表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/339

39話 勇者対トカゲの親分

「はあはあ、あり……がとう」


 助けた村人は息も絶え絶えで、言い終わると同時に倒れた。

 安全な場所まで運んでやりたいが、村にそんな場所はない。

 当の昔に戦線は崩れ、いまや村に入り込んだモンスターが暴れている。

 村の外まで運んでもいいが、前線を離れるのは本末転倒であり、村の壊滅が早まるだけだ。

 できること、優先すべきことは、一秒でも早く戦闘を終わらせ、一人でも犠牲を減らすことだ。


「悪いけど、自力で逃げてもらえるか?」


 村人が小さくこぶしを振り挙げた。


(ガッツマンだね)


 これなら大丈夫かもしれない。

 後ろ髪引かれながらも、おれはその場を離れた。


「でりゃ!」


 剣を振るうのは、甲冑騎士と出来るだけ距離を取った場所で。

 示し合わせたわけではないが、おれの参戦に気づいた甲冑騎士が、そう動いている。


(ありがたい)


 互いの守備範囲が重ならなければ、より広範囲をカバーできる。

 モンスターの数は多いが、これならどうにかなるだろう。


「貴様の相手は、我らがいたす」


 二足歩行のトカゲの親分みたいなモンスターが、おれの前に立ちはだかった。

 手にしている三叉の青い槍が印象的だ。

 他に身につけているのが革の鎧だけだから、余計にそう思える。


竜滅槍(りゅうめつそう)が、貴様を屠る」


 頭上で大きく旋回させた後、右手左手と交互に持ち替えグルグル回す。

 槍術というよりは、バトントワリングを見せられている感覚に近い。

 美技であるし鑑賞にも耐えうるが、いまは一分一秒が貴重だ。


「風波斬」


 おれが放った一撃に、トカゲの親分が反応した様子はなかった。

 上機嫌に槍と尻尾をくるくる回している。

 登場こそ勇ましかったが、退場は無様になりそうだ。


(んん!?)


 竜滅槍が紅く光った。


「無様なり。そして」


 トカゲの親分が右手に持った竜滅槍を頭上に掲げ、左手を開いた状態で前に突き出した。

 まるで、歌舞伎の見得のような仕草である。


「あぁ~破れたり、風波斬」


 キリッと表情を決め、トカゲの親分が竜滅槍を突き出した。

 ドンッと大気がぶつかるような音がし、風波斬は消滅した。


(侮っちゃいけない相手みたいだな)


 時間は惜しいが、トカゲの親分に集中しよう。

 でなければ、足をすくわれる。

 まずは観察だ。


「貴様が屠りし同胞たちの無念。あ~っ、我らが晴らしてくれようぞぉ」


 セリフもそうだが、所作が芝居臭い。


「己が犯した罪の重さ、あぁ~、知るがよし」


 口上とともに、トカゲの親分が動いた。

 速くはないが、それに惑わされてはいけない。

 おれは黒い人との戦いで、それを学んでいる。


「てえぇぇい、やぁぁぁぁぁ」


 繰り出された攻撃は大したことなかった。

 両手で握った竜滅槍を、単調に突き出しているだけだ。


「歌舞伎のクセが強い」


 ツッコミながら、剣で弾いた。


「まぁだ。まだぁ」


 二撃目三撃目と立て続けに打ち込まれるが、脅威は感じなかった。


(これなら問題ねえな)


 切先を弾いたおれは、カウンターを取るように剣を薙いだ。

 イメージでは胴体を真っ二つに出来るはずだったが、紅く光る竜滅槍できっちり受け止められた。


「今度はこちらからゆくぞ! くらえ! 竜滅砲ぉ」


 竜滅槍の紅が濃くなり、震えた。

 手に伝わるそれでわかる。


(ヤバイやつだ!)


 溢れ出る冷や汗も、危険を告げている。


「でりゃ!」


 おれは力任せに、竜滅槍を上に弾いた。

 瞬間、切っ先から放たれた竜滅砲が空を(つんざ)き、射線上の雲を消した。

 遅れて大気が震え、周囲の樹々の木の葉を散らす。

 万が一命中していれば、一の村は消し飛び、ご神木も耐えられなかったろう。

 当然、味方にも被害が出ていたはずだ。


(とんでもねえ技を使いやがったな)


