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50話 勇者、剣を折る

 寝起き……という表現が合っているのかは定かでないが、穴から出現した竜の動きは鈍かった。

 背中の翼を何度となく羽ばたかせているが、一向に飛び立つ気配がない。


(あ~っ、違うな)


 竜は飛び上がるために羽を動かしているのではなく、舞い上がる風を利用して、堆積物を吹き飛ばしているのだ。

 その証拠に、少しずつ全貌を現し始めている。

 下半身はいまだ穴の中だが、信じられない巨躯であることは間違いない。

 背中の翼を合わせれば、小さくても十数メートル。

 いや、数十メートルを記録するだろう。

 もはや、大きい小さいを語るのは、馬鹿々々しいサイズである。

 あの竜からすれば、おれもロナウドも小人だ。


「グゥルゥァァァアアア」


 鳴きながら、竜が落ちてきた魔物を捕食していく。

 あごを開いたときに覗く巨大な牙は、おれよりデカかった。


(おのの)くな! 我に続け!」


 ロナウドが大木を振り回し、竜の首を横殴りにした。


『グオオオオオオオオ!!!!』


 その勇ましさに発奮し、他のモンスターたちも次々に襲いかかっていく。


「グゥルゥァア」


 煩わしそうに首や羽を一振りするだけで、多数のモンスターが跳ね飛ばされる。


「ぐああ」


 ロナウドも例外ではなかった。


(あの巨体でも踏ん張れねえのかよ)


 竜が穴の中で身じろぎしただけで、地面には小さなひび割れが発生し、両翼が巻き起こす突風が樹をなぎ倒している。

 緩慢な動きでこれほどの被害を生んでいるのだから、この先本気で暴れ始めたら……損害は如何ほどになろうか。


「責任はおれが取る……か」


 背中に嫌な汗が浮かんでいる。

 アレを倒すと息巻いたが、可能なのだろうか。


「早まったかもな」


 後悔が胸をよぎる。

 けど、やるしかない。

 おれには、その義務がある。


「風波斬」


 試しに放った斬撃は命中したが、ツヤツヤピカピカの鱗は黒光りしていて、ダメージを受けた形跡はなかった。


「マジかよ!?」


 ヒビ一つ入っていないのには、正直驚いた。


「参ったね。こりゃ」


 もしかしたら、あの竜は人の手には余るモノかもしれない。


「でもまあ、最善は尽くさないとな」


 最悪ベイルに託すことになるかもしれないが、そのときに竜が無傷では申し訳がたたない。

 可能なかぎりダメージを与える努力をするのが、おれの責務だ。


「グゥルゥァァアア」


 竜が首を動かし、辺りを見回した。

 その動きはさっきまでの雑魚を蹴散らすためのものではなく、なにかを探しているように見えた。


「負けるにしても全力で……だな」


 落下しながら腹をくくったおれと、竜の目が合った。


「グゥルゥァァァァァァァアアアアアアア」


 竜が一際大きく吠えた。

 それは完全な敵意の表れであり、宣戦布告でもあった。


「グゥルゥァァァアアア」


 緩慢だった動作が加速していく。

 身じろぎや翼を羽ばたかせる回数もペースアップし、穴に埋まっていた巨体が徐々にその姿を現している。


(動く!)


 直観的にそう思ったのと同時に、竜が空に飛び上がった。


「グゥルゥァァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!」


 対峙する者を委縮させる絶叫は、威圧という表現が相応しい。

 魂が震えるような叫びも大概だが、あらわになった太い手足と鋭く長い爪が、さらなる恐怖を掻き立てる。

 空想世界で『伝説』と表されることが多いが、この竜も例にもれない。


(存在感が圧倒的だな)


 数段格が劣るモンスターたちは、三々五々に逃げ散らかしている。

 残ったのは、ロナウドを始めとする指揮官クラスの実力を備えた者だけだ。

 しかし、その面子をもってしても、手足が震えている。

 中には、心が折れているモノもいるだろう。


(まあ、しかたねえよな)


 それぐらい、あの竜は次元が違う。

 けど、おれはそうじゃなかった。

 意外なほど、冷静でいられた。

 なぜなら、これ以上の恐怖を体験していたから。


(アレはキツかったよな)


