表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

337/339

334話 勇者の世界一周旅行

 転移したのは、牧歌的な村の中。


「あんだぁ!? 兄ちゃん、どっから来たんだべ?」


 麦わら帽子をかぶり、鍬を担いだおっちゃんと目が合った。


「あっ、こんにちは」

「おう、ってそうじゃねえべ。おらはおめがどっから来たのか訊いてんだ」


 畑に行く足を止めるぐらい衝撃的であったのと、急に現れたヤツを警戒しているようだ。


(まあ、当然だよな)


 不思議なことはなにもない。

 ただ、鍬は担いだままだから、戦う気はない……と思いたい。


(うん。きっと大丈夫だな)


 仕事前に足を止めてくれたんだから、いい人に違いない。


「神界から、転移魔法で来ました」

「神界ってどこだ?」

「遠く遠く離れた場所です」

「そっか。んじゃ、おらが知らねえのも当然だな」


 あっさり納得された。


「んで、兄ちゃん。その神界ってとこから、こんな田舎になにしに来たんだべ?」

「異形の邪神を討伐してこい、って言われたんですけど、ご存じですか?」

「異形の邪神? そったらもん、知らねえな」


 腕を組んで首をかしげる様子は、芝居じゃなさそうだ。


「そうですか。じゃあ、この辺に沼はありますかね?」

「沼!? ……そっだな。一番ちけぇのは、東のパヌマだな」

「ありがとうございます」


 一礼し、東に向かってダッシュした。



「っざけんなよ!」


 地団太を踏んだ。

 結構な距離を走って着いたパヌマは、立派な街だった。

 沼の要素は微塵もない。


(音の響きにつられただけだよな)


 おっちゃんに悪意はなく、ただの勘違いだと信じたい。

 唯一の救いがあるとすれば、今度は複数の人に聞き込みをするチャンスがあることだ。


「すみません。この辺に、異形の邪神がいる沼ってありますか?」

「異形の邪神!?」


 話しかけた門番が、険しい顔つきになった。

 わからないではない。

 上っ面だけだと、おれはあぶないヤツだ。


「勘違いしないでください。おれは邪神を信仰していません」

「身分証を提示しなさい」

「ありません」


 本来なら素直に提示するのだが、持っていないのだからどうしようもない。

 ジ~ッ、と目を見られている。

 ここで逸らしたら、負けだ。

 やましいところのないおれは、まっすぐと見返した。

 溢れ出るピュアさによって、すぐに軟化するだろう。


 ピィー


 門番が笛を吹いた。

 嫌な予感がする。


「おい!? どうした!?」

「カルト教信者だ。捕まえろ!」


 純粋無垢なおれを理解できなかったようだ。


(残念だな)


 これ以上の問答をあきらめ、おれはダッシュでその場を後にした。



 パヌマから走ること数分。

 距離にして、数十キロは移動した。


「ちょっといいかい? 少年よ、この辺に異形の邪神がいる沼ってあるかな?」


 次にたどり着いた村で、おれは十歳ぐらいの男の子にそう訊いた。


「異形の邪神がいる沼……教えてもいいけど、それちょうだい」


 男の子が指さすのは、駄菓子の袋。


「全部は無理だ。一個でいいか?」

「ケチくせえな。けど、選ばせてくれるならいいよ」

「わかった。どれがいい?」

「後ろにあるせんべい」


 えびせんを選ぶとは、なかなか通ではないか。

 本音ではおれが食べたかったが、しかたない。


「ほらよ」

「あんがと。ふぉおおお、なんだこれ!? 超ウメェ!」


 震えるほど感動する味ではないと思うが、満足したならよかった。


「んじゃ、異形の邪神がいる沼を教えてくれよ」

「まっすぐ南に行けば着くよ」

「ありがとうな」


 おれは男の子が指さすほうに向かった。



「あのクソガキ! ダマしやがったな!?」


 着いたのは漁港だった。

 大型船舶が出港していったので、間違いない。

 田舎もんが海と沼を勘違いした可能性もあるが、たぶんわざとだ。


「戻ってお仕置きするか」


 大人をダマすとどうなるかを教えてやりたいところだが、そうする時間がおれにはない。

 いまこうしている間も、異形の邪神は復活しようとしているのだ。


(っていうか、もうしてんじゃねえか?)