 竜滅槍も青ざめている。

 正直、正気を疑うレベルだ。


「いやいや、それはまずいであろう」


 トカゲの親分が大きく目を見開き、そんなことをつぶやいた。


「まずいだろうって、お前がやったことじゃねえか」

「我ではない。やったのは竜滅槍だ」

「だからお前だろうが」

「我の言葉を理解できん馬鹿者が。これだから下等な人間は嫌いなのだ」


 トカゲの親分の顔が紅くなるのに呼応し、竜滅槍も再び紅みをおびた。


「させるかよ」


 竜滅砲を撃たせるわけにはいかない。

 今度も上手く上空に弾けるとはかぎらないし、直撃したらさようならだ。

 脅威は未然に防ぐのが一番である。


「うおちょちょちょ」


 驚いているような気合いの声を発しながら、トカゲの親分が竜滅層を繰り出す。

 視線も泳いでいて気になるが、それどころではない。

 さっきまでの素人槍術がウソのように、鋭い連撃が迫りくる。

 槍の特性を十二分に理解し、技術を体得していなければ、こうはならない。


「うおちょちょちょ」


 おれの口から、トカゲの親分と寸分違わぬ奇声が漏れる。

 直撃こそ受けていないが、避けたり弾いたりするのがやっとだ。


(ヤバイ)


 このままでは、押し切られてしまう。

 というより、いま竜滅砲を撃たれたら、一巻の終わりだ。


「とぉぉりゃぁぁぁ」


 トカゲの親分の気合いがこだまし、竜滅槍のおびる紅が増す。

 これは本格的にマズイ。

 どうにかしなければいけないが、どうすればいいのかわからない。


「後ろに下がれ!」


 だれが言ったのかも正否もわからないが、おれはその声に従った。


「逃がさんぞぉ」


 飛び退いたおれを追撃しようと、トカゲの親分が竜滅槍をさらに伸ばしてくる。


「ちょおちょちょ、ストップ! あっ、ストップだぁ」


 思いのほか距離があったのか、トカゲの親分がたたらを踏んだ。

 カッカッカッ、と紅い光りを明滅させる竜滅槍。

 まるで、抗議しているようだ。


 ……


 わかった気がする。


「貴様の相手は、我らがいたす」

「竜滅槍が、貴様を屠る」


 トカゲの親分はそう言っていた。

 その言葉に、偽りはなかったのだ。


(たぶん、竜滅槍には自我があるんだな)


 紅く光ったときは、竜滅槍の意思で動いているのだ。


「でりゃあぁぁぁぁぁ!」


 両手で剣を振りかぶり、全力で打ち下ろした。


「なんのぉ」


 紅くなった竜滅槍が迎え撃つ。

 ガキッ、という音を立て、両者がぶつかった。

 これでいい。

 後は、自分の剣もろとも、地面に突き刺さるように叩きつけるだけだ。


「うりゃあぁぁぁぁぁ!」


 腕力勝負なら、おれに分がある。


 ザクッ


 狙い通り、おれの剣と竜滅槍を地面に突き刺すことに成功した。

 数秒かもしれないが、動きを封じた。


「おりゃあぁぁぁぁ!」


 柄を離し、おれはトカゲの親分を殴り飛ばす。


「ぐへっ」


 情けない声を上げて仰向けに倒れたトカゲの親分に馬乗りになり、容赦なく拳を振り下ろす。


「まだまだ」


 二発三発と重ねていく。


「ちょ、ちょいと待つのだ……イダイイダイ。ダメ。ちょ、ちょ待てよ。いや、ちょっと待って。お願い」


 待つわけがない。

 勝機はいましかないのだ。

 弱い者イジメに心が痛まないわけではないが、それはそれだ。

 ときとして、非情にならなければいけないときもある。

 自己弁護感が半端ないが、やらなければいけないのも、また事実だ。


「た、助けて。竜滅槍」


 トカゲの親分の懇願に、おれの後ろで金属音が鳴った。

 ということは、竜滅槍が動き出したのだ。

 これを知るために、おれは自分の剣も手放したのだ。

 竜滅槍はおれにむかってくるだろうから、このままの体勢でいるわけにはいかない。


「とう!」


 おれはトカゲの親分から離れた。


 ドスッ


 竜滅槍が、トカゲの親分の腹を串刺しにした。


「痛い」


 それが最後の言葉だった。

 刺さっている箇所は、おれがいた場所。

 竜滅槍は、トカゲの親分を救おうとしたんだと思う。

 勝ちはしたが、なんとも言えない気持ちになってしまった。


(って、イカンイカン。感傷に浸っている場合じゃないよな)


 戦線に戻らねばならない。

 剣を拾い、おれはその場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