40話 勇者は竜神の結界が呪いだと聞かされる
(どうしよう? これって放っておいて大丈夫? ダメ? どっちだよ!?)
不安が募り、チラチラと後ろを振り返ってしまう。
「戦場でよそ見をするなど、愚の骨頂」
二足歩行の鹿が、前方に立ち塞がった。
その意見には至極賛成だ。
こういうときこそ、集中力がモノをいう。
しかし、おれの後ろを竜滅槍がついてくるのを、無視はできない。
「ぐあっ」
「ばかなっ」
死角から襲いくる敵を始末してくれるのはありがたいが、油断すれば自分も含まれるんじゃないか、とドキドキしてしまう。
「どうしよう」
困惑が口をついて出るが、やるべきことは待ってくれない。
それは当然、目の前の二足歩行の鹿を倒すことだ。
「風波斬」
「つ、強すぎる」
一刀で斬り伏せた鹿が、貧相な感想とともに退場した。
その間も、竜滅槍の勢いは衰えていない。
トカゲの親分を倒してからこっち、おれが始末した敵の数より、竜滅槍が屠ったほうが断然多い。
労せずに二倍以上の戦果をあげているのだから、まさに竜滅槍様様だ。
おかげで、戦闘の終わりも見えてきた。
「でりゃ!」
最後のモンスターを斬り伏せ、戦いは終わった。
被害も大きいが、生き残った村人も大勢いる。
死体の処理など残された作業はあるが、村民に丸投げさせてもらう。
おれには、早急にやらねばならないことがあるのだ。
「本当に助かった。ありがとう」
褒めてほしそうに明滅している竜滅槍を抱え、撫でることだ。
「おっ!? おっ!? おおっ!?」
竜滅槍が活きのいい魚のように、腕の中でビチビチ揺れる。
(気に入られたのかな? でもこいつ、さっきまでおれを殺そうとしてたよね? 大丈夫? 信じていいの?)
愛情や信頼より先に、疑心と疑念が沸き上がる。
(ダメだ。こんなことを思ってはイカン)
昔はどうあれ、いまは尽くしてくれているのだ。
(信じよう。竜滅槍は、決して裏切らない)
その思いにウソはないが……
「お願いだから、後ろから刺さないでね」
そう言わずにはいられなかった。
一際紅く光る竜滅槍は、了解! と告げている気がした。
(うん。いまなら大丈夫だ。竜滅槍を信じられる!)
自分でもチョロいと思うが、確信めいたモノが胸に宿った。
「よし。んじゃ、探しに行くか」
竜滅槍を従え、おれは移動した。
「おっ!? いたいた」
目的の人物は、すぐに見つかった。
激しい戦闘で疲弊しているだろうに、事後処理の陣頭指揮を執っている。
「きみは……助かった。心から礼を言う」
おれに気づき、甲冑騎士が深く頭を下げた。
律儀な男であり、好感が持てる。
「気にしないでくれよ。それと、忙しいところ申し訳ないが、少しだけ話してもいいかな」
「みんな、すまないが少しだけ離れる」
「お任せください」
「ああ、よろしく頼む。では、村長のところに案内しよう」
おれは甲冑騎士と話すつもりだったのだが、彼はそう思わなかったようだ。
颯爽と歩いていってしまった。
(呼び止めるのも悪いし、そこで話せるなら問題ねえか)
甲冑騎士を追った。
村の外れに、一張の大きなテントが設営されていた。
「村長。村の恩人をお連れした」
甲冑騎士に続いて中に入ると、そこには地べたに座る一人の老人と、脇に立つ二人の若い女性がいた。
「此度の働き、誠にありがとうございます。勇者様」
老人が額を付けて感謝する。
ちなみに、それはおれにむけられたものではない。
老人の身体は、真っすぐに甲冑騎士にむけられている。
「勇者?」
「ははっ、これは恥ずかしい言葉を聞かれてしまったな。気にしないでくれ。おれは勇者じゃない」
甲冑騎士は否定するが、本当にそうだろうか?
