37話 勇者は夢で神様と出会う
三の村をくまなく捜索したが、生存者はいなかった。
皆殺しにあったようで、そこかしこに血だまりが浮いている。
家もほとんどが倒壊していて、ひどいありさまだ。
「ご神木も……無理だろうな」
半ば諦め、そこにむかう。
迷うことはない。
村内から血が矢印のように連なっている箇所があり、その先にご神木があるはずだ。
(あった)
けど、根元からへし折られている。
ただ不思議なことに、村人の死骸はなかった。
出血の量からいって、九死に一生を得たとは考えにくい。
(んん!?)
そういえば、村で見た死体も少なかった気がする。
「やっぱり」
戻って確認したが、あきらかに足りない。
ということは、生き延びた者がいるはずだ。
「お~い、助けに来たぞ~! だれかいるなら返事をしてくれ!」
村内を捜索しながら、声掛けも行った。
けど、だれもいないし、反応もない。
血だまりが村の中にしかないことを考慮すれば、村外に避難したとも考えづらい。
万が一逃げ延びた者がいたとしても、その者は無傷、もしくは軽傷であり、戻ってくることはないだろう。
「ふううぅ」
ため息が漏れた。
こうなってしまったら、どうすることもできない。
村人から話も聞けないし、六の村に戻ることも叶わない。
死んだ者たちを弔うにしても、一人で作業するには多すぎる。
「どうしたもんかな」
髪を掻きながら、おれは途方に暮れた。
手詰まりではないが、すぐに動き出せるほど気楽でもない。
村と自分の置かれた惨状に、心が沈んでしまった。
足が重い。
墓荒らしのようで気は進まないが、三の村で休ませてもらおう。
歩き回った際に、比較的無事だった一軒家を見つけている。
おれは備蓄の食糧を頂戴し、お湯を沸かして左肩を洗った。
汗と土で汚れたまま、傷を放置するのは良くないからだ。
消毒液などないので、応急措置としてアルコール度数の高い酒で代用する。
清潔な布を患部に巻き付け、後は膿んだりしないことを願うのみ。
「イデデデデ」
傷が痛む。
「ったく、勘弁してくれよ」
現状打破を試みて三の村まで来たが、得られるものは一つもなかった。
正直、ままならないことが多すぎる。
「どうしたもんかな」
言葉にしてみたところで、どうにもならない。
食事や傷の処置などをしているうちに、日が暮れてしまった。
道に迷うこともそうだが、モンスター群に出くわす可能性を考慮すれば、夜の森に入るのは得策ではない。
「すみませんが、ベッドをお借りします」
家主はいないが、おれは頭を下げてから横になった。
「る~るる。るるる。る~るる。るるるる~る~る~る~る~」
聞き覚えのある曲だ。
けど、眠りを妨げるのはやめてもらいたい。
「る~るる。るるる。る~るる。るるるる~る~る~る~る~」
(ヤバイ。エンドレスだ。たぶん、起きるまで続くぞ、これ)
「る~るる」
「わかったよ。もういいよ」
おれは布団から身を起こした。
「おおっ!?」
そこは真っ白な世界だった。
三の村で寝ていたはずだが、いつの間にかベッドも消え去り、立っている。
「いらっしゃい。神様の部屋にようこそ」
キングサイズのソファーに腰を深く沈める超絶美男子が、この部屋の主らしい。
銀髪碧眼で、白い陶器のように艶やかな肌をしている。
それを包んでいるのは、サラフィネと同じような神官着。
違いがあるとすれば、サラフィネのようにオーバーサイズではなく、体にフィットしたものを着ていること。
ただそのおかげで、彼の身体が分厚い筋肉で覆われていることがわかり、性別を判断できた。
「どうしたんだい? そんなにじっと見つめても、僕は抱けないのさ」
「寝ていいかな」
「駄・目・な・の・さ」
右手と左手の人差し指を交差させ、神様が小さなバツを作った。
(ああもう)
これだけでわかる。
こいつも、面倒臭いやつだ。
「とは言っても、そんなに時間をかける気もないのさ。なんたって、僕は神様だからね。忙しいのさぁ。あ~っはっはっはっ」
ミュージカルのように手と足を大きく動かす様は、ただただウザイ。
文句の一つも言ってやりたいところだが、おれは口をつぐんだ。
指摘すれば話が長くなるのは、火を見るよりあきらかだ。
「あ~っはっはっはっはっ。あ~っはっはっはっはっ」
(ダメだな)
相手をしないと、延々と続けるタイプだ。
「笑ってないで、さっさと要件を話してくださいよ」
「君は利用されているのさ」
わけのわからないボケがくると思っていたから、驚いた。
「誰に、とは聞かなくても大丈夫だろうね。容疑者は数人しかいないのさぁ。あ~っはっはっはっ」
その通りだ。
この世界で関わった人間は、ごく少数しかいない。
「ただ、君を利用する者たちにも大義がある。それを考慮してほしいのさ」
「許せってことですか?」
「いいや、違うのさ」
神様はかぶりを振り、話を続ける。
「許せ。なんて口が裂けても言わないのさ。僕が言いたいのは、それぞれに理由と目的があるということさ。もちろん、君も例外じゃないのさ」
魂のカケラを集め、そのついでに大魔王を倒すこと。
それが、この異世界に関わる大前提だ。
(けど、なに一つ進んでねえな)
事実にビックリする。
