47話 勇者はパワーアップを実感する
道中、あきらかに変わったことがある。
(モンスターのデカさが、ハンパねえな)
いままでは一回りぐらいだったが、今回は二回りぐらい成長している。
見える範囲で一番大きいゴリラっぽいやつは、三メートル超の樹とほぼ同サイズだ。
五本のご神木を切った影響であるのは間違いないが、おれの予想を上回っているのも事実だった。
「ガァ!? ガアアア」
目が合った瞬間、ゴリラっぽいヤツが咆哮した。
(ウホッ、じゃないんだな)
やはりこいつはゴリラっぽいものであって、ゴリラではない。
けど、怪力であることは共通だ。
「ガアアア」
ゴリラっぽいヤツが手近な樹を引っこ抜き、おれ目掛けて投げてきた。
太くて長いそれは攻撃手段としても優秀だが、それ以上に目隠しとして絶大な力を発揮する。
(冗談じゃねえよ)
辺りには魔物がうじゃうじゃいるのだ。
死角が増えるということは、ワァーンの危険が高くなってしまう。
(ついさっき、それで痛い目にあったしな)
前回はベイルの助太刀で難を逃れたが、もう一度同じことを期待するのは虫が良すぎる。
二の村を襲っていたモンスターたちも、次第に一の村へと進攻を開始するだろう。
となれば、挟み撃ちに合う可能性もグッと増える。
なら、前へ進むしかない。
「風波斬」
迫りくる大木を伐り、その後ろのゴリラっぽいヤツにも当たった。
「グギャァ」
痛そうな声をあげたが、裂傷は小さい。
出血量も少ないし、浅く表面を裂いただけのようだ。
ネイに相殺されたことはあったが、万全の状態の風波斬で斬れなかったモンスターは、このゴリラっぽいヤツが初めてである。
風波斬は必殺技であり、二つの異世界で多数のモンスターを屠ってきた。
少なからず、自信のある技だった。
それがまさか、野良モンスターに通用しなくなるとは……
「ヤダヤダ。雑魚でこれなら、魔王はどうなっちゃうんだよ!?」
正直、これほどの変化は予想外だ。
「我が名はロナウド。そこらの愚と同じにするな!」
ゴリラっぽいのが顔を真っ赤にした。
「お前、喋んのかよ!?」
「当然だ。愚を率いるには、言霊が必要である」
ロナウドの足元にモンスターが集結する。
「仲間を愚って、それはないだろ」
少なくともここにいる連中は、命令されなくともロナウドを守ろうとしている。
「愚者を対等に扱うのは、馬鹿のすることだ」
邪魔な虫を払うように、ロナウドが集まったモンスターたちを蹴り飛ばす。
中には体を樹に打ち付け、絶命したのもいる。
(こいつもあれだな。部下を大事に出来ないやつだ)
イライラする。
何度出会っても、こういうやつに対する耐性は出来ないらしい。
「なら、おれがお前を無下に扱うのも、当然だよな」
「馬鹿が! 己の立ち位置すら理解できんのか!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
ロナウドが真上から叩きつけるように拳を落としてくるのに対し、おれは右拳を突き上げた。
「きゃっ」
頭上から降り注ぐドォンッという音と衝撃に、ワァーンが悲鳴をあげる。
「ぐははははは。これが愚者の末路だ」
高笑いをあげるだけで、ロナウドは状況を把握できていない。
もしできているなら、断じて高笑いなどできるはずがないのだ。
「にしても、気づけないものかね? 自分の打撃の有効性ぐらいよ」
現状、ロナウドの拳はおれの拳と合わさっている。
ワァーンや地面には、一ミリも接触していない。
それが意味するところは、ロナウドの打撃は防がれた、ということだ。
「あ、ありえんっ」
そう思うのも無理はない。
例えるなら、ロナウドは細い釘を打ち込むために、超巨大なハンマーを振るったのだ。
それは分不相応な力であり、下手をすれば土台ごと破壊しかねない暴力である。
しかし、結果は土台を壊すどころか、釘を打ち込むことすらできなかった。
反対の立場なら、おれも驚いただろう。
「貴様……何者だ」
後ずさるロナウドの足は震えている。
そうなるのも理解できる。
この世界において、ロナウドはかなり上位の個体だ。
いままでの指揮官クラスのモンスターたちと比べても、頭二つ三つ抜きんでているのは間違いない。
だれと戦っても、苦戦することなどなかったはずだ。
ご神木の結界が弱まり本来の実力に近づいているのだから、よりそうなるだろう。
そうならなかった理由は、たった一つしかない。
おれが強いからだ。
けど、この世界に来た当初ならこうはならず、さっきのパンチでワァーンもろとも叩き潰されていた。
(薄々、感じてはいたけどな)
ネイたちとの戦闘をきっかけに、おれの力は増している。
最初はキレたことによる一時的なパワーアップであり、端的に言えばドーピングに近いものだろうと認識していた。
けど、違うらしい。
理由はわからないが、あの戦闘をきっかけに、おれの戦闘能力は飛躍的にアップしている。
少し前なら、ワァーンを抱えて勝つことなど不可能だった。
もっといえば、ハンデがなくても負けていた可能性だってある。
が、いまなら断言できる。
「お前はおれの敵じゃない。いや、敵にすら、なりえないんだよ!」
「そんなわけがあるか! ええいお前ら、あいつを殺せ」
ロナウドの指示でむかってくるモンスターを、おれは一刀に伏せていく。
硬いと感じたこともあったが、いまは豆腐を切るような感覚に戻っていた。
剣を一閃させるだけで、複数のモンスターが血しぶきを上げる。
その圧倒的実力差に、モンスターの足が止まった。
「なにをしている! 早く行け!」
ロナウドの声には、狼狽の色が濃く滲み出ている。
それが伝播し、集団は機能不全に陥ってしまったのだ。
おれが足を踏み出すたびにそれが顕現し、雑魚が森の奥へと逃げていく。
「くそっ」
苦し紛れに、ロナウドが足元のモンスターをおれに投げつけた。
「死ぬ前に教えてやるよ。人材は宝だ。それをぞんざいに扱うやつは、地獄に落ちろ!」
モンスターを躱し、おれはロナウドとの距離を一気に詰め、一刀両断にした。