ベイルより、よっぽど勇者っぽい気がする。
(…………思い違いかな?)
この世界で最初に出会った強者だったゆえ、おれはベイルが勇者であることを疑っていなかった。
本人も自分は勇者だと宣言していたし、それに違わぬ実力も保持していた。
だが、もし万が一それがウソであるのなら、話は変わってくる。
(ベイルはなんのためにそんなウソをついた? 酒池肉林を味わうためか?)
前日のワァーンとの接しかたを思い出せば、ありえない話ではない。
しかし、それをするために、『森の迷宮』と呼ばれている場所に立ち入るだろうか。
(ありえなくはないな)
外界と接点の少ない森の中なら、相手を騙すのは簡単だ。
ベイルほどの実力があれば、信憑性も増すだろう。
しかし、おれにはそれが博打に思えてならない。
前提として、『森の迷宮』内で無事に村にたどり着くかもわからないし、そこに自分好みの女性がいるかどうかは、知りようがない。
おれならそんな博打はせず、森の外で出会いを探す。
そのほうが手っ取り早いし、確実だ。
(いや、待てよ。そもそも論として、勇者ってなんだ?)
おれの中に、素朴な疑問が浮かんだ。
「村長、彼は勇者で間違いないのかな?」
「はい。勇者様です」
両隣りの女性もうなずいている。
「証拠はあるの?」
「古の伝えを全うできるのが、その証拠です」
「六本のご神木を護るのが各村の使命ではあるが、その使命に縛られることなかれ。我らが倒れしとき、勇者降臨し災厄を沈めるであろう、ってやつかな」
「貴方様もご存じでしたか。はい。まさしく、その通りです」
「村長。お言葉を返すようで申し訳ないが、おれにそんな力はありませんよ。その証拠に、彼が来てくれなければ、この一の村ですら守り切れなかった」
甲冑騎士の言葉は間違っていない。
おれが参戦しなければ、一の村は滅んでいただろう。
けど、それは守るものがあったからだ。
村民を筆頭に、家や食料などを含めた生活を守ろうとしたから、むずかしかった。
もし仮に敵の殲滅だけを目標にしていれば、遂行も可能だったはずだ。
思ったことを口にし、訊いてみた。
「それは、負けるよりも恥ずべきことだ」
甲冑騎士の答えは、実にシンプルだ。
「すべてにおいて捨てるのは簡単だが、拾うのはむずかしい。それが人の命なら、なおさらだ」
付け足された言葉が、男前すぎる。
(これはもう、甲冑騎士が勇者で間違いないな)
根拠やなんやは二の次だ。
そう認めざるをえない。
それに、彼ならだれも文句を言わない。
「おれは次の襲撃に備えなければいけないので、これで失礼する」
多くを語らず、甲冑騎士がテントを出ていった。
その後ろ姿は、やはり男前だった。
けど、解せないこともある。
「次の襲撃って、そんなのないだろ」
思わず漏れた言葉を、
『次の襲撃は、あります!』
二人の女性が声を揃えて否定した。
「マジで?」
村長も含め、三人が首肯する。
確信しているようだが、にわかには信じがたい。
(いくらなんでも、モンスターの数が多すぎるよな)
この世界に来て間がないおれが倒したのだけでも相当な数だし、ベイルや甲冑騎士の積み重ねたモノを足せば、数千はくだらない。
モンスターの総数が幾ばくかは知れないが、正直これが続くとは思えなかった。
けど、彼らがウソを言っていないことはわかる。
瞳の奥に、恐怖が見えるのだ。
襲撃が終わっていないと確信しているからこそ、それが消えていないのだろう。
「やつらはご神木を狙っています。ですから、必ず来ます」
「他の村で成果を上げ、やつらは高揚しています。自重する理由がありません」
「それどころか、力を増している今こそが、そのときなのです」
村長と侍女たちの答えは簡潔であり、一切の迷いを感じない。
前の二つは理解できるし、説得力もある。
