表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/339

33話 勇者は神話の続きを耳にする

 食事を終えたおれは、外に出た。

 朝の陽ざしが気持ちいい。


「んんんんん」


 伸びをした。

 清々しい。


「ハアアアアア」


 沈んだ様子を隠そうともせず、魂すら吐き出しそうな重いため息を漏らす村長が、隣りにいなければ。

 気持ちはわからないでもない。

 さぞショックであろう。


「ハアアアアア」


 でも、これはダメだ。

 この深いため息は、おれの精神を削る。

 やめてほしいが、それを求めるのは酷だ。


(よし。移動しよう)


 こういうときは、逃げるしかない。



 村のあちこちで壊れた家を直すべく、トンカントンカン木づちの音がしている。

 職人たちが汗を流し拭う姿は、さわやかだ。


「こっちに角材をくれ」

「おうよ」


 長い木材を二人一組で運ぶ者もいれば、一人で運ぶ猛者もいる。

 その働きぶりは非常にまぶしい。


「ハアアアアア」


 村長のため息がなければ、より輝いて見えるだろう。


(ダメだ。ここに留まれば、やがて現場の空気を悪くしてしまう。よし。移動しよう)



 女性陣は井戸の周りで、洗濯をしていた。

 井戸端会議とはよく言ったもので、ここでも会話に花が咲いている。

 内容は聞こえないが、キャッキャしている姿は、非常に楽しそうだ。

 けど、会話に集中して手を止めている者はいない。

 全員が洗濯板でゴシゴシと汚れを落とし、額に気持ちの良さそうな汗を浮かべている。


(うん。素晴らしいな)

「ハアアアアア」


 隣に、抜けるんじゃないかと心配になるほど、肩を落とす村長がいなければ。


(ダメだ。両者に対比がありすぎて見てられない。移動しよう)



「我は暗黒超人。貴様らを死へと連れようぞ」


 黒いマントに身を包んだ少年が、山型に置かれた角材の上でそう宣言した。


「そんなことはさせないぞ」

「おれたち山吹獣王隊が相手だ」

「シャーッ!」


 三人の子供戦士が現れた。

 彼らは山吹獣王隊と名乗るにふさわしく、一様に山吹色の服に袖を通している。


「ライオン丸」

「熊キング」

「スネークエース。シャーッ!」


 名前はダセェが、それぞれが名乗った動物のお面をかぶっている。


(スゲェな)


 本物と錯覚するほど、リアルなお面だ。


「来たな! 山吹獣王隊。いいだろう。この暗黒超人の力、とくと見せてやる」


 黒いマントをひるがえし、角材から飛び立った暗黒超人が、シュタッと着地した。


(やるな、暗黒超人。ヴァンガレよ。いいや違った。がんばれよ)


 ちなみにおれは、悪魔超人世代だ。


「でやぁー」

「ちょやー」

「シャーッ!」


 戦いが始まった。


(それでいい。子供は元気が一番だ)


 その溌溂さは、見ているだけでこちらも明るくなれる。


「ハアアアアア」


 隣に、ゾンビのようにふらふらな足取りで付いてくる村長がいなければ。


(もうダメだ)


 これ以上は耐えられない。


「村長。勘弁してくれません?」

「バカ野郎。そんなわけに……いくか。お前とは……約束……があんだ」

「約束?」


 そんなものしただろうか?

 とんと記憶にない。


「明日、話を聞くって……言った……ろうが。バカ……野郎」


 そう言われればそうだ。

 約束という感じではなかったが、昨夜たしかにそう言われた。


「とはいえ村長。いまの状態で、話なんて出来るんですか?」

「ったり……めえだ。行く……ぞ! バカ……野郎」


 村長が歩き出す。

 どうやら、村の外に向かうようだ。

 さすがにあのグロッキー寸前の村長を一人で行かせるわけにもいかないので、おれはその後に続いた。

 足取りは重かったが、迷いは感じられない。

 目的地は決まっているのだろう。


「ここならいいぞ」


 森に入った瞬間、村長の顔つきが変わった。

 途切れ途切れ発していた声にも、活力が戻る。

 歩いたことで気持ちに踏ん切りがついたのか、森の中でなら腹を割って話せるということだろうか。


「聞くだけじゃなく、答えてもくれますか?」


 村長はうなずきながらも、


「話せることならな」


 と付け足した。

 おれとしては、話ができるなら文句はない。

 昨日今日会ったやつに、すべてをさらけ出せないのは当然だ。


「おれには目的があります。正直、ここにいてもそれが叶うことはなさそうですし、手がかりも得られないと思っています」

「目的ってのはなんだ? バカ野郎」

「それは言えません。村長がそうであるように、おれもすべてをさらけ出せるほど、この世界を信じていません」


 おれの本音に、村長はショックを受けたようだ。

 しかし、言い返してくることはなかった。

 ただ耐えるように、下唇を噛んでいる。


「もっと言えば、おれは巻き込まれただけです。モンスターを倒したことも、ワァーンを連れて五の村と四の村に行ったことも、なりゆきです。さらに言うなら、ご神木の枝を切ったこともそうです。これは都合のいい解釈かもしれないが、枝を切った分の償いはしたんじゃないですか?」


