表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/339

51話 勇者、絶体絶命

「イデッ」


 着地を失敗するほど、衝撃的だった。

 その原因である右手の剣。

 柄は無事だが、刃の部分はダメだ。

 綺麗に折れている。

 残った刀身は三〇センチ~四〇センチあるかないか。

 この短さでは、武器として使えない。


「やっちまったが、しかたねえな」


 おれは折れた刃と柄を鞘に仕舞い、二、三回ジャンプした。

 きちんとハマっているようで、剣が抜け落ちる心配はなさそうだ。


「よし。これなら大丈夫だな」


 いくら壊れたからといって、その辺に放置はしたくない。

 この剣があったからこそ、ここまでこれたのだ。

 恩に報いるためにも、持ち帰ってサラフィネに直してもらおう。


「とはいえ……どうすっかな」


 竜に対する武器がなくなってしまった。

 死んだモンスターたちが使っていた武器がそこら中に落ちてはいるが、素人目にも粗悪品だとわかる。

 ほぼ一〇〇パーセントで刃こぼれしているし、中には刀身が錆びている物まであった。

 あれらを使ったところで、ダメージは与えられない。


「いや、決めつけはよくないな」


 頭をもたげる弱気な思考を追い出すように、おれはかぶりを振った。


「何事もチャレンジあるのみだ!」


 気持ちを高めるため、あえて言葉にした。

 なんとなく、やる気が出てきた気がする。


「よし。ダメでもともと。幸い、数だけはあるしな」


 手近な剣を拾い、竜に投げつけた。

 命中したが、砕けたのは剣のほうだった。

 当然ながら、竜は無傷である。

 さらに二本、三本と当ててみたものの、結果は変わらずだ。


「やっぱ、直接叩き込まなきゃダメだな」


 いままでよりも手に馴染みつつ、少しでも上質な剣を探す。


「これでいいか」


 フィットはしていないが、時間を無駄に消費するわけにもいかない。

 現在進行形で、空にいるモンスターは減っている。


「それっ」


 竜の背後に回り、ジャンプした。


「よっ」


 鳥の背中を蹴り、もう一段上空へ進む。

 おれがいるのは、竜の頭の上だ。

 落下速度をプラスし、武器の性能を補う作戦である。


「でりゃあああああ!」


 柄を両手で持ち、頭上から振り下ろした。

 剣は竜の鼻っ柱を捉えたが、ペキンと貧相な音とともに砕けた。

 粉々だ。

 なにをどうすればこうなるのか、おれには皆目見当がつかない。


「グゥルゥァァァァァァァァアアアアアアアア」


 わかっているのは、ノーダメージの竜が、おれを食べようとしていることだけ。

 大きく口を開け、丸呑みにしようとしている。


(一寸法師……)


