51話 勇者、絶体絶命
「イデッ」
着地を失敗するほど、衝撃的だった。
その原因である右手の剣。
柄は無事だが、刃の部分はダメだ。
綺麗に折れている。
残った刀身は三〇センチ~四〇センチあるかないか。
この短さでは、武器として使えない。
「やっちまったが、しかたねえな」
おれは折れた刃と柄を鞘に仕舞い、二、三回ジャンプした。
きちんとハマっているようで、剣が抜け落ちる心配はなさそうだ。
「よし。これなら大丈夫だな」
いくら壊れたからといって、その辺に放置はしたくない。
この剣があったからこそ、ここまでこれたのだ。
恩に報いるためにも、持ち帰ってサラフィネに直してもらおう。
「とはいえ……どうすっかな」
竜に対する武器がなくなってしまった。
死んだモンスターたちが使っていた武器がそこら中に落ちてはいるが、素人目にも粗悪品だとわかる。
ほぼ一〇〇パーセントで刃こぼれしているし、中には刀身が錆びている物まであった。
あれらを使ったところで、ダメージは与えられない。
「いや、決めつけはよくないな」
頭をもたげる弱気な思考を追い出すように、おれはかぶりを振った。
「何事もチャレンジあるのみだ!」
気持ちを高めるため、あえて言葉にした。
なんとなく、やる気が出てきた気がする。
「よし。ダメでもともと。幸い、数だけはあるしな」
手近な剣を拾い、竜に投げつけた。
命中したが、砕けたのは剣のほうだった。
当然ながら、竜は無傷である。
さらに二本、三本と当ててみたものの、結果は変わらずだ。
「やっぱ、直接叩き込まなきゃダメだな」
いままでよりも手に馴染みつつ、少しでも上質な剣を探す。
「これでいいか」
フィットはしていないが、時間を無駄に消費するわけにもいかない。
現在進行形で、空にいるモンスターは減っている。
「それっ」
竜の背後に回り、ジャンプした。
「よっ」
鳥の背中を蹴り、もう一段上空へ進む。
おれがいるのは、竜の頭の上だ。
落下速度をプラスし、武器の性能を補う作戦である。
「でりゃあああああ!」
柄を両手で持ち、頭上から振り下ろした。
剣は竜の鼻っ柱を捉えたが、ペキンと貧相な音とともに砕けた。
粉々だ。
なにをどうすればこうなるのか、おれには皆目見当がつかない。
「グゥルゥァァァァァァァァアアアアアアアア」
わかっているのは、ノーダメージの竜が、おれを食べようとしていることだけ。
大きく口を開け、丸呑みにしようとしている。
(一寸法師……)
鬼の体内に入り込み、中からやっつけるという有名なおとぎ話だ。
「ないな」
おれは即座に却下した。
不確定要素が多すぎる。
体中に入ったはいいものの、胃酸で溶かされました、では話にならない。
命がけのギャンブルに手を染めるのは、最後の最後だ。
「しかたない。仕切り直しだな」
竜の口に飲み込まれる前に、牙を蹴って逃げた。
「覚えてろよ! ちくしょう」
捨てゼリフを残し、おれは地上に舞い戻った。
「おいっ!」
着地と同時に、肩を掴まれた。
振り返るとそこには、ベイルがいた。
「その腰にぶら下げている剣は、伝説の武器だったりする?」
「ああ。次代の勇者を生み出す魔法の剣だ」
ベイルが腰を前後にヘコヘコさせる。
「いや、ここでそんな下ネタは望んでねえよ」
「軽い現実逃避だ。あんなのを見せられたらな」
呆れるおれに、ベイルが竜を指し示した。
「グゥルゥァァァァァアアアアア」
吠える。
翼をはためかす。
爪で薙ぐ。
そのすべてで、大気が震える。
絶望を植え付ける迫力を前に、現実逃避したくなる気持ちは理解できた。
周辺を飛ぶモンスターも距離を取り始めている。
数が減り隙間が生まれているのも一因だが、戦場から離脱する個体が多かった。
「我に続け!」
ロナウドの鼓舞も効果は薄い。
「グゥルゥァァァアアア」
竜の威圧が勝っているのだ。
