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36話 勇者は怒りに目覚める

 左肩が熱を持ち、ジンジンしている。

 痛いは痛いが、ダメージを受けたのが利き手じゃなくてよかった。

 もしそうだったら、おれのスペックは大幅に落ちていた。

 これまでの戦闘で苦労しなかったのはその差が大きかったからであり、その優位性が損なわれれば、正反対のことが起きる。


(地球にいたおれは、殺陣すらしたことはねえんだからよ)


 当然、苦境に陥ったときの引き出しなど、あるわけがない。

 戦闘も例外ではなく、経験がモノを言うようだ。


(人生すべてに共通することだけど、経験は宝だな)


 一つ利口になったが、出来ればこんな経験はしたくなかった。


(痛いんだもの)


 ただ、ここでやめるわけにはいかない。

 というより、この状況で途中退場は許されない。

 それが認められるとすれば、おれが死んだときだけだ。


(あ~、ヤダヤダ)


 こんな異世界(ところ)で最後を迎えるのもそうだが、


「今度は布団の上で死んでやる!」


 という思いが強い。

 自宅でも病院でもかまわないから、安らかな幕引きをしたいのだ。


(そのためには、短期決戦にするしかねえな)


 動けば動くほど出血は多くなるし、集中力も薄れていく。

 差し当たってやることは、黒い人とネイの討伐だ。

 どういうわけか、黒い人と戦い始めてから、周りの雑魚が動きを止めた。

 奇襲を伺っているような雰囲気もあるが、実行に移すモンスターは皆無だ。


(まだ、ツキはあるな)


 肩が痛くて全力集中できないが、やるしかない。


「風波斬」

「ケアアアア」


 黒い人に放ったそれは、ネイによって相殺された。


「風波斬! 斬!」

「ケアアアアアアアア」


 二連撃にしてもダメだ。

 ネイが巻き起こす強烈なつむじ風が、風波斬をかき消してしまう。


「ていていてい」

「ケアアアアアアアアアアアアアア」


 三度目も同じだ。

 これで間違いない。

 正面から撃っても、風波斬が届くことはない。

 当てるなら、一工夫が必要だ。


(さて、どうしたもんかな)


 悩みたいところだが、その時間も余裕はない。

 なにせ、攻撃手段は風波斬と近接戦闘しかないのだ。

 しかも、風波斬にはきっちりと対応されている。

 おれが選べる選択肢は、必然的に近接戦闘しか残されていない。


(左肩はイテェけど、がんばるしかねえよな)


 ネイにむかった走った。

 距離が詰まっても、動く気配がない。

 おれの動きを認識できていないわけではなさそうだが、微動だにしなかった。

 黒ずくめも落ち着き払っていて、剣を構える素振りすらない。

 嫌な予感がする。


「くっ」


 おれは踏ん張って急ブレーキをかけた。

 が、車も人も、急には停まれない。

 滑るように進むおれの目の前の地面が隆起し、マールが飛び出してきた。


「死んでないんかい!?」


 ツッコむおれに、マールが体当たりをかました。

 まともにぶつかり合えば押し負けない……と思うが、こっちは停まろうとしていたのだ。

 勢いはマールのほうがはるかに強く、おれは後方に吹き飛ばされた。


「イデデデデ」


 地面を転がり、クマっぽいモンスターの足元でようやく止まった。


「グアアアア」


 吠え、大きくて鋭い爪の生えた手が振り落とされる。


「やかましい!」


 八つ当たりも甚だしいが、おれはモンスターを斬り伏せた。


(あ~っ、イライラする)


 なぜこんなにも上手くいかないのだろうか。

 この世界に来てから、ずっっっっっとだ。


(ああっ、ストレスしかたまらねえ!)


 なぜこうなった?

 どこで間違った?

 前の世界では話すことすら許されなかったのに、あんなにスムーズに進んだではないか。


(……ああ、そうだ)


 おれが現地民との交流を求めたからだ。

 まさかとは思うが、その結果がこれなのだろうか?


(サラフィネ。教えてくれよ)


 …………

 当たり前だが、答えはない。


(わかっている。わかってるよ)


 サラフィネは異世界に干渉できないのだから、無回答は当然だ。

 しかし、「はい、そうですよね」と言えるほど寛容ではないし、「勇者だからがんばります」と言えるほどガキでもない。


(イカン。イカンぞ。負の思考に陥り始めている)


 おれはかぶりを振ってそれを否定するが、


(けど、こうなったのはサラフィネのせいだと思うんだよ)


 心の中にいるリトル清宮がそう進言した。


(ダメだ。すべてがどうでもよくなりそうだ)


 ネガティブの波が予想より高い。


(ダメだ、ダメだ。このままじゃイカン!)


 意識的にポジティブに切り替える努力をしなければ。


(おれは勇者。おれは勇者。六と三の村を守るんだ。そして、三号の行方を探るんだ。輝け! おれのピュアハート!)


 六の村にいるみんなの顔が浮かんだ。


(ああ、そうだ。あいつらは初対面でおれに石を投げてきたんだったな)


 脳裏にその光景がフラッシュバックする。


「許せない!」


 ではない。

 あれはしかたがなかった。


(そうだ。悪いことばかりじゃないよな)


 昨日の夕食や寝床はありがたかった。

 村長やワァーンも世話してくれた。


(……世話……してくれたのかな?)