 村長はなにも言わなかった。


「それが答えでいいですか? なら、ここでお別れです」

「それはダメだ! 頼む! それだけは待ってくれ!」


 村長が土下座した。

 意外ではあったが、思いのほか動揺はしなかった。

 たぶんこうなるだろうな、と予感していたから。

 察するに、おれとベイルはなにかしらのピースとして組み込まれている。

 それ自体を咎めるつもりはないし、各々が最善を得るために行動するのは当然だ。

 ただ、巻き込まれたモノが善行なのか悪行なのか、が不明なことは問題だ。

 わけのわからないまま、悪事に加担するのはご免被る。


「話してくれませんか」


 額を土につけるだけで、村長は口を開かなかった。

 これも想定内だ。

 ここでペラペラ喋るなら、昨日のうちに話は済んでいる。


「理由があるのはわかっています。話せないことがあるのも、理解しています。だから、話せることだけでいいんです。村長、それでも黙り続けますか?」


 これは最終通告だ。

 ここで動きがないなら、おれは去る。

 これ以上の譲歩はない。


「竜神様の話は聞いてるか?」


 村長が口を開いた。

 首の皮一枚だが、おれがここに残る可能性が生まれた。


「昨日、ワァーンが話してくれました」

「その話には続きがある。六本のご神木を護るのが各村の使命ではあるが、その使命に縛られることなかれ。我らが倒れしとき、勇者降臨し、災厄を鎮めるであろう。とな」

「おれがその勇者なんですか?」

「わからねえ。けど、その可能性は十分にある。ご神木を傷つけたのが、その証拠だ」


 災厄を沈める勇者はベイルで、万が一の保険としておれを確保しておきたい。

 そういう話だと思ったのだが、違うのかもしれない。


「普通反対じゃないですか? ご神木を護るやつが勇者で、傷つけるやつが敵、ですよね?」

「そう思うのも無理はねえ。『てめえら』はご神木を『切れた』んだからな」


 村長は『てめえら』と『切れた』を強調した。

 ということは……


「ご神木は傷つかない?」

「いや、傷はつく。が、倒れることはない!」


 力強い物言いは、倒木の事実すら打ち消すほどの勢いだ。


「大前提として、ご神木は頑強だ。村の若い連中じゃ、まず歯が立たない。斧を振るっても弾き返されるのが関の山だ。村一番の怪力がやれば傷はつくが、二度目を振り下ろすときには、一度目の傷が修復されちまってる」


 つまり、ご神木を切り倒すには、二つの方法しかないわけだ。

 一撃で斬り倒すか。

 数度の攻撃で倒すか。

 ただ後者の場合、次の攻撃を当てるまで回復できない傷を残す、という最低条件がある。

 無理難題のようだが、おれとベイルはそれをやってのけたわけだ。

 にわかには信じがたいが、それなら理解できる。

 圧倒的攻撃力を持つ者なら、災厄も沈められるだろう。


「だけど俺らは、それを許容できねえ」


 立ち上がった村長が、絞り出すようにそう言った。


「どういうことですか?」

「ご神木は、俺らが生まれるずっとずっと前からあったんだ。共に暮らしてきた、大事な仲間なんだ」


 それは本音だと思う。

 ただ、そう感じるだけに、わからないことがある。


「村長。なんでご神木を中心に村を作らないんですか?」


 四、五、六の村のすべてで、ご神木は村外にあった。

 四の村については断言できないが、村の中に大きな樹はなかったし、ワァーンも護衛数人と確認したと言っていた。

 なら、四の村も例外ではない、と考えていいはずだ。

 けど、大事な仲間と表するなら、村外にあるのはおかしくないだろうか。


「過去に何度か、ご神木を中心に村を作ったことはある。周りの木を伐り、家を建てたり開拓したり。ただ、村が九割がた完成すると、ご神木が消えちまうんだ。一晩のうちに、森の中に移動しちまうのさ。見張りをつけてもだめで、だれもいつ消えたかを覚えてすらいねえ」


 意味がわからない。


「ご神木が嫌がるんだよ。バカ野郎」


 苦笑とともに、村長がそう付け足した。

 おれの眉間には、相当深いシワが刻まれているのだろう。


(護られたくない。もしくは、倒されることを望んでいる?)


 その可能性はあるが、ご神木は魔王を封じる結界なのだ。

 竜神が自らの姿を樹に変えてまでそうしたのに、それをご破算にするようなことをするだろうか。

 というより、そもそも論として、樹に自我があるのだろうか。


 ????


 頭の中に、いくつもの疑問符が浮かぶ。


(いままで聞いた話を、少し整理するか)


 過去、この地には魔王がいた。

 そこに戦いを挑んだ六体の竜神は後の敗戦を確信し、その身を樹に変えることで結界を張った。

 そして、それぞれの樹のそばに村を作り、ご神木を護るように告げた。

 けど、それを絶対に死守する必要はなく、倒木された場合、勇者が降臨し、災厄を鎮める。

 とも言ったらしい。

 話だけ聞けば、滅茶苦茶だ。

 でもだからこそ、引っかかるモノがある。

 それは間違いなくどこかで耳にした。

 思い出せれば、おれが取るべき行動もわかるような気がする。

 だけど、それがわからない。


「ああもう!」


 ガシガシ髪を掻きむしり、小刻みに足踏みした。

 ドドンッと大きな音を立て、大地が揺れる。

 これはおれの所為ではない。

 力は強いかもしれないが、貧乏ゆすりで地震は起きない。


「ああっ、嘘だ」


 村長が膝からくずおれた。

 その目線の先には、おびただしい数のモンスターの群れがあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