53話 勇者は竜を討つ
「グゥルゥァァァァアアアアアアアアアアアアアアア」
翼を劈かれ、竜が絶叫した。
「もういっちょ!」
反転しながら、竜滅槍を振るう。
たしかな手応えとともに、竜の片翼を削ぎ落すことに成功した。
「ググゥゥルルゥゥァァァァアアアアアアアアアア」
一気に重心が傾く。
片翼では、飛行を維持できないようだ。
残った翼を早く大きく動かしたところで、落下する事実は変わらない。
「往生際が悪いんだよ」
あがく竜の背中を叩き、打ち落とした。
「グゥルゥウウウウウウウウウ」
地面に体を打ち付け、竜が苦悶の声をもらす。
「よっと」
地上に降り立ち、おれたちは対峙した。
負傷の度合いでは相手が上だが、これで五分だ。
竜滅槍がなければ、おれの不利は変わらない。
「グゥルゥウウウウ」
体を起こした竜が、おれをにらみつけた。
目が血走っているうえに、大分吊り上がっている。
ブチギレているのは確実だ。
我を忘れて暴れ狂うなら隙もつきやすいが、そこまでバカではないらしい。
竜は、おれたちをジッと見据えている。
己にダメージを与えた初めての戦士であるおれと、その相棒である竜滅槍を。
ギリギリギリ
強烈な歯ぎしりの音がする。
我慢の限界は近そうだ。
「グゥルゥァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
咆哮が全身を撃つ。
腹の底から放たれたそれには怒りが乗り、周りの大木をへし折るほどの衝撃波と化していた。
心臓を掴まれるような圧迫感を覚えるが、取り乱すこともなく、至極冷静だった。
「竜滅槍と一緒なら、お前に負ける道理がねえ!」
おれの思いに応えるように、竜滅槍が紅く光る。
「グゥルゥァァァァアアアアアアアアアアアアア」
逆上した竜が爪を振り落とす。
何度も何度も狂ったように爪を振るう姿からは、破壊と蹂躙の意思が鮮明に溢れている。
周囲にあるすべてのモノを、無に帰さねば収まらない、という感じだ。
「思い通りになると思うなよ」
もっとも消し去りたいおれに対して振り下ろされた爪を、竜滅槍で弾いた。
パキィン!
破砕音が響き渡る。
前に折れたのは……おれの剣だった。
けど、いま折れたのは、竜の爪である。
一本、二本、三本と、竜滅槍とぶつかるたびに折れていく。
「グゥルゥァァァアアアアアアア」
怒り狂った竜は、爪を振り下ろすことを止めない。
が、バカではないようだ。
そのすべてが無くなる直前、竜が大口を開けた。
「グゥルゥァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
口内に光の粒子が集まっている。
光線が放たれれば、森が消える。
それだけならまだいいが、射線上には、村や人が存在する可能性が非常に高い。
「させねえよ!」
かち上げるように、竜のアゴを下から打ち上げた。
首が伸び、光線は真上に放たれる。
首は万物の弱点だ。
そこが無防備に晒されているのだから、攻撃しない手はない。
「トドメだ!」
竜滅槍で突いた瞬間、おれは勝ちを確信した。
ガンッ!
「えっ!?」
鱗に一撃を阻まれ、おれは間抜けな声をあげてしまった。
「ウソだろ!?」
二度三度突いても、ダメだった。
竜の鱗が想像以上に硬い。
力が足りないのか技術がないのかは計り知れないが、竜の鱗をかち割れないのだけは確定した。
「なんでだよ? 翼は斬れたよな!?」
疑問を解消すべく、そこに目をむける。
(なるほどな)
翼にも鱗はあるが、体との接着面には鱗半枚分ぐらいの空きがある。
たまたまだが、おれの一撃はそこに命中したらしい。
いや、竜滅槍が補正してくれたのだろう。
(まあ、どちらにせよ……)
鱗がないところを攻撃しなければ、ダメだ。
視線を走らせた。
けど、体中鱗に覆われていて隙間がない。
「マジかよ!?」
これでは、竜本体にダメージを与えられない。
「どけ! もう一発いくぞ!」
ベイルが手で作った銃をむけている。
おれは慌てて射線上から退避した。
「レーザーショット!!」
指先から撃ち出された光の弾丸が、竜の脇腹に突き刺さった。
「グゥルゥウウウウウウウウウ」
苦し気な声とともに鱗がへこみ、放射状にヒビが入る。
「もう無理だ!」
大の字に倒れるベイル。
「さすが勇者。頼りになる」
「うるせえ! いいからやっちまえ!」
とどめは譲ってくれるらしい。
「お言葉に甘えます!」
竜の側面に回り、おれは竜滅槍を腰だめに構えた。
「今度こそ、終わりにしてやるよ!」
おれと竜滅槍の全部をかけて、突進した。
ガンッ!
ヒビ割れた鱗が、一撃を受け止める。
しかし……おれと竜滅槍は止まらない。
必死に踏み込み、そこを突破しようと試みる。
「まだまだ!」
ヒビが深く大きく広がっていく。
「このまま押し込むぞ! 竜滅槍!」
呼応し、竜滅槍が紅く光る。
いままでで一番の輝きだ。
「うおおおおおおおおおおおおおお」
おれたちの気合いが鱗の強度を越え、ついに鱗が割れた。
「りゃあああああああああ!!!」
剥き出しになった皮膚に、おれは竜滅槍ごと突っ込んだ。
「ググゥゥルルゥゥァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
苦悶する竜の体内で、おれと竜滅槍は心臓らしき臓器を砕いた。
「でりゃ~ぁ!!!」
さらにもう一度踏み込み、おれたちは竜の身体を貫いた。
「グゥルゥァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
断末魔をあげ、竜が倒れた。
「勝った」
肩で息をしながら、おれは竜滅槍を持った拳を突き上げた。