 なんだかんだ、おれがこの世界に来てから数時間が経過している。

 サラフィネの感じでは、復活はもうすぐそこに迫っているようだったから、手遅れかもしれない。


「んじゃ、もういいか」


 焦る必要はない。

 遅れたとしても、正確な位置を教えなかった、この世界の住人とサラフィネが悪いのだ。


(うん。なんかそう思ったら、どうでもよくなってきたな)


 駄菓子の袋からう●い棒のパクリである、ぬまい棒を取り出し口に含んだ。


(たこ焼き味だな)


 ポピュラーな味ではないかもしれないが、問題ない。

 おれはソースの濃い味が好きだ。


「おい、兄ちゃん。ここは飲食禁止だぞ」

「すんません」

「食うなとは言わねえけど、さっさと片してくれ。でないと、アイツが来ちまう」

「ゲハハハハ。それは俺様のことか?」


 巨大なイカが海を割って現れた。


「うわあああああ。逃げろ!」


 走り去る青年に向け、巨大イカが墨を吐いた。

 バシャと頭からかぶり、真っ黒だ。

 それも悲惨だが、臭いがすごい。

 生ゴミのような異臭が、おれのところまで漂っている。


「ゲハハハハハハ。次はお前だ」

「風波斬!」


 墨を吐かれる前に、真っ二つにした。


「おおっ!? スゲェな、兄ちゃん!」

「感心する前に、洗ってきたほうがいいよ」

「それもそうだな……それと、礼がしたいから、一緒に来てくれ」


 お言葉に甘えよう。



「へぇ~、邪神を倒す旅をしてんのか」

「そうなんだよ。けど、肝心の沼がどこなのかわかんねんだよ」

「だれか知ってるか?」


 組合事務所のような場所で倒したイカをつまみに話しているのだが、だれも心当たりがないらしい。


「困ったなぁ」

「あの……ちょっといいですか?」


 部屋の端にいた少年が手をあげた。


「それって、大賢者サラフィネ様のおとぎ話じゃないですか!?」

「違うだろ。あれは異形の邪神じゃなくて、火山の噴火を止めた話だろ」

「バカ言うな! あれは舞い降りた天使を守りながら、元居た世界に送り返す話だ」

「それもちげぇだろ。あれはそれとは知らずに育てた馬がユニコーンで、それに跨ったサラフィネ様が貧しい子供に施しを与えていく話だぞ」


 喧々諤々モメはじめた。

 が、内容はどうでもいい。


「その話の舞台はどこよ?」


 おれが知りたいのは、その一点だ。


「たしか、海の向こうじゃねえかな」

「どんぐらいかかる?」

「船で二、三か月だな」


 そんな悠長に旅はしていられない。


「わかった。あんがとう」


 席を立ち、海に向かった。


「方向はどっち?」

「あっちだな」

「よしわかった。んじゃ、行ってくるわ」


 走り幅跳びの要領で海に跳躍し、着地と同時に走り出す。

 魔法の力でもなんでなく、時速一〇八キロぐらい出せるなら、海の上を走れたはずだ。

 普通なら無理だが、いまのおれなら問題ない。


 ズドドドドドド


 猛烈な勢いで、海を駆け抜けた。



「っざけんなよ!」


 おばさんに話を聞いたら、サラフィネの物語の舞台は、この大陸ではないらしい。

 ほぼ走破する前に知りたかった。


「北の大陸だよ」

「ちきしょうが!」


 もう一度海を走り、おれは北の大陸に向かった。



「絶対にここじゃねえよ!」


 北の大陸は、極寒だった。

 猛吹雪が吹き荒れ、数メートル先すら見通せない。

 けど、決めつけるわけにもいかない。

 もし万が一ここだったら、悔やみきれない。


「ちきしょうが!」


 走り回った結果、邪神はおろか、人っ子一人いなかった。

 沼もなく、寒いだけの無人島だ。


「マジでどこにいんだよ!? 異形の邪神!」


 叫びながら、おれは北の大陸を後にした。



「サラフィネ様の話の舞台? それなら、ここからちょっと行ったとこだべ」


 振り出しに戻るではないが、一番最初に会ったおっちゃんがそう教えてくれた。

 世界を一周した結果が、これである。

 おれは無言で駄菓子の袋を渡し、その場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