィネの指さす先には、天蓋があった。


「んじゃ、おやすみ」

「はい。いってらっしゃい」


 ????


 受け答えとして、おかしい気がする。


(……ダメだ。頭が働かねえ)


 一旦寝よう。

 考えるのは、起きてからだ。

 重いまぶたが閉じるのを懸命に堪え、おれはベッドに横になった。


「これは置いておきますね」


 なにか固いものが差し込まれた。


「いいですね。大魔王討伐が目的で、魂の回収はおまけです」

「ああ、わかった。その話は……起きてからしよう」


 聞こえてきた声を適当にあしらい、おれは眠りに落ちていく。


「では……闘を……祈…………ます」


 サラフィネがなにか言っているのはわかったが、よく聞こえなかった。


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