45話 勇者は可能性を信じている
「勇者様、私は幸せ者です」
二の村に行く途中、ワァーンはそう言って笑った。
出会って数日だが、個人的にはまあまあヘビーな人生を歩んでいる気がする。
けど、本人がそう感じているのなら、喜ばしいことだ。
「それもこれも、勇者様に出会えたからです」
「いやいや、おれが現れたから、こんなしなくていい苦労をしてるんだよ」
それはもちろん、現在進行形だ。
ワァーンはつつがなく誘導をしてくれているが、最短距離で進む道はモンスターであふれかえっており、危険の伴うモノである。
モンスターを避ける迂回ルートもあるらしいが、時間的な猶予をかんがみると、この道を選ばざるをえなかった。
(急がば回れ……だったかもな)
後悔がよぎるのは、ワァーンが傷つく可能性があるからだ。
(人を左腕に乗せるように抱きながら、右手で剣を振るのって、こんなにむずかしいんだな)
やってみて、とかくバランスが崩れやすいのだと知った。
細心の注意を払って剣を振り、敵の攻撃を避けているが、ワァーンが動くことだけは、どうすることもできなかった。
(慣性の法則だからしかたがねえんだけど……)
戦いとバランスの保持を同時にこなすことが、こんなにも至難の業だとは思いもしなかった。
(すべては戦士として未熟なおれが悪いんだけど、こうもままならないとはなぁ)
「グアアアアア」
死角から来られた場合、このように鳴いてくれないと、気づけない恐れだってある。
「せりゃっ!」
クルッと回転し、後ろにいた熊っぽいモンスターを斬り伏せた。
(現状は問題ねえけど……)
これがいつまでも続くとはかぎらない。
万が一が起こる可能性は、時間とともに増している。
「それでも私は、幸せ者です。こうして、勇者様の腕の中に居られるのですから」
たぶんそれは、告白なんだと思う。
「勇者様がおっしゃったように、私も因習に囚われていました。いつか来るその時を迎えたら、村のため、他人のため、未来のために、尽くさなければいけない。そう思い込んでいたのです」
長い間、竜神の結界が脅かされることはなかった。
だから、そう思うのも当然だ。
身を捧げるだなんだといっても、そのときにならなければ、本当の覚悟などできるわけがない。
けど、ワァーンはそれをしていた。
「その時が本当に来るかは、知りようがありません……もしかしたら、女性の勇者様が現れるんじゃないか、なんて想像したこともありました」
おれの中に、その可能性はカケラもなかった。
それを考慮していたのだから、ワァーンのほうがよほど思慮深い。
「ですが、どこかで諦めていたのも事実なのです。自分を物のように扱う人たちがいても仕方がない。だって私は、勇者様への貢ぎ物なのだから、と」
人生を悲観するのは簡単だ。
悪いことは、全部他人のせいにすればいい。
成功できないのも、成功するための努力ができないのも、外的要因を求めれば簡単に見つかる。
「でも、悪いことばかりでもなかったのですよ。傷つかないように、大切に育てられましたから」
ワァーンがコロコロと笑っている。
思い出しただけで笑顔になれる記憶があるのなら、それはとっても素敵なことだ。
(人生の良いも悪いも、受け手次第だな)
いまのワァーンを見ていると、本気でそう思えた。
「平時のときは人で、有事のときは物になる。自分の存在はそういうものだと、疑ったこともありません。でも、勇者様は違いました。有事のときに、「抱えてもいいかな?」と、訊いてくださいました」
それは、一番最初の出来事だ。
おれにとっては小さな一言だったが、ワァーンにとっては違ったらしい。
「嬉しかったんです。どんなときも、私を『人』として扱ってくれる人がいたことが」
その表情は、とても晴れやかだ。
そうされたことを、本心から喜んでいる。
「これから、そうしてくれる人は増えるよ」
はぐらかしているわけじゃない。
おれは本気でそう思っている。
この地から竜神の守護と魔王の脅威がなくなれば、必ずそうなるはずだ。
「そうでしょうね。でも、勇者様を越える方はおられないと思います」
気持ちが伝わってくる。
だからこそ、言わなきゃいけない。
「ワァーン、可能性に蓋はしないでくれよ。それをされると、おれのやろうとしてることが、無意味になっちゃうからさ」
おれは甲冑騎士を助けたいと思っている。
そのためにご神木を伐り、魔王を復活させた後、モンスター共々討伐する。
結果として『森の迷宮』が平和になり、甲冑騎士が命を落とすこともなくなる、という算段だ。
その先にある、ワァーンや村人たちの幸せについては、願うだけだ。
(未来は明るい!)
そう信じて。
「笑顔になれるよ。そのために、がんばってるんだから」
おれ自身がどんな結末をむかえるかはわからない。
けど、『森の迷宮』に留まることは、絶対にない。
死ねばそれまでだし、生き残れば三号を探す旅に出る。
だから、その想いに応えることはできない。
「わかりました」
ワァーンが小さくうなずいた。
察したのだろう。
表情を隠すように、一瞬だけおれの胸に顔をうずめた。
二の村への案内が途切れたわけだが、問題ない。
すぐそこに見えている。
ワァーンも、それはちゃんと確認していたはずだ。
「ありがとう」
礼を言い、おれは二の村に突入した。