41話 勇者の護るモノ
剣戟の音がする。
戦闘が始まったようだ。
モンスターの咆哮と悲鳴が重なる。
地面が揺れていることから、敵の数が膨大であることもうかがえた。
いま出ていくのは簡単だ。
しかし、それをすればここに来た意味がない。
おれは状況を理解し、自分の行動を決めるために、ここに来たのだ。
いままでのように、流されるように動いていてはダメだ。
「助けてはくださらないのですか?」
すがるような視線をむけられても、いまは無視をする。
「私たちでよろしければ、後でお相手させていただきます」
村長の脇にいた女性たちが隣りに来て、おれの腕に胸を押し当てた。
洋服の胸元を広げるおまけ付きだ。
脇に置いた竜滅槍が少しだけ反応したが、おれが手を添えた瞬間に大人しくなった。
「他の子の用意もできます」
耳元でそうささやかれた。
(これが常套手段なんだろうな)
あからさまな色仕掛けであり、行く先々でこんなシーンに遭遇する。
とはいえ、嫌悪感はない。
賛否はあるだろうが、これも立派な手段だ。
外との交流の薄い村であるなら、十分にうなずける。
けど、おれの琴線には触れない。
「一つ訊いていいかな。さっきの話は、一の村の意見なのか、それとも、六つの村すべての総意なのか。どっち?」
「確認したことはありませんが、総意と思ってもらって違いありません」
眉根を寄せながらも、村長ははっきりと肯定した。
その答えは意外じゃない。
というより、よくよく思い出せば、そういうことなんだと思う。
ワァーンを抱え五の村と四の村を回って帰ってきたとき、六の村では宴会が行われていた。
あのときは敵襲を退けたことを喜んでいるのだと思ったが、そうではなかった。
村人が喜んだのは、ご神木が倒れたこと。
そして、自分たちが呪いから解放されたことを、喜んでいたのだ。
勇者を名乗るベイルがいたことも、それに輪をかけたかもしれない。
「お気に障りましたか」
おどおどと伺うような村長に、おれはかぶりを振った。
一ミリも腹が立っていないわけではないが、糾弾するほど怒ってもいない。
利用されていたのだとしても、その都度おれには拒否権があった。
断固として拒めば関わりかたは変えられたし、見捨てることだって可能だった。
(それは、いまも例外じゃないんだよな)
おれを戦力として利用したい一の村を出て行くのは、簡単だ。
村長たちもそれを理解しているからこそ、そうさせないために娘を差し出している。
(当然……なんだろうな)
ほかに提示できるモノがないのだ。
「どうかお助けください」
娘たちもしなだれかかってくる。
甲冑騎士がいるとはいえ、村に被害が出るのは免れない。
それを少なくするには、おれと竜滅槍は外せないピースだ。
それに異論はないし、助けてやろうとも思っている。
村ではなく、甲冑騎士を。
ただ、終わりのないデスマーチに付き合うつもりはないし、それをしたところで未来は確定している。
他者依存で過ごす日々。
呪いだなんだと嘆くだけで根本を解決しようとせず、困ったらだれかが助けてくれる。
金はないが、人ならいる。
つまみ食いもご自由に。
そんな考えの人間に、使われ続けるだけだ。
(ははっ、まるで社畜だな)
それが嫌で、おれはフリーランスになったのだ。
仕事にしろプライベートにしろ、自分が決断を下したことには責任を持った。
結果として苦しい立場に置かれたとしても納得したし、受け入れがたい結果も受け入れた。
少なくとも、他者に依存し、いるかどうかもわからない竜神を恨みがましく妬むことはしない。
だから、村人たちの生きかたは、絶対に許容できない。
おれ自身の人生を、肯定するために。
正直、まだわからないことはある。
けど、やるべきことは決まった。
腕に絡む女性を解き、おれはテントを出た。
視線の先には、村の入口に立ち、モンスターの侵入を食い止めようと必死に剣を振るう甲冑騎士がいる。
「苦しいなら下がれ! 生き残ることが最優先だ!」
甲冑騎士の言葉が響き渡り、傷ついた幾人かが戦場を放棄した。
「それでいい! 死ぬことは損失でしかない」
また、幾人かが離脱する。
「死ななければ再起はできる! おれがそれを支えるから、安心しろ!」
甲冑騎士は後ろを見ていない。
もう、その余裕すらないのだ。
目の前に迫る膨大なモンスターと対峙することで、精一杯なのだ。
「護ると誓った!」
なにを?
「糧を! 希望の糧を護るんだ!」
そんなものはない。
戦場には、もうだれも残っていない。
甲冑騎士の後ろには、捨て去られた村と、死人しかいなかった。
生きている者は、みな戦場を後にしている。
それでも立ち続ける甲冑騎士の姿は、輝いていた。
「竜滅槍。手伝ってくれるか?」
穂の部分が紅く光った。
「おれは甲冑騎士を、死なせたくない!」
紅みが増し、柄にも広がる。
竜滅槍も、同じ気持ちなのかもしれない。
「じゃあ、やるか」
竜滅槍を手放し、おれは剣を抜いた。
「ここからは、おれが選んだ戦場だ」
腹をくくり、敵陣に突っ込んだ。