 夢で逢った神様に比べれば、竜からのプレッシャーはさほどでもない。

 もちろん軽くはないが、あのときのように足がすくんで動けない、ということはなかった。


「嫌なのさ。あんな力のない底辺神と間違われるのはさ」


 神様はそう言っていたが、本当だった。

 実際に向き合ってみると、月とスッポンぐらい違う。


(ただ、目の前にいるのは、魔王なんだよな)


 そこだけが謎だ。

 神様が間違えたとは思えないが、暴力的な空気を纏う竜を、神様とは思えなかった。


「あっ!?」


 着地と同時に、脳裏に昔の光景が浮かんだ。



 あれはまだIT屋として駆け出しのころだった。

 とあるパソコンショップの修理サポート部門でアルバイトをしていたおれは、お客様から預かったパソコンをイジりながら、受付に座っていた。


「オウ、兄ちゃん! いますぐこれを修理してくれ!」


 肩で風を切りながら入ってきたガラの悪い男が、横柄にノートパソコンをカウンターに置いた。

 この時点で、ガンガンにメンチを切られている。


「修理は早くて一週間後です。それでもよろしいですか? よろしければ、この修理受付申請書に記入をお願いします」

「ああっ!? おれはいますぐって言っただろうが! 早くしろ、ボケ!」


 椅子に座ったおれを、男は文字通り上から怒鳴りつけた。


「ただいま当店の修理は大変混みあっておりまして、いますぐに、というのは対応出来かねます」

「ああん!? お前、おれの職業解ったうえでホザいてんのか?」


 たぶん、ヤのつく自由業だ。


「解ったなら、さっさとやれや!」


 どう思ったのかは知らないが、黙っていることを肯定と受け取った男が、おれにそう命じた。


「修理は早くて一週間後です。それでもよろしければ、修理受付申請書に記入をお願いします」


 ボールペンと一緒に申請書を差し出すと、男の顔が真っ赤になった。


「テメェ、ガキ! 殺すぞ!」


 胸ぐらを掴まれすごまれたが、おれの心は無だった。

 怖くなかったわけじゃない。

 普通の状態であったなら、震えていただろう。

 おれがそうならなかったのは、それ以上に辛い環境に身を置いていたからだ。

 あのときのおれは、一日最低でも十二時間働いていた。

 休みは週一であれば歓喜したほどの過密日程。

 唯一の救いは給料がマシだったことだが、使う時間がなければないのと同じである。

 精神が極限まで疲弊していた当時のおれは、こう思った。


「やれるもんならやってみろよ! こちとら毎日がデスマーチなんだよ! お前に殺されりゃぁ、ちっとは楽になれるからよ! 頼むよ! やってくれよ!」


 ウソだと思う人もいるだろうが、おれは真剣(マジ)でそう言った。


「えっ!? ちょっ、嘘だよね!?」


 男の勢いが急速に衰えたのを、いまでも鮮明に覚えている。


「ウソじゃねえよ! 頼むよ! なあ!?」


 おれが詰め寄ると、真っ赤だった男の顔が真っ青に急変したのも、昨日のように思い出せる。


「いやぁ~、兄ちゃん悪かったな。また来るわ」


 そう言い残し、男はそそくさと帰っていった。

 根性のない後ろ姿に腹を立てたおれは、弁当に付いていたごま塩をまき散らした。

 冷静になれば大分危ない橋を渡ったものと気づいたが、おれがそう気づくのは大分後の話だったりする。

 その証拠に、後日兄貴分を連れて舞い戻ってきた男と、おれは再度言い争うことになるのだ。

 が、その話は今度にしよう。

 つまりなにが言いたいのかというと…………お客様は神様じゃない……ではなく、経験は大事、ということだ。



「グゥルゥァァァァァァァアアアアアアア」


 敵意たっぷりの咆哮ではあるが、似たような恫喝とプレッシャーを経験済みのおれとしては、そこまで動じることはなかった。


「ゆ、勇者様」

「約束は……守れない……かもしれないな」


 ワァーンは尻もちをつき、甲冑騎士の声には覇気がなかった。

 全体的に悲壮感が漂っている。


「あれが魔王だと思うから、退治してくるわ」


 二人の緊張感を余所に、おれは竜にむかって走った。

