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6話 勇者は自分の性能を知る

 心が荒んでいたおれは、襲い来る魔物を片っ端から屠った。

 スライム、コウモリ、ヘビなどがいたが、目立ったのは角の生えたウサギだけ。

 やつらは個体数が多く、倒しても倒しても突撃してくる。

 最初こそ八つ当たりでボコボコにしていたが、あまりの実力差に冷静になり、いまでは倒すのをためらってしまうほどだ。


(無益な殺生はもうダメだよな)


 最終的には反省までしている。


「ピギャー!」


 おれはもう戦いたくないのだが、学習能力のないウサギたちは絶滅するまで襲いくる勢いだ。

 それを止めたのが、こちらも額に角を生やした狼だった。


「グゥワン! グゥワン!」


 ウサギたちを追い払うように、声高に吠えた。

 格付けは終わっているようだ。

 ウサギたちは抵抗することなく、森の奥に消えていった。

 ゴクッとツバを呑んだ。

 狼の放つ殺気に、気押される。

 が、なんの問題もなかった。

 ウサギ同様、相手にならない。

 角から放たれた電撃をくらったが、


「あああああああ」


 低周波が流れるような心地よさしか感じない。

 コリがほぐれ軽くなった身体で、あっという間に十頭近く退治すると、


「キャインキャイン」


 狼たちは一斉に逃げ出した。

 追って殲滅しても良いが、無益な殺生はするべきじゃない。

 深追いして親玉が現れるパターンも考えられる。


(まあ、そうなったら対処すればいいだけなんだけどな)


 そんな風に楽観視できるぐらいには気づいていた。

 自分が強いということに。

 この異世界においては不明だが、森の中なら上中下の上の部類だと思う。

 いくつか根拠はあるのだが、最大の要因が剣と防具だ。

 まず初めに、サラフィネに貰った剣はすごい切れ味だった。

 修練の間でもすごかったが、異世界でもその切れ味は変わらない。

 むしろ一刀振るごとに手に馴染む感覚があり、切れ味を増している気さえする。

 おかげで、森に生息しているモンスターはすべて一刀両断できた。

 剣術の素人でこれなのだから、武器の性能は疑いようがない。

 加えて、この剣は空気も切れる。


「風波斬」


 最初こそ冗談半分だったが、剣を振るった波動が風の斬撃となり、遠くの大木を切断した。

 これには驚きを通り越し、軽くひざが震えた。

 おれ自身、一番切れる刃物は日本刀であると信じてきたが、サラフィネがくれた両刃剣は、文字通り神が作った業物だった。

 斬れすぎて、使うな危険、とすら思う。

 しかし、これがあれば大抵の難所は超えられる。


「感謝だな」


 空に向かって頭を下げた。

 剣に文句がつけられないように、防具もすばらしい。

 胸当て、手甲、足甲だけでは剥き出しの部分が多いと不満だったが、目に見えないだけで、きちんと全身が守られている。

 イメージとしては、ものすごく薄い透明の膜が全身を覆っている、と考えてもらえば解りやすい。

 なぜそれがわかったのか。

 それは、おれの油断が原因だ。

 森のモンスター相手に無双状態であるのをいいことに、


「せりゃ!」

「とりゃ!」


 などと格好をつけながら、おれは無駄に派手なアクションを決めていた。

 たとえば、迫りくる二頭の魔物に対し、袈裟に薙いだ剣を手首を返す要領で斬り上げればいいのに、バトンを回すように剣を回転させて斬ろうとしたのだ。

 決まれば様になっただろう。

 けど、失敗したおれは、剣を落とした。


「ガルルルルルル」


 丸腰になった瞬間、魔物たちは逆襲に出た。


『ガウ! アウ! アウ!』


 その場にいた全頭が鋭い牙で噛みついてくる。


「アダダダダダ」


 リアクションが口をついて出たが、冷静になれば痛くもなんともない。

 むしろ、噛みついた魔物のほうが痛そうだ。

 中には牙が折れてしまった個体もいた。


「キュ~~」


 情けない鳴き声をあげる個体は、牙と一緒に心も折れたようだ。

 逆立っていた尾っぽも垂れ下がり、意気消沈している。

 剣を拾う間も噛みつかれ続けたが、ちっとも痛くなかった。

 防具があろうとなかろうと関係ない。

 ケツを噛まれたときに、そう確信した。

 防具の性能が高いのは間違いない。


(なら、どこまで耐えうるのかも知りたいな)


 いまのように油断して致命傷を受けたのでは話にならない。


「グウアアアア」


 ちょうどよいところに、大型の熊タイプのモンスターが現れた。


「こいよ」


 チョイチョイと手招きした。

 言葉は通じないが、おちょくられているのは理解できたようだ。


「グウアアアア」


 吠えながら突進してくる。

 ドンッ、と相撲のぶつかり稽古のように胸を突き合わせた。

 衝撃はすさまじいが、痛みは感じない。


「グウウウウ」


 唸りながら押されても、微動だにしなった。

 爪や牙を立てようとしても、皮膚に届かない。


(う~ん。すげえな)