モンスターの狙いはご神木であり、六の村や三の村のそれが倒木できたので、勢いに乗っている、ということだろう。
しかし、三人目の言葉がわからない。
力を増しているとは、どういうことだろうか。
「やつらは、竜神様の結界によって、その力を抑制されていました。その結界が破損したことにより、本来の力を取り戻しつつあるのです」
(なるほど)
おれとベイルが六の村のご神木を倒したため、モンスターの力が上がった。
その結果、いままでは対等に戦えていたモンスター軍に圧され、三の村のご神木も倒されてしまい、さらなるパワーアップを許してしまった、ということのようだ。
……だとしたら、これはおれとベイルに責任がある。
「ごめんなさい」
おれは素直に謝った。
「お気になさることはありません。我々は、むしろ感謝しているのです。永きに亘る呪いから、解放されたのですから」
「呪い?」
「そうです。竜神の呪いです」
……思考が追い付かない。
(いま、村長は竜神の呪い、って言ったよな? えっ!? 竜神って神様じゃないの? それとも、神様が呪いをかけたってこと?)
次々に疑問が湧き上がってくる。
(ダメだ)
わからないことが多すぎる。
夢で逢った神様は、ここに来れば疑問が解消されると言ったが、謎はさらに深まってしまった。
しかし、幸いにして疑問に答えてくれそうな村長もいる。
焦らず、一つずつ解決していこう。
「竜神の呪い?」
三人がうなずいた。
どうやら、聞き間違いではないらしい。
「竜神って、この森に結界を張った竜の神様と同一体?」
「もちろんです! この世界に降り立った神は、この森の竜神様以外存在しません!」
強い口調で村長に断言された。
そこには、怒気が含まれているような気がする。
「なら、神様が呪いをかけたってこと?」
「そうではない……かもしれません」
尻すぼみに語気は弱くなったが、否定の言葉であることに違いはなかった。
「しかし、ご神木と共に歩んだ我らの歴史は、呪いそのものです。護れと告げられたから、護ってきたのです。なのに、護るべき樹に生活を寄せれば、離れていってしまう」
村長の声は悲しみに沈んでいる。
ご神木を中心に村を作ることは、樹が嫌う。
それは、六の村の村長も言っていた。
(なら、呪いとはなんだ?)
「初めはそれでもよかったのです。陰日向にあることで、我々も救われてきました。けど、ある日気づいた者がいるのです。モンスターは必ず村を襲うと。当然それ自体に不思議はありません。ですが、モンスターたちの進路上にご神木があったときでも、それを無視して村を襲うのです。それでは、話が違います」
それはそうだ。
モンスターはご神木を倒して魔王を復活させるのが目的で、人はそれを阻止せんがために戦う。
それが基本線であり、双方の根幹でもある。
それが崩れてしまうとなれば……
「我々はご神木を護るために戦うのではなく、自らを護るために戦っているのです」
(苦しいな)
いつ、どこから来るかわからない敵襲に備えるというのは、緊張が途切れないということだ。
「敗走し、村を捨てたこともありました。傷ついた体にムチ打ち、新たな集落を築き、平穏に暮らすことを望んだこともあります。ですが、気づけばご神木は側にあるのです。そこにあるのが当たり前であるように、我らの傍らに居続け、モンスターを呼び寄せるのです」
一時的な退却は許すが、戦場からの退避は認めない。
唯一の例外は、死んだときだけ。
三の村がそれを証明している。
「これを呪いと言わず、なんと言いましょう」
目に一杯の涙を浮かべ、村長が悔しそうに唇を噛んだ。
わからないでもない。
彼らはずっと、安寧のない暮らしを強いられてきたのだ。
「敵襲だ!」
外から甲冑騎士の叫びが聞こえた。
残念ながら、呪いはまだ続くらしい。