42話 勇者は裸身像を破壊した
今回の敵戦力に、指揮官クラスのモンスターはいないようだ。
(これなら、殲滅に苦労することもないな)
けど、殲滅し続けるとなれば、話はべつだ。
体力と集中力は無限ではない。
一騎当千、獅子奮迅といった活躍をしている甲冑騎士の動きも、少しずつだが鈍ってきている。
村とご神木を放棄することにはなるが、ここは一時撤退したほうが賢明だろう。
「退くぞ」
「助かった。おれに構わず行ってくれ」
甲冑騎士は剣を振るい続けている。
前へ出ることはあっても、後ろに下がることはなかった。
『グルアアアア』
村を壊すのは二の次なのか、モンスターも甲冑騎士とおれを標的にしている。
「確認だけど、退く気は?」
「ない!」
甲冑騎士に迷いはなかった。
「村人はいないぞ」
護るべき者はいないのだ。
撤退したとしたとしても、許されるだろう。
「関係ない。おれは約束したんだ。きみの大切な村はおれが護る。だから泣かないで、とな」
「お前が死んだら、その子が悲しむだろ」
「笑って死んだあの子が、泣くわけがない」
手と足が止まりそうになった。
わかってしまったから。
甲冑騎士は、おれと同じ類の人間なのだ。
損得勘定も好き嫌いもある、特別褒められた人間ではない。
けど、己のルールは順守する。
契約は絶対に遂行する。
おれの矜持がそれなら、甲冑騎士のそれは……
結んだ約束は守る、だ。
相手が故人だなんだは関係ない。
自分が生きているかぎり、それは全うすべきことなのだ。
ただ、これだけは言ってやらねばならない。
「泣くと思うぞ」
甲冑騎士はなにも言わなかった。
けど、一歩だけ後退した。
(ははっ、素直じゃねえか)
でも、これが限界だ。
これ以上の説得も撤退も無理だろう。
なら、おれのすべきことはそれじゃない。
「竜滅槍。甲冑騎士に力を貸してやってくれないか?」
拒否するように横に振るえる姿は可愛らしくもあるが、どうにか説得したい。
「おれはここを離れたい。その間、甲冑騎士を護ってやってくれ」
なにか言いたそうに、竜滅槍が明滅した。
「安心しろ。必ず戻ってくる。約束だ」
こそばゆくはあるが、おれは竜滅槍に小指を絡めた。
この異世界に指切りという文化はないだろうが、それがなにかの儀式だということは伝わったらしい。
竜滅槍の放つ光が、一層強くなった。
「おれの代わりを頼めるのは、お前しかいないんだ」
ムフッー! と、竜滅槍から蒸気が上がる。
「やってくれるか?」
答えの代わりに、竜滅槍がモンスターたちを屠っていく。
これなら大丈夫だ。
「少しだけここを離れるけど、どちらも死ぬなよ! 絶対だぞ!」
甲冑騎士が左手を上げ、竜滅槍が光った。
(信じるしかねえよな)
自分にそう言い聞かせ、おれは森に入った。
一の村に案内してくれた矢印は、消えていた。
ほんの少し残っているのを期待していたが、それほど甘くはないらしい。
ただ、その可能性のほうが高いと思っていたし、あったとしてもおれの行きたい場所に案内してくれるかは不明だ。
信じてついて行った結果、べつの場所でした、では笑い話にもならない。
(予定通り、自力でむかうか)
行き先は六の村。
目印も案内もないが、問題ない。
視認すればいいだけだ。
「よっ」
軽く助走し、おれは宙に跳んだ。
「絶景かな絶景かな」
樹々の二倍近い高さまで飛び上がれば、下は見放題だ。
植物の見分けはできないが、拓けた村を見つけるのは簡単だった。
「どれが六の村かな?」
目視では、判別できそうにない。
(どれも同じに見えるんだよな)
ご神木のあるなしで判断しようかとも思ったが、いまいちよくわからない。
(しかたねえな)
勘に頼ろう。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」
最後の一文字とともに指さした村。
おれはそこをロックオンした。
「風波斬!」
進路上にある樹にむけ、剣を振るう。
ヒットし、数本の倒木を確認しながら、おれは着地した。
「あった」
森の奥に倒れた樹が見えた。
ということは、あの先に村がある。
「風波斬」
道を作るべく、おれは真っすぐに風波斬を放った。
割り箸を折るように、簡単に樹が伐採されていく。
見通しは良くなったが、罪悪感も覚えてしまった。
「ごめんね、ごめんね~」
謝罪しながら、おれは拓けた道を進む。
思いのほか簡単に、村に着くことが出来た。
もう一度くらい空から確認しなければいけないと思っていただけに、それは嬉しい誤算だ。
ただ残念ながら、そこは六の村ではなかった。
(四の村……かな!?)
