38話 勇者と甲冑騎士
寝覚めは最悪だった。
左肩を筆頭に、体中が痛い。
けど、気持ちは軽かった。
やるべきことが決まったからだ。
「起きたら一の村に行ってみるといい。そこで真実の一端を知れるはずだ」
夢で逢った神様は、そう言っていた。
夢の中の出来事と一蹴することもできるが、そうできない理由もある。
ベッドサイドに、真新しい服が用意されていた。
見た目は白の七分丈のTシャツと、グレーのチノパン。
これは、昨日までなかった。
「新しい服を用意しておいたから、それを着ていくといいのさ」
神様が去り際に残した言葉がよみがえる。
(う~ん)
神様の贈り物だから大丈夫だとは思うが、そでを通すには勇気がいる。
あの二面性を見せられているだけに、なんらかの細工が施されていても不思議ではない。
けど、鑑定スキルを保有していないおれでは探りようがないし、持っていたとしても発見できるとはかぎらない。
夢の中で証明されたように、おれと神様の実力差は天と地だ。
「まあ、成るようにしか成らねえか」
万全を期すなら着ないのが正解だが、汚れや破れが目立つ服はみすぼらしい。
「人間第一印象は大事だしな」
これからむかう一の村で不審者扱いされないためにも、身なりは重要だ。
「よし。着替えるか」
おれは勇気をもって、神様がくれた服に袖を通した。
「ありがとうございました」
家主のいない住宅に頭を下げ、おれは外に出た。
広がる光景に変わりはない。
点々と村人の死体が横たわっているままだ。
「申し訳ありませんが、行かせてもらいます」
深く頭を下げた。
これは、なにもせず三の村を出ていく罪悪感を減らしたかっただけであり、自己満足にほかならない。
後ろ髪を引かれる思いを抱いたまま、おれは森に入った。
「これか」
やはり、神様はいるようだ。
夢や幻の類ではなく、ちゃんと存在する。
森に浮かぶ金色の矢印が、そう確信させた。
しかも、おれが一歩進むと、矢印も同じだけ進む。
これが本当に一の村を指しているのかは謎だが、信じるしかない。
「出たとこ勝負だな」
腹を決め、おれは矢印を追いかけた。
矢印に導かれた結果、きちんと村に着いた。
問題があるとすれば、ここが一の村なのかどうか、ということと……話を聞ける雰囲気ではないことだ。
大量のモンスターと、村人が戦っている。
「総員突撃! 押し込むのだ!」
「女子供を逃がせ! 男衆よ。全力で持ち堪えよ!」
双方の指揮官の声が響き渡る。
モンスターのほうは意気高揚し、村人たちは意気阻喪寸前だ。
理解はできる。
貧相な装備で戦う村の男衆は、これまでと大差ない。
実力も、ほかの村と似たり寄ったりだ。
一対多数なら拮抗できるものの、圧倒的な数の暴力の前では、戦線を維持することすら難しい。
いつ瓦解しても不思議ではないが、そうならない理由があった。
村人の中に、西洋甲冑を纏った武人がいるのだ。
彼だけはモンスターの力を遥かに上回っており、八面六臂の大活躍をしている。
「負傷者は下がれ! 生存が最優先だ!」
「それでは村が……」
「安心しろ! おれが立っているかぎり、村が滅ぶことはない!」
戦場を去ることに二の足を踏む村人たちを叱責することなく、甲冑騎士は背中を見せる。
実際より大きく見えたそれは、安心感の塊でもあった。
「すまん」
涙ながらに、負傷者が後方に退いていく。
その姿を見送ることなく、甲冑騎士は最前線に立ち剣を振るい続けている。
肩書は違うかもしれないが、その姿は勇ましき者であり、勇者と呼ぶに相応しかった。
彼がいなければ、とうに村は壊滅していただろう。
「これも利用されてるのかね? 神様よ」
答えはない。
なら、自分で判断しよう。
(彼を死なせたくないな)
加勢する理由は、それで充分だ。
剣を抜き、おれはモンスターの軍勢に飛び込んだ。
「でりゃ!」
クマみたいなモンスターを斬った。
(んん!?)
あっさり倒せたが、違和感を覚える。
このタイプのモンスターと対峙したのは、初めてではない。
何度も葬ってきた。
クマっぽいだけで別個体なのかもしれないが、それでもおかしい。
(硬い気がするんだよな)
なにが? と訊かれれば、手ごたえがあるのだ。
漆黒の三連星や黒い人を筆頭に、指揮官クラスの魔物たちにはそれがあった。
しかし、雑魚相手にそれを感じたことはない。
あったとしても、豆腐を切るぐらいの手ごたえだった。
この違いはあきらかであり、無視していいものじゃない。
クマ型にこだわらず、サル、モグラ、ライオンっぽいのを片っ端から斬っていく。
(やっぱ、全員カテェ!)
ということは、いままでの指揮官レベルのモンスターが雑魚で、ここを率いているヤツは、それより上ということになる。
(戦力差がヒデェな)
指揮官を討ちモンスター軍を混乱させようと思っていたが、それをする前に、村が壊滅する可能性が高い。
おれの参戦で多少改善はされてはいるが、いまなお負傷者が出続けている戦況は、悪化の一途を辿っている。
(しゃ~ねえけど、方針を変えるしかねえか)
村人の救済。
それが最優先だ。
風波斬で広範囲を薙ぎ払うのが一番簡単だが、村人に被害が出る可能性もある。
(地道にやるしかねえんだよな)
ネイと対峙した昨日も思ったが、他の技がないというのは不便だ。
多勢に無勢は経験済みだしなんとでもなるが、そこに守る者が加わるだけで、手詰まり感が出てしまう。
(これは由々しき問題だな。よし。今度、人知れず練習しよう)
ゲームや漫画で得た知識を活用すれば、それなりのモノが出来るはずだ。
そのためにも、現状を変える努力をしよう。
「でりゃりゃりゃりゃりゃ」
おれは必死に、モンスターを屠り続けた。