52話 勇者は爪を研ぐ
(ああ……死ぬな)
二度目の死を目前にしても、おれは冷静だった。
一度目の墜落のときも不必要に取り乱すことはなかったが……
「達観……とは違うんだよな」
胸に去来する想いは、それではない。
どう表現するのが適切なのかわからないが……いまの気持ちにあえて名前を付けるなら、不納得だ。
十中八九手詰まりで、光線を浴びればアウト。
それは間違いない。
…………
間違いないのだけど……納得できなかった。
だから、死ぬことを受け入れられない。
この先どう転んでも起こりうる結果は変わらないし、矛盾したバカの論法だということも理解している。
それでもおれは……納得できなかった。
理由は簡単だ。
一度目のときと違い、おれはまだ、成すべきことを成していない。
大魔王を倒し、魂のカケラを回収する。
これはサラフィネとの間に結んだ契約であり、完遂しなければいけない案件なのだ。
それはフリーランスとしての矜持でもあり、おれにとって譲れない信念でもある。
「風波斬!」
折れた剣を抜き、振るった。
万全の状態で繰り出される五分の一程度の斬撃が生まれはしたが、光線とぶつかるや否や消失した。
「ダメか」
もはや、どうすることもできない。
「ああもう! ちくしょう!」
サラフィネとの契約も中途半端。
この世界のことも、ベイルに丸投げ。
最低の結果に、唇を強く噛んだ。
ドンッ!
死ぬ間際、おれは横からの衝撃を受け、身体が飛ばされるような感覚を覚えた。
「えっ!?」
見るとそこには、竜滅槍がいた。
「おおっ!?」
完全に失念していた。
おれには、これほど素敵なとっておきがあったではないか。
宙に浮ける竜滅槍に掴まれば、自由に空を移動できる。
「ありがとう! 助かった!」
おれがいた場所を光線が通過している。
言葉通り、九死に一生を得た。
「どういたしまして」
と言うように、竜滅槍が紅く光っている。
意志をもってかたわらにいてくれる存在に、これほど励まされたのは初めてだ。
「グゥルゥァァァアアアアア」
不満そうな竜の咆哮に、おれは口角を上げた。
「ざまあみろ」
軽口を叩くくらいには、希望が生まれた。
と同時に、竜の制空権をはく奪できるチャンスが訪れたのだ。
「力を貸してくれ!」
差し出した掌に、竜滅槍が収まった。
ドクン
心が沸き立つような熱さが込み上げてくる。
ドクドクドク
熱量が血を温め、体内を循環していく。
(いまなら、出来る!)
それは願望ではなく、確信だ。
「竜を空から落とす!」
おれの決意に応えるように、竜滅槍が真っ紅に染まっていく。
すぐに突撃することも可能だったが、それはしない。
竜に勝つには、おれと竜滅槍が力を合わせることが絶対だ。
むしろ、そうでないとダメな気がする。
「ちょっとわりぃな」
手近なモンスターの背に乗り、呼吸を整える。
「ケアアアアア」
おれを振り落とそうと暴れるモンスター。
(ちょっとぐらいイイじゃねえか)
不満に思うが、こいつらからすれば、背に乗られることは看過できないのだ。
もしくは、おれが背に乗ることで竜に狙われるのを、嫌がっているのかもしれない。
どちらにしろ、ここにいては落ち着かない。
「ケアアアアア」
「わ~ったよ」
背を蹴り、おれと竜滅槍は空に浮いた。
ちなみに、おれはいま竜滅槍にぶら下がっている。
柄の上に座ったり立ったりしてもいいのだが、尻に敷くのも足蹴にするのもはばかれた。
とはいえ、これでは竜滅槍が集中できない。
(どうしたもんかな)
「こっちに来い」
悩むおれに声をかけてきたのは、ロナウドだった。
「いいのか?」
「駄目ならこんな提案はせぬ。早くしろ」
心変わりの理由は知れないが、せっかくの厚意である。
(甘えさせてもらおう)
竜滅槍も賛成らしく、すでにロナウドの乗る巨大な鳥に近づいている。
「おおっと」
着地と同時に鳥が急上昇した。
何事かと思う前に、竜の放った光線が眼下を通過する。
「ふんっ! よほど貴様とその槍が気に食わぬようだな」
ロナウドの声は、どことなく弾んで聞こえる。
竜に嫌がらせできることが、よほど嬉しいようだ。
「すんげえ嫌いなんだな」
「当然だ! この森に竜を好きな者など存在せぬ!」
「グゥルゥァァァァアアアア」
竜もこっちを嫌いらしく、鋭い爪で引き裂こうとむかってきている。
一撃を避けることは可能だろうが、避け続けるのは困難だ。
リーチも機動力も、相手が勝っている。
「大丈夫か?」
「ふん、要らぬ心配をしている暇があるなら、準備に努めろ」
ロナウドの大きな背中は、自信に満ち溢れていた。
信じるよりほかに選択肢はないし、それを選んでも大丈夫だろうと思わせる安心感もあった。
(よし。やるか)
まずは呼吸を整える。
おれの息遣いに合わせ、竜滅槍も明滅を繰り返す。
大きく吸って、大きく吐く。
太陽を想わせる赤から、日が沈む海のように青く。
おれと竜滅槍の呼吸が重なるたび、同一の波動が生まれていくのがわかる。
「グゥルゥァァァァアアアアアア!!」
「やらせぬぞ!」
竜の一撃を、ロナウドが全身で受け止めた。
「ぐはっ」
爪が食い込んだ個所から血しぶきが上がる。
「大丈夫か?」
「要らぬ心配をするな! と何度言わせる気だ!? 用意ができたならさっさとやれ! 今なら、こやつは動けん」
爪が外れないようロナウドが押さえている。
「グゥルゥァァアアア」
竜が暴れるたびに血しぶきが舞う。
「ガハハッ。我から逃げられると思うなよ」
命がけで竜の動きを阻害するロナウド。
(これに報いれないなら、おれに勇者を名乗る資格はないな)
輝きを増す竜滅槍を、ぎゅっと強く握りしめた。
「いくぞ!」
一撃を浴びせるため、おれは跳躍した。
「でりゃああああああああああ!」
渾身の力を込めて振り下ろした竜滅槍が、竜の翼にヒットした。