48話 勇者はすべてのご神木を伐り倒した
ロナウドを倒したおかげもあり、おれは快調に歩を進めていた。
むかってくるモンスターもほぼ皆無であり、一の村に着くのも時間の問題だ。
しかし、現存するご神木は一の村にある一本だけになり、それ目掛けて森中のモンスターが集まってきている。
四方滅法わんさかと。
まさに、雲霞のごとくあふれかえっている状態だ。
「グラアアアア」
「シャアアアア」
モンスターが互いを威嚇し、狭い樹々の間で押し合い圧し合いしている。
その光景は、おれに通勤ラッシュを思い出させた。
「あれを掻き分けるのは、地獄だな」
げんなりするが、しないわけにもいかない。
それに、この量のモンスターが絶えず一の村に押し寄せているのだとしたら、甲冑騎士が心配だ。
竜滅槍が手助けをしてくれているが、多勢に無勢は覆しようがない。
「ワァーン。ここから一の村まで、どのくらい離れてるかわかる?」
「申し訳ありません、勇者様。森がこのような状態では……」
謝るワァーンを責めることは出来ない。
というより、この状況で道案内してもらえるだけでもありがたかった。
「んじゃ、やるしかねえな」
覚悟を決め、おれはモンスターの群れに突っ込んだ。
「風波斬!」
で道を切り開き、一目散に駆け抜ける。
「邪魔だ~。道を開けろ~」
襲いかかってくる魔物を中心に、それらを薙ぎ払って進んでいく。
数こそ多いが、本気になったおれを止められるモンスターは存在しなかった。
「うりゃりゃりゃりゃりゃ」
斬って斬って斬りまくる。
あと少しだ。
「勇者様」
ワァーンも気付いたらしい。
五〇メートルほど先が、拓けている。
ログハウスのような建物も見えているので、間違いない。
一の村は目の前だ。
「でりゃりゃりゃりゃりゃ」
俄然やる気が出たおれは、走る速度と斬撃を加速させる。
「んん!?」
猛烈な勢いで突き進みながらも、それに気付けた。
村への直線ルートを少しだけ外れた場所に、それはあった。
「ワァーン。あれ、そうだよね?」
「はい。ご神木で間違いありません」
お墨付きを得た。
なら、伐ってしまおう。
「風波斬!」
放った斬撃が直撃し、近場のモンスターともども真っ二つにした。
これで、竜神の結界が消えるはずだ。
「魔王の登場だな」
魔物たちも本来の姿に戻るため、動きを止めた。
この隙を逃すことなく、いまのうちに一の村に行き、現状を確認しよう。
「それ以上は進ません!」
森を抜けた瞬間、甲冑騎士が斬りかかってきた。
「待て待て待て! おれは敵じゃない」
「えっ……あっ!?」
甲冑騎士も気づいたらしいが、どちらも急には停まれない。
若干勢いは緩んだが、剣は振り下ろされてしまっている。
剣線は、おれとワァーンを捉えている。
見事ではあるが、勘弁してほしい。
おれはともかく、ワァーンを標的にされてしまうと、どうしても回避動作が大きくならざるをえない。
「あっ、ヤバイ」
余計なことを考えたせいで、甲冑騎士の剣を受けるのか、回避するのかの判断が遅れた。
時間にして二、三秒だが、致命傷になるには十分だ。
全力で回避すれば問題ないが、ワァーンにかかるであろう負荷が問題だ。
口にこそしないが、これまでの移動や戦闘の際に積み重なった疲労もあるだろう。
「勇者様」
瞳を閉じ、ワァーンがぎゅっと抱きついた。
「しかたねえ。受けるか」
そう決断したおれが動くより早く、間に入ってきた竜滅槍が、甲冑騎士の一撃を防いだ。
「ナイス!」
思いのほか、声が弾んでしまった。
大丈夫だとは思うが、おれが全力で剣を振り上げれば、甲冑騎士にダメージが伝わる可能性だってあった。
それを回避できたのだから、テンションを上げるなというほうが無理である。
「すまない。無事だったんだな」
「お前もな」
ともに無傷で済み、甲冑騎士とおれは安堵の息をついた。
ただ、いつまでもそうしてはいられない。
いつまたモンスターが動き出すかわからないし、伝えるべきことは伝えないと。
「実は……」
おれはご神木をすべて伐ったことと、これから魔王が復活することをかいつまんで話した。
「村はどうなるんだ?」
「わからん」
「わからんって、無責任じゃないか」
言ってることはもっともだ。
おれに反論の余地はないが……
「勇者様を責めないでください!」
ワァーンは違うらしい。
「勇者様は、あなたを含めた皆を守ろうとしているのです!」
甲冑騎士をにらむように、真っすぐ見据えている。
「君は……」
「この子はワァーン。六の村の村長の娘だ」
ワァーンを立たせようとしたが、膝が笑っていて上手く立ってないようだ。
(やっぱ、キツかったんだな)
倒れないように腰を支えながら、その身体に視線を走らせる。
(外傷は……なさそうだな)
けど、これからも大丈夫、という保証はどこにもない。
「ありがとう。もう大丈夫だから、ワァーンは安全な場所に避難して」
これ以上、おれと行動をともにする必要はない。
後は事の成り行きを見守ってくれるだけで、充分だ。
「きゃっ」
悲鳴をあげ、ワァーンが地面に倒れた。
責任逃れをするつもりはないが、おれは手を放してはいない。
犯人は、竜滅槍である。
紅く点滅した竜滅槍がワァーンを弾き、おれたちを引き離したのだ。
嫉妬心からの犯行なのだろうが、ベカベカ光られてもわからない。
唯一わかるのは、抗議をしている、それだけだ。
「竜滅槍にも感謝してるよ。ありがとうな」
点滅が止まらない。
どうやら、言葉だけではダメみたいだ。
本来ならメンテナンスをしてやりたいが、その時間はない。
(とりあえず、いましてやれるのは、撫でるぐらいだな)
それで納得するかはわからないが、おれは竜滅槍を撫でた。
撫で撫で撫で……続けるうちに、竜滅槍が光らなくなった。
正解だったらしい。
「勇者様! ……私も、お願いします」
立ち上がったワァーンが、頭を差し出してきた。
(面倒臭いからヤだ)
本音はそれだが、ワァーンにも世話になった。
彼女と竜滅槍が存在しなければ、いまがないのはたしかである。
(功労者を、無下には出来ないよな)
望みに応えるため、手を伸ばした。
「きゃっ」
ワァーンが再度倒れた。
今度は竜滅槍が犯人ではないし、おれでもない。
原因は、地面の揺れだ。
微細なモノから始まった振動は、次第に大きくなっている。
「地震だな」
しかも、災害クラスの大地震だ。
経験したことがない揺れに立っているのもしんどくなってきたとき、ズズズッと、沈み込むような音がした。
「よっ」
ジャンプした。
高さはそれほど出なかったが、森を見渡すには十分だ。
「あそこか」
森の中央に大きな穴が開いている。
それに飲み込まれるように、樹やモンスターが落ちていた。
たぶんあそこから、魔王が生まれるのだろう。