34話 勇者は行動を開始する
その数は、一〇〇や二〇〇では収まらない。
一〇〇〇まではいかないだろうが、それに近い可能性はある。
種類も雑多で、強そうなのから弱そうなのまで、選り取り見取りだ。
それらが樹々をなぎ倒しながら、猛烈な勢いで突き進んでいる。
(おいおいおい)
この世界に来て三度目の襲撃だが、ここまでの数は記憶にない。
せいぜい、五〇に届くか届かないかだった。
漆黒の三連星が率いていたときですら、その数に大差はなかった。
だからこそ、村民たちで対処できていたのだ。
「もう……終わりだ」
村長が現実から目をそむけるように、両手で顔を覆った。
一対一で戦える者は少なく、戦力差は比べるまでもない。
それを理解しているからこそ、このリアクションなのだ。
(マズイな)
あきらかに、モンスターの勢力が著しい。
「なんで……なんでこんなことになっちまったんだ!?」
ガタガタ震える村長から察するに、これはいままでにない緊急事態だ。
と同時に、モンスターたちが目指している場所も予測できた。
「村長。この先にある村は?」
「さ、三の村だ」
モンスターの標的はべつの村だが、村長には村の行く末が視えているのだろう。
「戦力は?」
「うちと大差ない」
なら、あの大群を捌き切るのは不可能だ。
「村長。いますぐ六の村に戻って、襲撃に備えてくれ」
「加勢に行く気か?」
そこには行っても無駄だ、という響きがある。
たしかに、力のない村人たちが行っても足手まといになるだけだ。
けど、おれ単独なら話はべつだ。
「加勢にはおれ一人で行く」
「いくらなんでも無茶だ! バカ野郎!」
村長は本気で心配してくれている。
それは雰囲気でわかった。
「安心してくれ。無駄死にする気はないよ」
おれに自殺願望はないし、出来ることをやるだけで、出来ないことまでやるつもりはさらさらない。
危なくなったら、尻尾を巻いて逃げるつもりだ。
「けど、三の村を見殺しにもできないだろ」
「それは……当たり前だ。バカ野郎」
「なら、お互い行動に移ろう。正直、この時間も惜しい」
「だめだ。おめえを無駄死にさせるわけにはいかねえ」
村長がおれを掴んで離さない。
振り解くのは簡単だが、追って来られては困る。
武器を持たない村長は足手まとい以外のなにものでもないし、守るにしても限界がある。
かつ行動を制限される点を考慮すれば、村長の存在はデメリットしかない。
「勘違いしないでくれ。モンスターの対処はするが、全滅させることが目的じゃない。正直、あれだけの数を捌くのは無理だよ」
おれは夢想家じゃない。
自分の立ち位置は、理解しているつもりだ。
「心配なのは、撃ち漏らしたモンスターが三々五々に散らることだよ。この広大な森を隠れ蓑にされたら、手の打ちようがない」
「六の村の人間で囲えばいいだろ」
「それも一つの手だけど、その分村が手薄になる。そこを襲撃されたら、六の村は壊滅するよ」
鬼ごっこのように、逃げ手と追い手が明確なわけではない。
ほんの些細なことで、立場が逆転することはままあることだ。
「そうならないように、六の村の防御を固めてくれ」
それは村長にやってもらわなければいけない仕事だ。
「可能なら、上手くベイルを取り込む努力もしてほしい」
ワァーンを利用するようで心苦しいが、背に腹は代えられない。
ベイルの存在があるかないかで、森の未来が決まる可能性もある。
「……わかった」
「んじゃ、お互い最善を尽くそう」
うなずき、村長が来た道を引き返していった。
(これでいい)
やっと、理想のシチュエーションになった。
(ここからは、おれが決断する)
それができなかったのは、一人じゃなかったから。
なにをするにしても、すべて巻き込まれる形だったから。
(だれが悪い、ってこともねえけど……)
よくもなかった。
このままズルズルいけば、自分が行ったことが正義なのか悪なのかの判断も出来なかっただろう。
(んなのゴメンだし、流されるのはここまでだ!)
納得するにしろ、後悔するにしろ、道は自分で選ぶ。
少なくともおれは、そうして生きてきた。
派遣になることも、フリーになることも。
(そして、勇者になることもな)
決断の責任を背負う覚悟はあるし、いまさら生きかたを変える気もない。
ただ、それを貫くためには、情報が必要だ。
(より多くの真実を積み上げることで、物事の信否はより図り易くなるからな)
その足掛かりとして、おれは三の村に行く。
村長に死ぬ気はないと言ったのは本当だし、三の村を見殺しにできないのも本音だ。
けど、敵を全滅させることは無理、と言ったのはウソだ。
本気でやれば、それは達成可能だと思う。
ただ、それには敵が逃げない、という条件付きだ。
(圧倒的な力でねじ伏せれば、モンスターは間違いなく逃げるだろうしな)
そうならないと期待するほど、馬鹿じゃない。
だから、村長に六の村の警備を整えるよう進言した。
縁あって知り合った村長やワァーンを始めとする村民には、出来るかぎり傷ついてほしくないし、死んでほしくない。
ただ、六の村にいるかぎり、おれが成すべきことは視えない。
三号の所在もそうだし、大魔王の居場所も然りだ。
そしてなにより、サラフィネがここを転移地として選んだことに意図があるのか、否か。
(まずは知ることだな)
そのうえで、トライ&エラーを積み重ねればいい。
そのために必要のは、モンスターを倒すことと、三の村にたどり着くこと。
どちらも時間との勝負だ。
多くの時間を有するほど三の村の被害が膨らみ、最悪は壊滅もありえる。
(そうはさせねえよ!)
剣を抜き、おれはモンスターの群れに飛び込んだ。