46話 勇者はベイルに感謝する
予想通りといったら怒られるが、案の定、二の村は半壊していた。
いまもモンスターは暴れ回り、建物を壊している。
ただ幸いなことに、人の死骸はほとんどなかった。
戦ってみたものの、数段強くなったモンスターを前に、村人たちは逃走を選んだのだろう。
それも立派な兵法であり、賢明な判断だ。
勝てない戦に固執するべきじゃないし、死んだら元も子もない。
生き延びた者だけに、反撃のチャンスは与えられるのだ。
「勇者様」
ワァーンが森のほうを指さしている。
「んん!?」
目を凝らすが、言わんとすることが理解できない。
「あの奥に……ご神木があります」
申し訳なさそうに付け足された。
(大丈夫! 気づいてた!)
…………喉から出かかった言葉を、必死に飲み込んだ。
(危なかったぁ~)
危うく見栄っ張りな汚い大人になってしまうところだった。
「ごめん、ワァーン。もう少し詳しく教えて」
わからないことはちゃんと訊く。
そこに、年上や年下は関係ない。
当然、身分もだ。
「森の入口から数えて五本目です。あそこにあるのが、ご神木です」
きちんと訊けば、ちゃんと教えてくれる。
それがいま、証明された。
中にはもったいぶるやつ、意地悪をするやつ、露骨に見下すやつなどもいるが、大抵は親切に対応してくれる。
なぜか、脳裏に地球で受けた朝礼が浮かんだ。
「これから新たなことを始める諸君。訊くことは恥ではないぞ。知ったかぶりで作業を滞らせるほうが、よっぽど恥ずかしいことだ。それを胸に刻み、今日も一日つつがなく作業を勧めましょう」
いつだれが言った言葉かも思い出せないが、あのとき聞いたモノは、おれの血肉になっていたようだ。
(必要なのは、聞く勇気)
改めて教訓を胸に刻み、おれはご神木にむかった。
そして、感謝を忘れてもいけない。
「ありがとう」
言っといてなんだが、ほんの少し前のカッコイイおれは消え去った。
セリフが同じだけに、ギャップがひどい。
(イカン。イカンぞ)
このままでは、築いてきた雰囲気が台無しだ。
軌道修正をしなければ。
「今だ! 一斉にかかれ!」
「グアアアア」
「ギャアアア」
号令に咆哮が重なり、村を破壊していたモンスターたちが四方から襲いかかってくる。
(しまった!)
指揮官はいないと勝手に決めつけていた。
「ちっ」
舌打ちをしても遅いし、これは完全におれの落ち度だ。
反撃をしようにも四方同時は無理であり、どこかしら、なにかしらの攻撃がヒットするのは間違いなかった。
もはや、ワァーンを無傷で済ますことは不可能だ。
唯一の望みは上空だが、そこにも鳥型のモンスターがいる。
「ごめん」
モンスターの攻撃から守るため、ワァーンをぎゅっと抱きしめた。
こうすれば、致命傷を避けられる可能性は十分にある。
「偉そうに説教できる器じゃねえな」
敵の攻撃が届く直前、聞き覚えのある声が耳に届いた。
即座にワァーンを守る手を解き、おれは眼前のモンスターを斬り伏せた。
問題は横と背後からの攻撃だが、それが届くことはない。
なぜなら……ベイルがそれらを屠ったからだ。
「ありがとうございます。勇者様」
「イヤミか?」
おれは素直に謝辞を述べたのに、ベイルの表情は優れなかった。
「いやいや、救われたことに感謝しています」
「イヤミだな」
「本当です。ワァーンを救ってくれたこと、心より感謝しています」
「その感謝ならいらねえぞ。おれは勇者だからな」
頭を下げるおれの横を通り過ぎ、ベイルがモンスターたちを斬り伏せていく。
「おっしゃる通り」
その姿は、勇ましい者で相違ない。
ベイルといい甲冑騎士といい、この世界には勇者がたくさんいるようだ。
おれも肩書だけは同じ勇者なのだから、負けてはいられない。
「他にやることがあるんだろ!? ここは俺が引き受けるから、さっさと行け!」
参戦しようとしたが、ベイルに止められた。
「まあ、お前のためじゃないけどな」
ツンデレまで身につけたようだ。
(成長が計り知れないな)
いや、おれが見誤っていただけなのだろう。
ベイルはもともとこういうやつで、男気や精悍な心の持ち主なのだ。
ただ、下半身の欲望にも忠実なのが玉にキズ、といったところか。
「じゃあ、悪いけど頼むな」
おれはワァーンを左腕に抱え直した。
さすがに、ここに置いていくわけにはいかない。
「約束だからな。お前の尻拭いはしてやる」
「ありがとう」
感謝するおれは、少し前のおれに戻れた気がする。
そんなふざけたことを思えるのも、ここはベイルに任せて大丈夫、という確信があるからだ。
獅子奮迅のごとく戦う姿は頼もしく、微塵も不安を感じさせない。
「風波斬」
放った斬撃で眼前に立ちはだかるモンスターたちを蹴散らし、おれはご神木にむかった。
「でりゃ! りゃ! りゃ! りゃ! りゃ~!」
道中群がってくるモンスターたちを片っ端から斬り伏せていく。
面倒臭くもあるが、これはこれでベイルの助けにもなるはずだ。
とはいえ、それほど離れているわけでもないし、おれが片付けられる敵などたかが知れている。
「これだな」
たどり着いた樹を見上げた。
そこに生っているのは、聖神の実だ。
「間違いありません」
ワァーンのお墨付きだ。
「せりゃ!」
躊躇せず、ご神木を伐り倒した。
「残るはあと一本!」
「あっちです」
おれが道案内を頼む前に、ワァーンがナビゲートを開始した。
本当に優秀な子だ。
(生きていろよ! 甲冑騎士! 負けるなよ! ベイル!)
そんな願いを胸に走り出す。
目指すは最後のご神木がある一の村だ。