穏やかでいて、人気がない。
けど、それはおかしいのだ。
どの村でも、住民たちは原始的な暮らしをしていた。
であれば、貴重な日の光がある昼間に、外に人がいないということはありえない。
注意深く目を凝らせば、村には戦闘の痕跡もある。
いまならわかる。
おれが前に来たとき、すでに四の村は壊滅していたのだ。
なぜそれをワァーンが隠したのかは不明だが、いまとなってはどうでもいい。
それよりも、ご神木の確認だ。
森に入ると、倒れた樹があった。
辺りに神聖の実が落ちているし、これで間違いない。
(よし。次に行こう)
さっきと同じように、ジャンプして空から村を確認する。
「あそこが六の村だな」
頭の中に地図が描けてきた。
「風波斬」
目印のために樹を伐り、まっすぐ走る。
(森林破壊を棚上げすれば、この方法はアリだな)
驚くほど迷うことがない。
進路上に立ちふさがるモンスターも一掃できるし、一石二鳥である。
「勇者様!?」
森から飛び出してきたおれに気づき、ワァーンが大声を上げた。
思った通り、六の村だ。
「ご無事だったのですね。急にいなくなられたので、心配しました」
「悪い悪い。けど、この様子なら村は無事みたいだね」
「ええ。勇者様の機転もあり、危機は回避できました」
ワァーンは嬉しそうに手を叩いている。
被害がなかったなら、なによりだ。
ただ、おれはその心配はしていなかった。
ご神木が倒れたいま、六の村が襲われることはないだろう。
「勇者様が倒してくださった魔物たちの後始末も行いました」
「ありがとう」
「ところで勇者様、いままでどちらに行っておられたのですか?」
「三の村と一の村」
「えっ!?」
ワァーンが驚きに目を見開いた。
「三の村はご神木ともどもダメだった。一の村は、なんとか持ちこたえてるよ」
「そんな……」
「帰りしな、四の村にも立ち寄った」
たまたまだけど、とは言わない。
けど、それだけでおれが言わんとすることは理解できたようだ。
「申し訳ありません」
ワァーンが深く頭を下げた。
「気にしないでいいよ。それより、あれはなに?」
村と森の境目に、木彫りの像がある。
「あれは……」
ワァーンが顔を赤らめ言いよどむ。
(まあ、その気持ちはよくわかるけどな)
なぜなら……あれはどう見てもワァーンだ。
しかも、裸体である。
正直あんなもん作るやつの気が知れないし、衆目の中飾るのは、狂気の沙汰だと思う。
百歩譲って芸術なのかもしれないが、おれには理解できない。
「村長は?」
「父はベイルさんと一緒に五の村に行っています」
「あれが飾られてるのは知ってるの?」
「はい。設置したのは父ですから」
「マジかよ!?」
信じられない。
実の娘の精巧な裸身像をこんなところに飾るなど、常軌を逸している。
「村人から異論はないの?」
「新たなご神木です。咎める者など、いようはずがありません」
「新たなご神木? あれが?」
「はい。今はあの姿ですが、数年後にはかつての姿を取り戻します」
(そんなことがありえるのかよ?)
樹を伐るのは簡単だが、育てるのはむずかしい。
植樹をしてから立派な樹になるまでには、何十年という歳月を要する。
それが地球の常識だが、この世界ではたった数年で大木になるという。
(……にわかには信じがたいよな)
特別な樹だから、成長が早いのだろうか?
(だとしたら、地球にも植えてほしいもんだな)
サハラ砂漠ですら、緑に変えてしまうだろう。
冗談はさておき、おれには確認しなければいけないことがある。
「じゃあ、あれもご神木なんだ」
「そうですね。ですが、御魂入れがまだです」
ワァーンの表情に影が差した。
「御魂……ねえ」
それだけで、ネガティブなことが起こることは想像できた。
「いいんです。それは私が負わなければいけない咎なのですから」
「死ぬの?」
「死ぬわけではありません。勇者様の導きによって、ご神木とその身を重ねるだけです」
(コアラのように抱きつくわけじゃないよな?)
頭に浮かんだのはそれだったが、訊くまでもない。
たぶん、同化とか血を与える、といった行為を指しているのだ。
「確認だけど、それをしなければ、ご神木じゃないのかな?」
「そう……ですね」
歯切れが悪い。
感じからして、ワァーンもすべてを理解しているわけじゃないようだ。
(まあなんにせよ、放置はできないよな)
おれは剣を構えた。
「ワァーン。責任はちゃんと取るから」
「勇者様!?」
「風波斬!」
放った一撃が、裸身像を真っ二つに斬り裂いた。
本人が横にいるからだろう。
罪悪感が胸に込み上げてくる。
それでもおれは止まらず、一足飛びで裸身像に近寄り、細切れにした。
「!!!!!!」
声にならない悲鳴を上げるワァーン。
よく聞こえないが、遠くで叫んでいる輩もいる。
抗議の声なのだろうが、気にもならない。
(うん。これは精神的にもいい感じだ。牧歌的な村に、あんなものは必要ないよな)
おれは胸に広がる満足感に浸っていた。
が、このまま酔いしれているわけにもいかない。
「それじゃあ、ワァーン。おれ行くとこあるから」
ジャンプし、次に行く村を探す。
すぐに見つかった。
けど、なんだか面倒臭そうだ。
空から見ても、あそこがモンスターに襲われているのがわかる。
(まあ、おれが着く前に壊滅することはねえだろうな)
あそこには、ベイルがいるはずだ。
「風波斬」
いままでと同じように、目印を付ける。
「勇者様!? なにをしてらっしゃるのですか!」
着地したら、ワァーンに怒られた。
「ごめんごめん。次の村に行くために目印が必要だからさ」
「私が案内します! 森の破壊はやめてください!」
軽い感じで謝ったら、ものすごい剣幕で怒られた。
(当然だな)
懸命に生きてきた場所を破壊されたら、だれでも怒る。
「ごめんなさい。それと、道案内お願いします」
「よろしい。では、行きましょう」
ワァーンが手を広げた。
(このパターンか)
文句も言えず、おれはワァーンを抱えて五の村に行くことになった。
いいねやブックマーク、ありがとうございます。