58話 勇者は三号と合体する
「忘れていないとは思いますが、あなたが異世界に赴く理由はなんですか?」
「砕けた自分の魂を回収するためです」
「正解ですが、大魔王討伐が抜けているので、減点です」
サラフィネが鞭で教壇を叩いた。
「ぎゃあああああああ!」
座面に電気が流れ、跳びはねた。
これはダメなやつだ。
ケツに剣山が突き刺さったぐらい痛い。
床に横たわったおれは、恐る恐る尻に触れ、その手のひらを見た。
(よかったぁ~)
手は肌色であり、血に染まってはいなかった。
「座りなさい」
サラフィネの無慈悲な要求に、おれはかぶりを振った。
「無理です。汚れた肛門は拭えますが、あの恐怖は拭えません」
まあまあの答えだと思う。
落語家たちが小粋な大喜利をする番組なら、座布団を一枚くれるはずだ。
「では、このまま話を勧めましょう」
くれないらしい。
けど、ありがたかった。
正直、あの椅子には二度と座れない。
「あなたが異世界に赴くのは、大魔王討伐が目的です。魂の回収はおまけです」
まだケツが痛く、思考が上手く働かない。
けど、契約に関してだけは、なあなあにすることは許されない。
「女神よ。何度も言うが、最初と話が違うぞ。魂の回収がメインで、大魔王討伐がおまけだったはずだ」
「意外と細かいのですね。卵が先でも、鶏が先でもいいでしょう」
「よくない! 契約したからには順守する。それによって、優先順位が変わることだってありえるんだ! 一番は魂の回収。そう決めておけば、大魔王討伐が叶わないのだとしても、そこに固執することはない。最悪、魂のカケラだけ回収して、逃げるのも一手だ。しかし、大魔王討伐が一番の目的であるなら、それは許されないんだよ! 契約の本質がそこなんだから、逃げるわけにはいかないんだ!」
「なるほど。勇者のお気持ちはよぉ~くわかりました。ならばこそ、大魔王討伐を掲げるべきです……皆まで言わずとも大丈夫です。ええ、今から説明しましょう」
口を挟もうとするが、サラフィネはそれを許さなかった。
立て板に水がごとく、話し続けるようだ。
「まずは先の異世界のことを思い出してください。勇者は大魔王を討伐しましたが、それは単身では成し得なかった事柄です。それが可能だったのは、甲冑騎士や勇者を名乗るベイル等の助力があったからです。そして、竜滅槍という強力な武器を手に入れたのも、僥倖でした」
その通りだ。
おれが大魔王討伐を果たしたのは、偶然以外のなにものでもない。
「ですが、本来ならあの程度の敵は問題にもなりません。あなたが苦戦した理由は簡単で、三号と合体しなかったからです」
理屈としては三号と一つになり、もう一段階パワーアップしなさい、ということなのだろう。
しかし……
「あの時点でそれは無理だろ」
と、おれは思う。
「大体、魂の融合にはサラフィネの許可がいるはずだろ? 前に唱えてたじゃないか。リザレクションって」
「覚えていましたか。確かにあれは必要です。ですが、かりそめの融合であるなら、問題はありません。双方の合意があれば行えます。そして、本質的な融合は、帰還時に行えばよいのです」
突然、サラフィネが掌を合わせ祈り始めた。
「汝らの魂が一つになることを、女神サラフィネが許可する」
おれの足元に魔方陣が生まれた。
「リザレクション」
「いや、待て待て。融合する魂がないだろ」
「ご安心を。異世界より先に戻った三号はあなたと融合することを望み、すでにその身に宿っています。鞭で叩き、椅子に電気を流したのは、そのためです」
「ほかのやりかたがあったろ!」
「問題ありません。融合は成功です。ぷぷっ、ダジャレみたいですね」
「やかましい!」
吠えてはみたが、サラフィネの正当性は疑いようがなかった。
魔方陣が消えた瞬間、鼓動の強さが一段増したのがわかったからだ。
これは二号と合体したときにも覚えた感覚であり、記憶の中にあるものだった。
「その力があれば、あの程度の竜神は苦も無く討伐できたでしょう。勇者ベイルの力を借りる必要など、皆無だったのです」
たしかに、内から沸き上がる力を感じる。
いまなら、あの硬かった鱗も、容易に砕ける気がしないでもない。
けど、違和感のある言葉だ。
なぜ、ここでベイルに言及したのだろうか。
「なあ……」
「大魔王討伐のために力を蓄える。その術が魂の融合であるのですから、矛盾はありません」
おれの言葉を遮るように、サラフィネが微笑みながらそう言った。
笑ってはいるが、どう見ても作り笑顔だ。
違和感を指摘したいところだが、
「あっ、ああ。そうだな」
えも言わせぬ迫力に気圧され、おれはうなずくことしかできなかった。
「とはいえ、問題があるのも事実です。その筆頭が、パワーアップした勇者が使うに耐えうる武器の調達です」
「そうそれ! 貰った剣が折れちまったんだ。代わりのくれよ」
剣を抜いて見せようとしたが、脱衣所に置いてきてしまった。
「わりぃ。ちょっと取ってくる」
「お忘れ物です」
絶妙なタイミングで、天使のお姉さんが届けてくれた。
「ありがとう」
「いえ、お気になさらないでください」
これで交渉の道具は揃った。
「コレ返すから、代わりのちょうだい」
