44話 勇者は思いの丈をぶちまける
モンスターが動きを止めた。
けどそれも一瞬で、ドクンッという血が巡るような大きな音がしたと思ったら、その体を一回り巨大化させた。
爪や牙も長くなり、より殺傷能力が増したようだ。
「なんということでしょう」
劇的なビフォーアフターに、思わずそうつぶやいてしまった。
けど、驚きはそれだけにとどまらない。
死んだはずのモンスターたちの傷が修復され、次々と蘇っていく。
(なるほど。漆黒の三連星が生き返ったのは、六の村のご神木が倒れたからだったんだな)
納得と同時に、ネイたちの後始末をしてくれたワァーンたちには、感謝しかない。
「おおっ!?」
殺されたはずの村人たちまで動き出した。
(こっちも生き返るのかよ!?)
自然の摂理は無視しているが、哀しみにくれる人たちにとっては朗報だろう。
と思ったが、違った。
いや、生き返ったことに間違いはないのだが、村人たちはその姿をモンスターに変えている。
熊、トカゲ、モグラなど、種類は様々だ。
ただ外見は変わろうとも、心の奥に人間だった記憶のカケラがあるのか、モンスターたちは互いを見るや、同士討ちを始めた。
暴れ狂う様は、立派なモンスターだ。
正体を知っているから多少気が引けるが、凶暴性が増した彼らを放置も出来ない。
(討伐したほうがいいよな)
心を決め剣を振るおうとした矢先、モンスターたちが動きを止めた。
(んん!? まだ自我があんのか?)
『グルルルルルル』
会話をするように鳴き、モンスターたちは見つめ合っている。
『グルルルルルル』
キョロキョロしたり、あっちこっちに腕を伸ばし始めた。
『グルル』
身も心もモンスターになったのか、うなずきあった一団は五の村に背をむけ、森に引き返していく。
ご神木が倒れたいま、五の村を襲う理由がなくなったのだろう。
だが、住処に帰るわけではない。
ご神木の残る二の村か一の村に進軍するはずだ。
おれもさっさと行きたいが、そうもいかない。
五と六の村の村長を筆頭に、全員がおれをにらみつけている。
「お前は何がしたいんだ!? 言い訳があるなら聞いてやるぞ」
言葉とは裏腹に、ベイルは殺る気満々だ。
身体から闘気が溢れ出ている。
「一の村に死なせたくないやつがいる。そいつを守るためには、ご神木が邪魔なんだよ」
「よくわかった。お前は魔王を復活させる手先なわけだ」
「魔王の手先じゃねえけど、目的は一緒だな」
「よくも抜け抜けとほざけるな! それでどれだけの人が傷つくか考えないのか!? お前は!」
ベイルの言葉はもっともだ。
森と生きてきた者たちからすれば、おれのやっていることは冒涜以外のなにものでもない。
ただ、忘れてもらっては困る。
「現在進行形で傷ついているやつがいるんだよ。そいつは死ぬまで一の村を護るんだとよ。住人が捨てた村を、だぜ。どうかしてるだろ」
「そいつを助けようって考えてるお前だって、充分どうかしてるぞ」
「それに関して、異論はないな」
「開き直ってんじゃねえぞ!」
怒髪天を衝くといった形相で、ベイルが斬りかかってきた。
「お前のやろうとしてることは、自己満足だ!」
「それに関しても、異論はないよ」
ベイルの上段からの一刀を剣で受けたが、非常に重かった。
おれが戦った中では、間違いなく最強だ。
「行動を改めろ! 今なら半殺しで許してやる」
そんな雰囲気は微塵もないが、慈悲はかけてくれるらしい。
「悪いが、おれは退く気も改心する気もねえよ。けど、責任は取るよ」
「どう取るんだ!? 言ってみろ!」
「復活させた魔王を倒す」
「それを出来る保証がどこにある」
まなじりを吊り上げたベイルが、再度剣を振り下ろす。
力が乗った一撃は、威力を増している。
「んなもん、どこにもねえよ」
逃げることはせず、おれはその一撃も受け止めた。
「なら、お前のやろうとしていることに、正義はない」
