329話 勇者は裁かれた
「嘘だ……その閃魔斬で……僕を斬れるはずがない」
閃魔斬とは、文字通り、魔を斬る閃きである。
だから、神様であるクリューンには通じない。
そう思うのも当然だ。
けど、おれは確信していた。
「お前は神様の肩書を持ってるけど、邪神だろ?」
斬れたのがその証拠だ。
「そんなはずはない! 僕は立派な神様だ!」
「立派かどうかは問題じゃねえよ。大事なのは、斬れたかどうかだ」
「調子に乗るな!」
「乗ってねえよ。っていうか、消える前に謝れ」
「僕が謝る理由がない」
開き直っているわけではない。
本当に、そう思っているのだ。
「アマメを利用したのも悪くないのか?」
「もちろんだ」
「そっか。なら、もういいよ」
これ以上の会話は無駄だ。
クリューンとは、どこまでいってもわかりあうことはない。
「おれはお前を許さない。それだけで十分だ」
「ああ。僕もきみを許さない!」
お互い平行線で、交わることは一生無い。
「じゃあな!」
もう一度、竜滅刀を大上段に構えた。
「閃魔斬!」
斬られてなお、クリューンはおれをにらみ続けている。
「神をその手にかけたこと、後悔することになるぞ!」
捨て台詞というよりは、呪詛に近い。
「きみは絶対に幸せになれない!」
最後の最後まで他人を不幸を願うのだから、筋金入りだ。
「永遠の虚無を漂うことになるんだ!」
笑いながら、クリューンは消滅した。
これで一件落着……とはいかない。
カンカン
木槌が二度打ち鳴らされ、
「只今より、裁判を開廷する」
上級神がそう告げた。
いままで微動だにしなかった本丸が、ついに動き出した。
「被告は清宮成生。君だ」
「お待ちください。なぜ勇者が裁かれるのですか?」
「君は黙っていなさい」
注意されたサラフィネが息を呑む。
わからないでもない。
上級神から沸き上がるオーラは、絶対的な強者のソレである。
これを相手に尻込みしないのは、余程の鈍感かアホだ。
「罪状はなんですか?」
おれのように。
「神に対する不遜と、これまでの功績の検証だ」
「具体的に訊いてもよろしいですか?」
「神に対する不遜とは、君がクリューンに対してとった行動だ」
「よかった」
おれが胸を撫でおろすと、上級神とサラフィネが怪訝な表所を浮かべた。
「ご安心ください。おれはおかしくなっていませんよ」
「だとしたら、落ち着いてはいられぬはずではないか?」
「そんなことはありませんよ。クリューンを殴った時点で、裁かれるのは覚悟の上ですから」
「ふむ。すでに腹は決まっておるわけか。だが、それと胸を撫でおろすのは別であろう」
「たしかにそうかもしれませんね」
自分の犯した罪を考えれば、重罪は免れない。
「けど、今回の裁判に、女神に対する不遜が含まれていなかったので」
正直、サラフィネを尊く扱った記憶がない。
出会った瞬間から、殴りたいと思っていた。
不遜の比重で言うなら、クリューンより重いはずだ。
「なるほど。そういうことか」
笑い声こそだしていないが、上級神は肩を揺らしている。
「まあ、女神に対する不遜が含まれていた場合は、大いに反論しますけどね」
苦労させられたという意味では、おれのほうが何倍もしたはずだ。
「安心したまえ。それは含まれていない」
「よかったです」
「よくありません!」
サラフィネは納得がいかないようだが、おれも上級神も相手にしなかった。
「君のクリューンに対する態度や言葉遣いは、お世辞にも褒められたものではない……しかし、彼の暴走を止めたのも事実だ」
「そう聞くと、おれがいいことをしたように聞こえてしまいますね」
「実際、そうであろう?」
おれはかぶりを振った。
「いいこと、なんてしてませんよ。おれがしたのは、ただのケンカです」
アマメを弄んだクリューンが許せなかっただけで、正義のためなんて考えは微塵もない。
相容れない存在を、力で屈服させただけだ。
「結果がよければ、問題なかろう」
「その通りです。おれはクリューンを殴れただけで充分です。後はおまけです」
「はっはっはっ! 神界やサラフィネ君に与えた好影響も副産物と申すか……では、悪影響も副産物と申すのか?」
「はい。間違いありません!」
「そうか。まあ、そう思うのは君の自由だ。けど、責任は取ってもらわなければならない」
厳しい視線を向けられた。
「もちろんです。すべて責任はおれにあります」
「サラフィネ君は関係ないと?」
「クリューンを滅したのはおれですからね。その咎を女神が背負う必要は、どこにもありません」
「その力を与えたのはサラフィネ君だ」
「異論はございません。ですが、与えた力を正しく使用しなかったのは、おれの未熟さです」
頭を下げた。
「それを管理するのが、彼女の役目であろう」
「そうかもしれませんが、いまの女神にその力はございません」
ことが終わって冷静に観察すればよくわかる。
サラフィネから感じていた、大きな力はない。
「清宮成生の魂を修復する際、少しずつ私の力を譲渡していました」
クリューンとの戦いでそう言っていたのは、ウソではないのだ。
「すべて承知の上というわけか」
上級神の視線が鋭さを増した。
「それは違います。サラフィネの変化に気づいたのは、数分前です」
「だから彼女は関係ないと申すのか?」
「その通りです」
「君は立場を理解しているのか? 君は被告であって、弁護士ではないぞ」
「もちろんです。おれは裁かれるべきことをしました。ですから、審議の結果、永遠の虚無を漂うことになっても、異論はありませんよ」
ざわざわ声がする。
おれの覚悟に、ほかの神たちが驚いているようだ。
「邪魔だな」
上級神が手を払うと、すべての映像と声が消えた。
これで、この場にはおれとサラフィネと上級神しかいない。
けど、ドギマギすることもない。
まっすぐ上級神を向かい合うだけだ。
「君の覚悟は理解した」
カンカン
再度木槌が打ち鳴らされ、
「判決を言い渡す! 清宮成生を、無期懲役に処す!」
重い刑を言い渡された。