 風波斬が効かないのだから、直接攻撃を叩き込むしかない。

 幸い、竜のいる高さまで飛び上がるのは可能だ。

 けど、相手には翼がある。

 制空権を取られるのは必然で、逃げるのも簡単だ。

 上空で動けないおれを叩き落すのも、容易である。

 となると、相手の攻撃力がわからないのは痛手であった。

 何発か耐えられる威力であるなら一か八かで相打ちを仕掛けることもできるが、一撃で殺される可能性だってある。

 むやみやたらに突っ込むのは危険だし、命を懸けた特攻は、最後の切り札にするべきだ。


(んじゃ、どうすっかな)


 思案しても妙案は浮かばないし、長々と考えている時間もない。

 こうしている間にも、竜との距離は詰まっている。


「とりあえず、やってみるか」


 覚悟を決め、おれは地面を蹴った。


「グゥルゥァァァァァァアアアアアア」


 迫りくるおれを迎え撃つべく、竜が爪を振り下ろす。


「でりゃああああああああああ」


 おれも剣を振るった。

 ガキィン! という派手な音を響かせ、両者が激突する。


(イケる!)


 そう思える、たしかな手ごたえがあった。

 しかしそれも一瞬で、空中に留まれないおれは、地上に押し返されてしまった。

 やはり、制空権のない状態では分が悪い。


「っと」


 足から着地はしたが、衝撃がつま先から頭に突き抜ける。


「これはダメだ」


 こんなことを繰り返せば、おれの身体は早々にぶっ壊れてしまう。

 なんとかして竜を引きずり降ろさなくては、勝負にならない。

 けど、竜にその気はない。

 空中をホバリングしている顔は、勝ち誇っているように見えた。


「んにゃろ!」


 ムカつくが、感情に任せて攻撃してもダメだ。

 対策がなければ、同じ結果の繰り返しである。


「グゥルゥァァァァァアアアアア」


 竜の口内に、巨大なエネルギーが集束されていく。


「マジかぁ!?」


 あれはヤバいやつだ。

 放たれると同時に、慌てて逃げた。

 間一髪避けられはしたが、光線が当たった個所は、大きく窪んでいる。


『ケアアアアア』


 鳥型のモンスターが、一斉に飛び上がった。


「これ以上やらせるな! 一斉にかかれ!」


 その背にはロナウドたちが乗っている。


(あれなら制空権を取れるかもしんねえな)


 おれも欲しいが、指示通り動いてくれるモンスターはいないだろう。


「グゥルゥァァァァァァァアアアアアアア」


 特攻をかけてはいるが、ほとんどが爪で引き裂かれたり、噛み殺されている。

 あっという間に、飛行数が激減していく。

 これでは制空権もクソもない。


(いや、待てよ。あれは意外と使えるんじゃねえか?)


 おれの中にある考えが浮かんだ。


「よし。やってみるか」


 悩む時間はない。

 実行あるのみだ。


「グゥルゥァァァァァァァアアアアアアア」


 飛び上がったおれに、竜は気づいていた。

 爪が振り下ろされるが、慌てない。


「よっ」


 空にいた鳥型モンスターの背を渡り、竜の一撃を回避する。

 こうすれば空を自由に移動できるし、簡易的な足場を手に入れたも同然である。

 問題があるとすれば、竜によってその足場が削られていることだけだ。

 ただ、こればかりはどうすることもできない。


「足場が無くなる前に、竜を地上に降ろすしかねえな」

「グゥルゥァァァァァァァァアアアアアアアア」


 ちょこまか逃げ回るおれに、竜が苛立ちの咆哮をあげる。

 冷静さを失った、いまがチャンスだ。


「でりゃあああああああ!」


 おれが放った渾身の一撃が、竜の頭を見事に捉えた。


「よし!」


 手応えも十分。

 相応のダメージを与えたはずだ。

 パキンッと音がした。


「えっ!?」


 剣が真っ二つに折れていた。


「ウソだろ!?」


 信じられないまま、おれは落下した。


50話に到達した記念に書かせてもらいます。

ブクマ、ポイント評価、よろしくね!

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