54話 勇者は二度目の旅を終える
森は惨憺たる姿に変わっていた。
大地は窪んでいるし、樹は折れたり曲がったりしている。
結果、恐ろしく見晴らしがよくなってしまった。
しかもそのど真ん中に、竜の死骸がある。
「どうすんだよ!? これ……」
小山のようになったそれは、動かしたりするのも容易ではない。
けど、このままというわけにもいかないだろう。
「でもその前に……」
おれは空に目をむけた。
無言でこちらをにらむロナウドと目が合う。
「まだやるか?」
「貴様が望むなら、相手になってやる」
地上に降りてきたロナウドの肩や腹には、竜の爪痕が刻まれている。
出血も多いが、闘志が衰えた様子は微塵も感じなかった。
やるとなれば、トコトンやるだろう。
「んじゃ、終わりだな」
おれはパンと手を打ち合わせた。
ロナウドやベイルが眉を寄せる。
一丁締めのつもりだったのだが、通じなかったようだ。
「いいだろう。だが、質問には答えてもらうぞ。貴様は何者だ?」
喉元に剣先を突きつけられた。
もしかしたら、さっきの行為が心証を悪くしたのかもしれない。
「なんの目的があり、我らに与した」
????
意味がわからない。
おれがモンスターサイドに与したことは、一度としてないはずだ。
蘇ったから覚えてないのかもしれないが、ロナウドを含めかなりの数のモンスターを殺傷したのが、その証拠である。
(味方なら、あんなことはしねえよな)
唯一思い当たることがあるとしたら、竜を倒したことだ。
共通の敵を前にスクラムを組んだのは間違いないが……
「あれは一時休戦といった感じだろ? 竜を倒すためにしかたなくというかさ。だから、与したっていうのは違くないか」
「誤魔化す気か?」
「そんなつもりはねえよ。ただ単に、お前が訊きたいことの本質が理解できてないだけだよ」
「竜を殺した理由はなんだ? 貴様がそれを行うことに、なんのメリットがある」
「強いて言うなら、人助けかな」
甲冑騎士を救いたかった。
そこにワァーンたちも含まれはするが、おまけ感が強い。
「そこに、我らも含まれていたというわけか」
(いや、魔物は対象外です)
とは言わなかった。
「堕ちたつもりでいたが……そうではなかったか」
辛うじて聞き取れるくらいであったが、ロナウドがそうつぶやいたから。
意味はわからないが、追及してはいけない雰囲気だ。
世の中には、知らなくていいこともたくさんある。
「ふふふっ」
小さく笑うロナウドの表情からは、敵意が消えている。
ついさっきまであったトゲトゲしさもない。
「はアァ~ッはッはッはッ」
こらえきれなくなったのか、ついには大声で笑いだした。
腹を抱え大口を開けるその姿は、魔物というより人に近い。
まるで、大柄でひげをたくわえた強面のおじさんだ。
「んんん!?」
おれは目をこすった。
「ウソだろ!?」
ロナウドの前に、透き通ったおっさんがいる。
それによくよく見れば、ロナウドの身体が縮んでいた。
一時は数十メートルぐらいあったはずのものが、半分以下だ。
いまも縮小は続いており、ついには透き通ったおっさんと重なるぐらいのサイズになった。
(マジかよ)
ロナウドが薄くなり、おっさんが濃くなっていく。
まるで、入れ替わっているようだ。
「貴殿の行為に心から感謝する」
ロナウドの影が消え、残った強面のおっさんが深く頭を下げた。
「ど、どういたしまして」
パニックではあるが、おれも頭を下げた。
「では、さらばだ」
「えっ!?」
おっさんの色素が薄くなっていく。
「説明を」
してください、と言い終える前に、おっさんは消えてしまった。
…………
あまりのことに、言葉が出ない。
「勇者様!」
しばし放心していたが、その一声で我に戻った。
振り返れば、ワァーンが飛び跳ねながら走り寄ってくる。
「やりましたね! 勇者様!」
興奮しているのか、動作が大きい。
「ああ、まあ、なんとかね」
その興奮が、かえっておれを落ち着かせた。
「信じていました! 勇者様に不可能はありません!」
キラキラした瞳で言われるが、頷きにくい。
なぜなら……突き詰めれば不可能だらけだったから。
いまだって、なんの説明もできない。
「とりあえず、落ち着こうか……」
「あっ、すみません」
おれとのテンションの差に、ワァーンが恐縮してしまった。
そんなつもりはなかったが、なんとも微妙な空気になりつつある。
「ゴホンッ。あ~っ、みんなは無事かな?」
わざとらしい咳ばらいをし、おれはワァーンに話しかけた。
「大丈夫だと思います。あの場にいたのはごく少数ですから」
「そうか。それはよかった……あれっ!? 甲冑騎士は?」
姿が見えない。
まだ村に残っているのだろうか。
「ああ。そういえば、これを預かりました」
ワァーンが二つ折りにされた紙を手渡してきた。
『今回の主役はお前に譲る
清宮成生』
と書かれていた。
「あれ!? これって」
おれが落とした二号からの手紙だ。
文面から考えても、間違いない。
(なんでこれを甲冑騎士が持ってるんだ?)
色々解らないことが多い。
「勇者様!?」
ワァーンが驚き、目と口を大きく開いている。
その視線はおれにむけられていて……
「マジかよ……」
体が透けている。
「ごめん。後始末を含め、ベイルを頼ってくれ」
「ゆゆゆゆゆ勇者様!?」
狼狽するワァーン。
気の毒ではあるが、こればかりはどうしようもない。
これ以上、おれに出来ることはないのだ。
もしあるとするならば……
「まだなにも達成してませんけど!?」
そう言い残すことだけ。
こうして、おれの二度目の異世界の旅は終わった。