 あまりの性能に感心してしまう。

 限界値など量りようがない。

 少なくとも、この森にダメージを通せる敵はいないと思う。


「ガルルルルルル」

「シャアアアアア」

「グウアアアアア」


 森の奥からおびただしい数のモンスターの大群が現れ、総攻撃をかけてきた。

 まさに乾坤一擲だ。


「ちょちょちょちょちょ」


 同士討ちも辞さないその姿勢に、おれは慌てた。

 もみくちゃにされる。

 ダメージはないが、折り重なった獣たちの体温で熱くなる。

 サル団子というよりは、熱殺蜂球に近い。


(このままじゃヤバイ)


 焦る。


(どうする? どうする?)


 ダメだ。


(パニック!)


 心情はその一言に尽きる。


「だあああああああああ!!」


 苦し紛れに両手両足を振るった。

 すると、上に乗っかっていたモンスターを簡単に払うことが出来た。


『おおっ!?』


 言葉を発したわけではないだろうが、おれとモンスターの声が重なった。


「マジか」


 立ち上がりながらモンスターを見ると、彼らは一目散に森に逃げて行く。


「なんとかなったな」


 安心したら、冷静になった。

 周囲には骨の突き出たウサギや熊の死体が転がっている。

 確信はないが、こいつらの骨を砕いたのは、この防具だ。

 全力で突進したり殴ろうとしたが、防具の硬さに負け己の骨を粉砕したのだと思う。

 おれはそこにいただけだ。


「これはアレだな」


 防具というよりは武器だ。

 それほど強固な作りをしている。

 なのに、軽い。

 感覚的には、ベストと手袋と靴下を身に着けている感じだ。

 間違いなく、装備は一級品。


「ありがたい」


 第一印象は最悪だったが、おれが出会った女神は、やはり神様で間違いなかった。


「おっ」


 ブルッと体が震えた。


(トイレだな)


 探さなくても理解している。

 この森にそんなものはない。


(木陰で用を足すしかないか)


 こんなときは男でよかったと思う。

 隠れられそうな木の根元に移動し、ベルトを外した。


「…………剣も外したほうがいいよな」


 万が一にもかけたくない。


「うん。そうだな」


 剣を収めた鞘を外した瞬間、防具が消失した。


 !!!!


 あまりのことに漏らしそうになってしまった。

 ギリギリ耐えたが、決壊は近い。

 おれは慌ててイチモツを外に出す。


「ああっ!?」


 焦りもあり、少しだけズボンを濡らしてしまった。

 反射的に左右を確認する。


(よし。だれもいないな)


 このことは内緒だ。

 墓場まで持っていこう。

 平静を装って鞘を付け直すと、防具も再び装着された。

 一安心だ。

 ほっと胸をなでおろし、おれはその場を後にした。

 そこから歩くこと二、三時間。

 おれは自分の身体の変化にも気づいていた。

 まったく疲れない。

 正直、中年になり体力も筋力も衰えた身では、長時間ただ歩くだけでもしんどい。

 自転車、電車、車といった便利な移動手段を有した現代日本人なら、なおさらである。

 途中途中で魔物や動物と戦闘していることも考慮すれば、スタミナが尽きていてもなんら不思議はないし、若返ったとしてもしんどいはずだ。

 けど、辛くない。

 むしろ、元気満々だ。


「これはアレか!? 身体強化……ってやつだよな」


 女神による反則行為(チート)である可能性が高い。

 というより、それしか考えられない。

 確認のために跳べば数メートルは楽勝だったし、本気なら雲の高さまでいけた。

 駆ければ動物はおろか、スポーツカーくらいの速度も出せる。

 はっきり言って、この身体は人間のモノじゃない。

 それを強く認識して行動しないと、大変なことになってしまう。

 殴る蹴るはその筆頭だ。

 一度思いっきり拳を振り抜いた結果、それを受けた魔物が粉砕した。

 正直、焦るよりも謝罪の気持ちが勝った。


「スプラッタはもう御免だ」


 強く自分に言い聞かせる。


「自分の手足だが、これは凶器だ。破壊兵器だ。可能なかぎり、行使してはいけない」


 そうしっかりと念押しする。

 ただ、加減を知れば扱いやすい。

 自分の体ということもあるのだろうが、フィットするまでにそこまでの時間はかからなかった。

 そういう意味では、魔物と戦いながら移動できたのは良かったのかもしれない。

 もし仮に街の中からスタートしていたら、いまごろは大量虐殺犯になっていた。

 シャレでもなんでもなく、勇者から殺人犯に強制ジョブチェンジを強いられていたことは確実だ。

 不愉快なこともあったが、そんな転職をせずに済んだのだから、悪いことばかりじゃなかった。

 そう思えるのも、ようやく街を視界に収めることができたからだ。


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