 鬼の体内に入り込み、中からやっつけるという有名なおとぎ話だ。


「ないな」


 おれは即座に却下した。

 不確定要素が多すぎる。

 体中に入ったはいいものの、胃酸で溶かされました、では話にならない。

 命がけのギャンブルに手を染めるのは、最後の最後だ。


「しかたない。仕切り直しだな」


 竜の口に飲み込まれる前に、牙を蹴って逃げた。


「覚えてろよ! ちくしょう」


 捨てゼリフを残し、おれは地上に舞い戻った。


「おいっ!」


 着地と同時に、肩を掴まれた。

 振り返るとそこには、ベイルがいた。


「その腰にぶら下げている剣は、伝説の武器だったりする?」

「ああ。次代の勇者を生み出す魔法の剣だ」


 ベイルが腰を前後にヘコヘコさせる。


「いや、ここでそんな下ネタは望んでねえよ」

「軽い現実逃避だ。あんなのを見せられたらな」


 呆れるおれに、ベイルが竜を指し示した。


「グゥルゥァァァァァアアアアア」


 吠える。

 翼をはためかす。

 爪で薙ぐ。

 そのすべてで、大気が震える。

 絶望を植え付ける迫力を前に、現実逃避したくなる気持ちは理解できた。

 周辺を飛ぶモンスターも距離を取り始めている。

 数が減り隙間が生まれているのも一因だが、戦場から離脱する個体が多かった。


「我に続け!」


 ロナウドの鼓舞も効果は薄い。


「グゥルゥァァァアアア」


 竜の威圧が勝っているのだ。

 巨大なモノを本能的に恐れるのは、生物の必然なのだろう。

 その気持ちはわからないでもないが、出来れば抗っていただきたい。

 でないと、状況は不利になる一方だ。


「で? 実際どうなのよ?」

「そこらで売っている物よりは上等だが、伝説と言うにはほど遠い。俺の見立てでは、お前の剣のほうが、よっぽど伝説(それ)に近い」

「折れちゃった」


 表現出来る精いっぱいの可愛らしい仕草で、剣を鞘から抜いてみせた。


「あれに折られたのか?」

「正解! だから、剣貸して」

「嫌じゃ、ボケ! お前に貸したら、折れる未来しか浮かばねえぞ」


 心の狭いやつだ。

 しかも、ベイルはおれから隠すように、腰をひねって剣を遠ざけた。


「頼むよ。あの竜を倒すには、強い武器が必要なんだよ」

「うるせえ! 嫌だ! なにがなんでも! 絶対に! 嫌だ!」


 そっと手を伸ばしたが、ベイルに叩かれた。


「じゃあ、どうやってあいつを倒すんだよ!?」

「そこで見てろ」


 逆ギレするおれを横目に、ベイルが足を肩幅に開いて腰を落とした。


「はああああああああああああ」


 細く長く息を吐き出す。


「ふうううううううううう」


 次いで大きく息を吸う。


「はああああああああああ」


 吐いて。


「ふうううううううううう」


 吸う。

 それをひたすら繰り返している。

 意味のない深呼吸ではない。

 独特な呼吸法によって、ベイルの体内に力が生まれているのがわかる。


「契約せし火の精霊に命ず! 我が体内に宿りし魔力を、炎に移せ!」


 ベイルの言霊に反応し、その体から熱波が生み出された。


「魔力集中!」


 両の手首を合わせた状態で腕を伸ばすと、そこに小さな火が灯った。


「ふううううううううう」


 ベイルが息を吸うと、火も周りの空気を取り込むように肥大化していく。


「おおっ!?」


 小さな火が、巨大な炎へと成長した。


「くらえ! ファイヤーボール」

「ネーミングは普通だな!」


 おれのツッコミを無視して、火球が撃ち出された。


「グゥルゥァァァァァアアアアア」


 迎え撃つ竜の口にも、熱源が生まれる。


「でりゃ!」


 落ちていた槍を拾い、全力で投げた。

 槍が竜の下あごに命中し、その口を閉じることに成功した。


「よし!」


 次いで、ベイルのファイヤーボールがヒットする。


「ググゥゥルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」


 炎に包まれた竜が、苦しそうな声をあげた。


「いいぞ。効いてるみたいだ。勇者ベイル、もう一発お見舞いしてやれ!」

「無……無理だ」


 ベイルは肩で息をしている。

 心なし顔色も青くなっている姿は、一目瞭然で疲労困憊だと理解できた。


「一発が限界なの?」

「間隔が必要だ」


 無理ではないらしい。

 なら、勝機はある。


「グゥルゥァァァァァァァアアアアアアア」


 炎に巻かれ姿は見えないが、声が聞こえるから、竜は健在だ。


「おれが時間稼ぎをするから、もう一発頼めるか?」


 ベイルが無言でうなずいた。


「よっ」


 地面に落ちていた剣を掴み、おれは跳び上がった。


「ロナウド。この鳥一羽貸して」


 モンスターの背に着地し、おれはそう頼んだ。


「ふざけるな! 即刻そこから消えろ!」

「ちょっとぐらい」


 いいじゃないか、とは言えなかった。


「貴様から殺すぞ」


 ロナウドからは本気がうかがえる。

 より強力な敵がいる状況で、多面交戦は避けるべきだ。


「わかったよ」


 降りようとしたとき、竜を包む炎の中から光が生まれた。

 それはたぶん、竜が放つ光線だ。


「ヤベッ」


 鳥を下に蹴り落とし、上空に跳んだ。

 予想通り、竜から放たれた光線が、鳥のいた場所を通過する。


「助かった」


 胸をなでおろすおれをあざ笑うように、炎の中から竜が姿を現した。

 そして……いまだ光線が放たれたままの口を上にあげた。

 おれに逃げ場はない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