「話を聞いてましたか? わたしは武器の調達が問題だ、と言いましたよね?」
こめかみを押さえるサラフィネからは、呆れるような空気がにじみ出ている。
「理解はしてるよ。けど、代替品はいるだろ? それをくれ、って言ってるんだよ」
転ばぬ先の杖だ。
「ありません。というより、あなたに渡した以上の物となれば、量産品の域を超えた名刀と評される物になってしまいます」
「つまりはあるんだろ? それをくれよ」
「インターネットの閲覧にしか使用しないのに、高スペックのパソコンは必要ですか?」
宝の持ち腐れと言いたいらしい。
理解はできる。
けど、それとこれとは話がべつだ。
「パソコンがなければ、ネットを閲覧することすらできねえだろ。つまりおれが言いたいのは、低スペックでもいいから、パソコンを貸してくれ、ってことだよ」
「理解しています。ですから、少し話を聞いてください。武器の調達が問題だ、とは言いましたが、ある程度解決の目処はついています。お忘れかもしれませんが、異世界であなたに協力してくれた、竜滅槍です」
忘れるわけがない。
ただ、異世界から戻ってきた際に消えていたから、あの世界に残ったものだと思っていた。
「竜滅槍からの申し出で、自分を勇者の武器にしてほしいそうです」
「ありがたい。ぜひ使わせてくれ」
「そうおっしゃるだろうと予想しましたので、竜滅槍には職人のもとに向かってもらいました」
「どういうことだよ?」
「竜滅槍は特定の勇者のために作られた業物であり、あなたの特性を生かすものではありません。ですから、再調整が必要なのです。竜滅槍はそれを受け入れ、神界でも指折りの職人の手によって、あなた専用の武器へと生まれ変わっている最中です」
懐かれた、という印象は受けたが、そこまで献身してくれるとは……
本当に感謝だ。
「ですから、武器に関しては、直に完成するでしょう」
「ありがたい。なら、それまで休ませてもらおう」
「駄目です。あなた自身のスペック不足は否めません」
休暇申請は即却下された。
が、諦めてはいけない。
「いや、三号とも合体して、パワーアップしたろ」
「肉体的な話ではありません。技術的な問題です」
(これはダメだ。逃げられん)
なにせ、それはおれ自身が感じていたことでもある。
「あなたの行動はすべてが力任せです。いままではそれでなんとかなってきましたが、いずれ行き詰まるでしょう」
その通りだ。
現に、前の異世界では詰みかけた。
「それを防ぐためにも、あなた自身のスキルアップが急務なのです」
嫌な予感がする。
このままでは、確実によくないことが起こる。
「異論はない。けど、そこまで急ぐ必要はないんじゃないか? 竜滅槍もカスタマイズの途中だぞ?」
「ご安心ください。何度も言いますが、磨かなければいけないのは、あなた自身です。竜滅槍を始めとする、武器に頼ってはいけないのです」
ド正論だ。
(これはアレだな。おれの意思に関係なく、物事が突き進んでいくパターンだな)
「あなたを魔法の世界へと送り込みます」
正解だった。
「勇者にはそこで魔法を体得してもらいます。現地の案内人も手配済みですので、なんの心配もいりません。では、いいですね」
「いいわけあるか!」
吠えながら、異世界転移の魔方陣から飛び退いた。
「毎度毎度そう都合よくいくと思うなよ。おれは休暇を要求する。それが通らないのであれば、異世界でのボイコットを強行する」
使いたくはなかったが、伝家の宝刀を抜いた。
サラフィネの言葉を信じるなら、サラフィネ自身は異世界に干渉できない。
なら、転移したおれが職務放棄をした場合、困るのはサラフィネだ。
「休暇ですか。具体的には、なにが望みですか?」
やはりだ。
態度があきらかに軟化した。
「まずは食事だ。そして睡眠。これだけは譲れない」
「いいでしょう。要求を呑みます。浴室の向かいに休憩所がありますので、そこに食事とベッドを用意します」
驚くほどあっさりと、要求が通った。
もしかしたら、異世界でのボイコットは、想像以上に強いカードなのかもしれない。
「準備に少し時間が必要ですので、脱衣所に用意した服に着替えてきてください」
「ドレスコードでもあるのか?」
「ありません。間をあけるのは、給仕してくださる者たちを焦らせないためです」
素晴らしい気遣いだ。
その一片でいいから、おれにもしてほしい。
(……まあ、無理だよな)
ただ、ここで文句を言うのは無粋だ。
ここは素直に、言われた通りにしよう。
「んじゃ、着替えてくるわ」
「ええ、それでは後ほど」
サラフィネに見送られ、おれは奥の通路に進んだ。
脱衣所にむかう途中、ベッドを運ぶ天使とすれ違った。
しきりに会釈された。
間違いない。
おれが休憩室で待機していたら、より天使たちを急かす結果になってしまう。
(怒られるのかな?)
サラフィネはそんな怖い上司には思えないが、鞭や電気椅子のことを鑑みれば、ありえないことではない。
「おっと」
奥からワゴンを推してくる天使の姿が見えたので、おれは足早に脱衣所に入った。
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