「僕は神様として、それぞれの願いを尊重したいのさぁ。けど、神様であるが故、それが難しいであろうことも、予想できてしまうのさ」
まなじりが下がっているから、それは嘆き……なのだろう。
けど、その声は弾んでいる。
「最悪、だれも得をしないバッドエンドに行きつくこともあるだろうさ」
口角も上がっている。
これを笑みでないと判断するやつは、そう多くない。
少なくともおれには、そうなったらそうなったで面白そうだ、と思っているように見える。
「だけど、それはあまりに可哀そうなのさ。だから忙しい合間を縫って、こうして助言に参ったのさぁ。ああ、感謝はいらないのさ。当然のことをしているだけだからさぁ。あ~っはっはっはっ」
芝居臭さに拍車がかかる。
その挙動は不快であったが、おれはなにも言えなかった。
無視したほうが話が早く進む、からではない。
ヘビににらまれたカエルのように、身動きが取れなかった。
「ああ、君は安心していいのさ。僕がわざわざ、アドバイスに来たくらいだからさぁ。君だけは死なないように、導いてあげるさぁ」
ほっ、となどできない。
意思に反して、全身が小刻みに震える。
精神的圧力が半端ない。
「いいね! さすがは女神に選ばれた勇者なのさぁ。それでこそ、導きがいがあるってものさぁ」
神様は表情をキラキラと輝かせている。
「サ、サラフィ、フィネを知、知っているののか?」
奥歯がカチカチと噛み合い、うまく言葉が出てこない。
「そうだね。知っていると言えば知っているけど、知らないと言えば知らないのさぁ。おおっと、納得出来ないだろうから補足すると、サラフィネという女神が存在していることは知っているのさぁ。けど、深い交流はないのさぁ」
深くない交流ならあるのだろうか。
「神界ですれ違ったことぐらいはあるかもしれないから、交流がないとは言い切れないのさ」
おれの思考は完ぺきに読まれている。
「僕は神様だからね。言葉に責任を持たなくちゃいけないのさぁ。曖昧な言い方で申し訳ないが、そこはよしなに頼むのさぁ、ってことなのさぁ。おおっと、いけないのさぁ。こんな無駄話をしている時間はないから、改めて君に告げるのさぁ」
天を仰ぎ見た神様から、笑顔が消えた。
「君は利用されている。そうなれば当然、貧乏くじを引くのは君だ。それをよしとするかどうかは君次第だが、僕としては、もう少しだけ利用されてほしい。そうすることで、君に利がないわけじゃないからね。その証拠として、起きたら一の村に行ってみるといい。そこで、真実の一端が知れるはずだ」
ものすごく落ち着いた語り口だ。
たぶん、こちらが素なのだろう。
「それは邪推なのさぁ」
自称神様がニコッと笑った。
付き合いの短いおれでもわかるのだから、だれが見ても明白だ。
あれは絶対に、作り笑いである。
「どうあっても信じてくれないんだね」
神様は両手を高く突き上げてから、自分を抱くように肩に腕を回す。
「僕は悲しいのさ!」
極めつけが、流れてもいない涙を大げさに拭い去る仕草だ。
サラフィネにも言えることだが、神を名乗る者は偏屈、もしくは変人じゃなければいけないのだろうか。
「こうするには理由があるのさぁ」
(どんな?)
「真面目に振る舞ったら、君が勘違いするかもしれないだろ? 僕を竜神だ、ってさ」
その可能性は大いにあった。
なにせこのタイミングで現れ、助言を残すのだ。
そう思っても、なんら不思議はない。
「嫌なのさ。あんな力のない底辺神と間違われるのはさぁ」
声のトーンが高い。
本人はポップにしているつもりなのだろうが、言葉の棘が剥き出しだ。
「こればっかりは仕方がないのさ。竜神と僕では位が違いすぎるのさ。解り易く言えば、いまの君と僕ぐらい差があるのさぁ」
左腕に激痛が走った。
見れば、骨が覗くほど二の腕が深く斬れている。
なにが起きたのかはわからないが、やったのは神様で間違いない。
(これが力の差か)
「違うのさ」
神様がフラメンコダンサーのように手を叩いた。
音に反応し視線を移したのは一瞬。
その一瞬で、二の腕は治っていた。
「僕と君の差は、見えないのさ」
その差は歴然だ。
殺そうと思えば、いつでも簡単にできる。
「否定はしないのさ。けど、それをしても意味がないのさ。僕は無意味なことはしたくないし、するならこんな無駄な時間は使わないのさぁ。出会って一秒でキルさ」
神様がキリッと表情を引き締め、斜めに手刀を斬った。
痛みはないし、斬られた様子もない。
「君はダメなのさ! 最後の出会って一秒でキルさは、英語の『Kill』と『斬る』がかかったダブルミーニングなのさ! ちゃんとツッコンでくれなきゃ困るのさぁ! プンプン」
「わかるか!」
「ふふん。今度はちゃんとツッコめたのさ」
神様は満足げだ。
『干渉限界が近づいています』
無機質なアナウンスが響き渡った。
「おおっとイカンのさぁ。これは本当に無駄な時間を使っている暇はないのさぁ。まあ、君が僕を信じるかどうかは任せるけど、一の村への道がわからない君でも迷わず行けるように、目印だけは付けておいたからさ。気が向いたら行ってくるといいのさぁ。それと、新しい服を用意しておいたから、それを着ていくといいのさ」
神様が消えた。
「る~るる。るるる。る~るる。るるるる~る~る~る~る~」
テーマソングを歌いながら。