その通りだ。
おれのやろうとしていることは、自己満足にほかならない。
それを否定するつもりはないし、考えかたが合わないなら、非難してもらって結構だ。
「それでも、おれはやると決めた!」
語気を強め、ベイルの剣を弾いた。
「護りたいものを護り、大事なものを大事だと叫ぶんだよ!」
そこに対して、おれは一歩も引く気はない。
「相手が魔王だろうが勇者だろうが、そんなもんは関係ねえ!」
腹の底から込み上げてきた想いをぶちまける。
「大体、気に入らねえんだよ!」
ダメだ。
言葉が止まらない。
決壊したダムのように、溢れ出る想いを制御できない。
「くだらねえ因習に囚われ、大事なモノを見ようともしない! そのくせ呪いだ守護だと都合のいい解釈に逃げやがる! おれはそういうのが、一番嫌いなんだよ!」
村人たちが目線を逸らした。
「困ったときは勇者が助けてくれる!? バカ言ってんじゃねえよ!」
「馬鹿じゃねえ! 俺は勇者として、この地に救いをもたらす」
胸のモヤモヤをぶつけるように振り下ろした斬撃を、ベイルが払い除けた。
その凛とした勇者の誓いに、歓声があがる。
「なら、なんでワァーンに手を出した!」
ご満悦の表情を浮かべるベイルの頬を、おれは思いっきり殴った。
「あの瞬間、カケラも弱みを握った感覚はなかったのか!?」
倒れそうになるベイルの胸ぐらを掴み、再度頬を叩く。
「村やそこに住む仲間のため。村長の娘として生まれた自分の立場。そういったもんが、ワァーンの決断に影響を与えなかったと、本気で思っているのか?」
六の村の村長が顔を伏せた。
「あれが、そうなることを望んだ結果か!?」
ベイルの顎を掴み、無理やりワァーンのほうへむけた。
「あっ……」
そのとき初めて、ベイルはワァーンが泣いていることに気づいたようだ。
「あ、あれは……おれが魔王を倒した後、この地に竜神の守護を残しておくためだと」
「じゃあ、なにか? 必要があるならすべての村の女に手を出すのか? ご神木を加工するため、村に平和を届けるため、しかたなくそうする、って言うのかよ!?」
「だって、勇者に身を捧げるのは、光栄なことだって……」
「大義はそうだろうよ。それで村が平穏になるんだからな。けど、そうした彼女たちの思いはどうなる? 犠牲心はカケラもないのか」
涙を隠すようにワァーンが両手で顔を覆い、小さくかぶりを振った。
ベイルの膝が落ち、地面にへたり込む。
「おれにはアレを、見ないフリすることはできねえんだよ!」
ワァーンはかぶりを振り続けているが、膝からくずれ地面に座り込んでしまった。
おれはベイルから手を放し、六の村の村長と正対した。
「大体、大事な娘を人身御供にすんじゃねえよ! ふざけるな!」
六の村の村長がビクッと肩を震わせ、おれと目が合うとすぐに視線を逸らした。
どうやら、図星らしい。
半分ぐらいそうだろうなと思っていたが、それはあまりに悲しいリアクションだった。
でも、これ以上責めてもしかたがない。
全員に事情があるし、身を置いた環境と育んだ常識がある。
それを無視しろというのは暴論だし、勇気がいることだ。
本来なら、出来ないからといって非難されることではない。
現状において、よそ者であるおれだけが出来た。
ただそれだけだ。
「勇者ベイル。もしなにか思うところがあるなら、おれの頼みを聞いてくれ。魔王はおれがなんとかするつもりでいるが、もしダメだったときは尻拭いをしてくれ。これを頼めるのは、『勇者』であるおまえだけだからよ」
放心しているようだが、ベイルは小さくうなずいた。
「ありがとうよ。んじゃ、行くかな」
「ご案内します」
立ち上がったワァーンが、おれの前に来た。
その顔は涙に濡れているが、悲壮感はなく、使命感にあふれている。
強い子だ。
「じゃあ、二の村まで頼めるかな」
「はい!」
涙を拭いて、ワァーンはしっかりとうなずいた。