 働きづめだったような気がする。


(ダメだ)


 思い出せば思い出すほど、輝こうとするピュアハートに影が差す。


(これじゃ足りない。もっとだ。おれに元気を分けてくれ! 三の村)


 なにも浮かばなかった。


(ダメだ! 三の村を見たことがねえ)


 そんなやつらのために、大ケガを負ってまで粉骨砕身とはいかない。


(ヤバイ)


 マジで六の村のためとか、三の村のためとか、心底どうでもいいような気がしてきた。


(だってあいつら、なんか隠してるじゃん。訊いても本当の事言わないじゃん)


 大体にして時間がない時間がないと急いていたが、それがそもそもの間違いなのではなかろうか?


(おれが必死にがんばんないといけない問題か? というより、おれががんばってどうにかなるのは良いことなのか?)


 本来なら、おれはこの世界にいないのだ。

 いま起こっている問題だって、こっちの世界の勇者(ベイル)が対処するのが筋である。

 なのにあいつは、ワァーンと乳繰り合っているだけで、なにもしない。


「ヤバイ! モンスターより先に、あいつを殺したい」


 込み上げる殺意。

 おれの中で、なにかが弾けた。


「ケアアアアア」

「やかましい!」


 ネイが生み出した風の刃を、一刀に切り裂いた。


「ケア!?」


 驚くネイとは対照的に、おれは確信していた。

 怒りの炎が天を突き破らんとするいまなら、イケる!


「風波斬!」

「ケアアアアア」


 四度目の激突。

 結果は、風波斬の圧勝だった。

 旋風を切り裂くだけにとどまらず、ネイも一緒に真っ二つにした。

 これまで互角だったのが、ウソのようだ。


「貴様ぁぁぁぁ! よくもわが友ネイを! 許さんぞ!」


 黒い人が涙を浮かべている。

 大切な存在だったのだろう。

 けど、謝る気はない。


(そうしたところで、許してもらえないだろうしな)

「死神灯篭!」


 刀を大上段に構え、黒い人が突っ込んでくる。

 ネイが死に、追い風による急加速は不可能だ。

 けど、油断はしない。

 まだ、味方が残っている。


「マール」


 呼びかけに答え、ミミズが黒ずくめの後を追走した。

 二人の距離が、どんどん詰まる。


(ひょっとして、ぶつかった衝撃で加速するのか?)


 当たりだった。

 ただ、ネイのときとは違い、黒い人は少しだけ痛そうに表情を歪めている。

 そんな観察が出来るぐらいに、余裕があった。

 今度こそカウンターを決めよう。


(んん!?)


 足元に微弱な振動があり、地面にひび割れが生じた。


(なんか出てくるな)


 おれが後ろに跳ぶと、マールと同種のミミズが這い出てきた。


「潰せ!」


 黒い人の命じるまま、マールがおれにむかって倒れてくる。

 地表から出ている部分は約二メートル。

 おれを下敷きにするには、十分だ。


(こいつ、おれが横に逃げたらどうすんだ?)


 興味はあるが、左右に動ける可能性もあるので、検証は行わない。

 もとより、おれには知らなきゃいけないことがある。


「マールって名前じゃないのかよ!?」


 疑問をぶつけるのと同時に根元を袈裟切りにし、蹴りを入れた。

 上下二つに分かれた胴体の上の部分が吹き飛び、頭上の脅威は消え去った。


「くらえ!」


 マールは目隠しの役割も担っていたのだろう。

 黒い人の斬撃が目前に迫っている。

 おれは剣を振り下ろしており、剣で対処することはできない。

 佐々木小次郎の燕返しのような芸当は、おれには無理だ。

 だから、後ろに跳び避けた。

 心の準備さえ出来ていれば、なんてことはない。


「馬鹿な!?」


 驚愕する黒い人に付き合う気はない。

 今度はおれの番だ。


「でりゃ!」


 剣を振るったが、黒い人は斬れなかった。

 身代わりのように間に入ってきたマールが、おれの太刀を受けたのだ。


「助かった」


 礼を言いながら距離を取る黒い人には、違和感がある。

 なぜ、マールが斬られたときは冷静なのだろうか。


(ネイのときは、泣くほど取り乱してたよな?)


 愛情に差があるのかもしれない。


(いや、違うな)


 その必要がないだけだ。

 斬られたマールが再び動き出したのを見て、納得した。

 多くのミミズは切ったら片方が死ぬのだが、種類によっては両方生きる個体もいる。

 マールはそれに近いのだ。

 斬られた分だけ家族が増えると考えるなら、悲しむ必要はどこにもない。


(マールは一杯いるんだからな)


 ただ、そうと解ればおれにも考えがある。


「でややややややや」


 手近なマールを細切れにした。

 こうすれば、目隠しにも盾にもならない。

 家族も増えて言うことなしだ。

 けど、これで終わりではない。


「風波斬!」


 前回の異世界で一度だけ放った幅広の斬撃を再現した。

 細切れになったマールと一緒に、油断していた黒い人が風波斬に飲み込まれる。


「バ、バカなぁ」


 呆気ないほど簡単に、黒い人が倒れた。

 漆黒の三連星のように生き返ったら面倒だが、いまは放っておこう。

 そうしないと、三の村に行けなくなる可能性がある。

 黒い人とネイ、マールがやられた影響で、雑魚が逃げ始めたのだ。


(マズイな)


 モンスターの群れの先に三の村がある。

 三々五々に散られたら、迷子になってしまう。

 第三者からの証言を得るためにも、是が非でも三の村に行かねばならないのだ。


(間に合えよ!)


 おれはモンスターの群れを突き進んだ。


(頼む! 在ってくれ! 三の村!)


 願いは届き、おれは無事に三の村にたどり着いた。

 けど、話を聞くことは出来そうになかった。

 なぜなら、三の村はすでに崩壊していた。


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