巨大なモノを本能的に恐れるのは、生物の必然なのだろう。
その気持ちはわからないでもないが、出来れば抗っていただきたい。
でないと、状況は不利になる一方だ。
「で? 実際どうなのよ?」
「そこらで売っている物よりは上等だが、伝説と言うにはほど遠い。俺の見立てでは、お前の剣のほうが、よっぽど伝説に近い」
「折れちゃった」
表現出来る精いっぱいの可愛らしい仕草で、剣を鞘から抜いてみせた。
「あれに折られたのか?」
「正解! だから、剣貸して」
「嫌じゃ、ボケ! お前に貸したら、折れる未来しか浮かばねえぞ」
心の狭いやつだ。
しかも、ベイルはおれから隠すように、腰をひねって剣を遠ざけた。
「頼むよ。あの竜を倒すには、強い武器が必要なんだよ」
「うるせえ! 嫌だ! なにがなんでも! 絶対に! 嫌だ!」
そっと手を伸ばしたが、ベイルに叩かれた。
「じゃあ、どうやってあいつを倒すんだよ!?」
「そこで見てろ」
逆ギレするおれを横目に、ベイルが足を肩幅に開いて腰を落とした。
「はああああああああああああ」
細く長く息を吐き出す。
「ふうううううううううう」
次いで大きく息を吸う。
「はああああああああああ」
吐いて。
「ふうううううううううう」
吸う。
それをひたすら繰り返している。
意味のない深呼吸ではない。
独特な呼吸法によって、ベイルの体内に力が生まれているのがわかる。
「契約せし火の精霊に命ず! 我が体内に宿りし魔力を、炎に移せ!」
ベイルの言霊に反応し、その体から熱波が生み出された。
「魔力集中!」
両の手首を合わせた状態で腕を伸ばすと、そこに小さな火が灯った。
「ふううううううううう」
ベイルが息を吸うと、火も周りの空気を取り込むように肥大化していく。
「おおっ!?」
小さな火が、巨大な炎へと成長した。
「くらえ! ファイヤーボール」
「ネーミングは普通だな!」
おれのツッコミを無視して、火球が撃ち出された。
「グゥルゥァァァァァアアアアア」
迎え撃つ竜の口にも、熱源が生まれる。
「でりゃ!」
落ちていた槍を拾い、全力で投げた。
槍が竜の下あごに命中し、その口を閉じることに成功した。
「よし!」
次いで、ベイルのファイヤーボールがヒットする。
「ググゥゥルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
炎に包まれた竜が、苦しそうな声をあげた。
「いいぞ。効いてるみたいだ。勇者ベイル、もう一発お見舞いしてやれ!」
「無……無理だ」
ベイルは肩で息をしている。
心なし顔色も青くなっている姿は、一目瞭然で疲労困憊だと理解できた。
「一発が限界なの?」
「間隔が必要だ」
無理ではないらしい。
なら、勝機はある。
「グゥルゥァァァァァァァアアアアアアア」
炎に巻かれ姿は見えないが、声が聞こえるから、竜は健在だ。
「おれが時間稼ぎをするから、もう一発頼めるか?」
ベイルが無言でうなずいた。
「よっ」
地面に落ちていた剣を掴み、おれは跳び上がった。
「ロナウド。この鳥一羽貸して」
モンスターの背に着地し、おれはそう頼んだ。
「ふざけるな! 即刻そこから消えろ!」
「ちょっとぐらい」
いいじゃないか、とは言えなかった。
「貴様から殺すぞ」
ロナウドからは本気がうかがえる。
より強力な敵がいる状況で、多面交戦は避けるべきだ。
「わかったよ」
降りようとしたとき、竜を包む炎の中から光が生まれた。
それはたぶん、竜が放つ光線だ。
「ヤベッ」
鳥を下に蹴り落とし、上空に跳んだ。
予想通り、竜から放たれた光線が、鳥のいた場所を通過する。
「助かった」
胸をなでおろすおれをあざ笑うように、炎の中から竜が姿を現した。
そして……いまだ光線が放たれたままの口を上にあげた。
おれに逃げ場はない。