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57話 勇者は断固として異世界転移を拒みたい

「質問!」


 おれは勢いよく手を挙げた。


「発言を許します」

「いまから始まるのはオマージュやパロディーといった趣旨のものですか?」

「いい質問ですね。率直に言いましょう。違います」

「違うんかい!?」

「ええ。違います。なぜなら、わたしはご指摘のものを、それほど詳しく存じ上げていません」


 大げさに椅子からコケたが、サラフィネのリアクションが薄かったので、スッと着席した。


「前フリとしては最低だと思います」


 そして、なにごともなかったように話を戻した。


「引きとしてはまあまあでしたので、問題ありません」

「誇大広告と批難された場合、反論できません。いますぐ訂正と謝罪を要求します」


 授業というより、記者会見のようになってきた。


「なるほど。あなたはそうやってマウントを取るのですね。いいでしょう。ここは素直に謝罪しましょう。申し訳ありませんでした」


 サラフィネは腰を折り、深く頭を下げた。

 その所作はマナー講座のお手本のようであり、こうすれば謝っているように見える、といった意識が透けて見える。


(注意してやらなければいけないだろうな)


 謝罪は誠心誠意しなければ、意味がない。


「サラフィネよ。地球には、「心が変われば態度が変わる。態度が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。運命が変われば人生が変わる」と言った有名な野球人がいたんだ」

「存じ上げております。プレイヤーとして戦後初の三冠王を獲得し、監督として南海、ヤクルト、阪神、楽天などを率いた名将、野村(のむら)克也(かつや)氏のお言葉ですね」

「う、うん。そうだね」


 知ってんのかい! というツッコミを飲み込み、うなずくことしかできなかった。


「あれは確か、ヒンズー教の教えから引用したものでしたね」

(ヤベェ。おれより詳しい)


 こちとら、元ネタは知らない。


「おや? その顔はひょっとして、ご存じありませんでしたか?」


 図星である。

 あまりのことに、心臓がズキンッ! と飛び跳ねた。


「いいいいや、し、知ってたよ」


 ダメだ。

 これほどろれつが回っていなければ、認めたも同然である。


「疑ってはいません。勇者は知識と良識を併せ持った賢人ですからね」

(バカ野郎。賢人はこんな解り易いウソはつかないし、間違いはすぐに認めるに決まってんだろ!)


 それを出来ないおれが、賢人であるわけがない。

 断じて違う。


「ではお訊きしますが、勇者はなぜその名言をわたしに告げたのですか?」


 謝罪は誠心誠意しなければいけない。

 おれはそう理解していた。

 なのに、いまの自分はどうだろう。

 体裁を取り繕うだけで、謝罪する気持ちを持ち合わせていないではないか。

 心が変われば態度が変わる。

 態度が変われば行動が変わる。

 まさにその通りだ。

 理解できたから、今度は間違えないようにしよう。


「ごめんなさい」


 おれは椅子から飛び降り、土下座した。


「謝罪の理由を伺ってもよろしいですか」

「ほんと、勘弁してください。お願いします」

「非を認めるのは立派なことです。しかし、あなたは自己完結が多すぎます。なぜ、もっと周りとコミュニケーションを図らないのですか? それが原因で、先の異世界でも失敗をしましたよね?」


 ぐうの音もでない。


(これはアレだな)


 いま分かった。

 ハメたつもりが、見事にハメられていたのだ。


「それが駄目とは言いません。現にあなたは、地球でも立派な収入と、社会的信頼を勝ち得ていました。あまつ地球とは環境の異なる二つの異世界においても、見事に大魔王の討伐を果たしました。これは称賛こそされ、批難されるものではありません」


 サラフィネの穏やかな声音が降り注ぐ。

 これは思っていた角度と違う。

 おれはガンガンに糾弾されると思っていた。


「ですが、それを行った方法がいただけないのです。特に、先の異世界での行動は、大いに反省すべきです」


 サラフィネの言葉には重みがあった。

 何度も言われていることだが、それほど噛んで含んで伝えたいことなのだろう。


「はい。申し訳ありませんでした」


 おれはおでこが床に着くほど、頭を下げた。


「やはりあなたは聡明ですね。自分の不手際を認め、謝罪できるのは優れた証拠です」


 サラフィネの声が少し弾んでいるように感じたので、おれも少しだけ顔を上げた。

 優しい笑みを浮かべていた。

 さっきとは違う意味で、心臓が少し撥ねた。


「勇者よ。視感をやめなさい!」


 目が合った瞬間、サラフィネの目じりがキッと持ち上がり、鞭が振るわれた。


「イデェ!」


 無実の罪で、またもやおれはシバかれた。


「まったく、油断も隙もありませんね」

「いや、いつどこでだれが視感したよ!?」


 おれには一切の覚えがない。


「視線に邪なものを感じました。わたしは女神ですからね。そういうものには敏感なのです」


 言い切りやがった。

 胸を張る姿からは、絶対の自信がうかがえる。


「なら、女神の力も大した事ねえな。おれはお前をそういう対象で見たことがねえよ」

「無意識ですか。それが一番危険なのです。わかりました。では、三つ目の異世界に赴いてもらいましょう」

「待て! 毎度のことながら、話が噛み合ってねえぞ」


 手で制止するおれに関係なく、サラフィネは話を続ける。


「勇者よ。先の異世界で、力の増幅を実感したでしょう?」


 うなずいた。

 ネイ、マールたちと戦っているときに、そういうことがあった。


「あれは、あなたと二号の精神と肉体が完全に一致したことで起きた現象です。二つのものが一つになり、本来の力を取り戻したのです」

(なるほど。穏やかな心を持ったおれが、激しい怒りを覚えたことによって、パワーアップしたんじゃなかったのか)


 理由がわかったのはいいが、ちょっと残念でもあった。


「だが、それと異世界転移は繋がらんぞ」

「いいえ、繋がります」


 反論を許す気はなさそうだ。

 このまま放置すれば、強制的に飛ばされてしまう。


(それはダメだ。絶対にいただけない)


 是が非でも論破し、休暇をもぎ取らなければならない。


「理由を聞かせてもらおうか」


 戦う覚悟を決め、おれは着席した。


「よろしい。では、今度こそ授業と行きましょう」


 サラフィネも教壇に戻るのだった。


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