326話 勇者は神を殴り続ける
神様を殴り飛ばす。
そんな奇行を実行した。
…………
辺りは一瞬だけ……静寂に包まれた。
「殺せ! いますぐそいつを殺せ!」
「蛮族を生かしておくな!」
「衛兵! さっさと動け!」
すぐに罵声や命令が飛び交う。
「地球を破壊しろ!」
中にはとんでもないことを言っているやつもいた。
ただ、動揺しているのは外野だけ。
上級神は微動だにしていない。
サラフィネも無反応……ではなく、ほんの一瞬だけ、小さく拳を握っていた。
(とことん嫌いなんだな。まあ、他人のことは言えねえけどよ)
問答無用で殴るぐらい、おれも好きじゃない。
「ずいぶんな蛮行だな」
なにごともなかったかのように、クリューンが立ち上がった。
驚きはない。
殴りはしたが、手応えは皆無だった。
たぶん、殴られたことを強く印象づけるため、自分から派手にリアクションしたのだろう。
「釈明の機会を与えようじゃないか。さあ、理由を言ってみたまえ」
これも、自分の寛容さを示すためのアピールだ。
付き合うつもりはないが、理由ぐらいは教えてやろう。
「お前が気に入らない。それだけだよ」
「はっはっは。まるで子供の癇癪だ」
「後先考えない、って意味ならその通りだな」
拳を振るった。
スピードも力の入れ加減も、さっきと同じ。
ただ、結果だけが違った。
首を軽くひねる最小限の動作で避けられた。
カウンターを合わせるのも、そう難しくない。
けど、クリューンはそれをしなかった。
「僕は平和主義者なんでね」
「違うだろ。お前は物事を自分のいいように操りたいだけのクズだよ」
「はっはっは。ずいぶんな言いようだね。まさか、この状況で罵倒されるとは思ってもみなかったな」
わからないでもない。
裁判中に相手を罵るのは、マイナスにしかならない。
心証もよくないはずだ。
『し・け・い! し・け・い! し・け・い!』
思った通り、死刑コールがこだました。
『公判など必要ない!』
『今すぐ死刑に処すべきだ!』
『そいつとサラフィネは、今ここで絞首にするべきだ!』
まるでセリフが決められているように、異口同音の主張が響き渡る。
全員のボルテージが上がり、『し・け・い!』コールが加速する。
(うるせえな)
サラフィネもおれと同じ気持ちなのか、顔をしかめている。
上級神は無反応だ。
まるで、外野の声など聞こえていないかのような佇まいである。
『し・け・い! し・け・い! し・け・い!』
「まあまあ」
皆落ち着け、とでも言いたげに、クリューンが手のひらを下へ下へ動かした。
効果はてきめん。
すぐに静かになった。
(こいつらバカなのか!?)
ここまで露骨だと、あきれてしまう。
「僕はそうは思わない。どんな悪人であっても、罪は法の下で裁かれなければならないからだ」
『おおおおお』
感嘆の声が沸き上がったが、正気だろうか。
こんなわかりやすい印象操作に、惑わされるバカはいない。
「サラフィネ様……ご乱心されたのですね」
意外といるようだ。
横目で確認すると、サラフィネは小さくかぶりを振った。
気にする必要はない。
そんな感じだ。
(まあ、ダメって雰囲気でもやるけどな)
上級神が相手でも、おれの行動は変わらない。
「おれはお前を許さねえよ」
「世迷い事だな。きみに許されなきゃいけないことなど、僕にはない」
「そう思ってるならそれでいいよ。おれも説明する気はねえしな」
再度拳を振るった。
「きみも学習能力がないね」
避けられるものと高をくくっているようだが、
「ぐはっ」
おれの右ストレートを顔面に受け、クリューンが吹き飛んだ。
「な、なんだと!?」
驚いているようだが、なんてことはない。
さっきまでは、おれが手加減していただけだ。
「万が一にも、可能性はないと思っていたけどよ。もしお前が自分の非を認めるなら、一発殴っただけで終わらせてやろうと思ってたんだよ。けど、その気がないなら、殴ってわからせるしかないだろ?」
「僕の非? そんなものはない!」
うも言わせず、もう一発殴った。
「こんなことをして、タダで済むと思っているのか!?」
答える代わりに、蹴り飛ばした。
「いいだろう! この喧嘩、買ってやる!」
瞳に憎悪を宿し、クリューンが立ち上がった。
「刑を執行します! よろしいですね?」
上級神が二度うなずいた。
「許可が下りた! これより、清宮成生と女神サラフィネの死刑を執行する!」
『うおおおおおおおおおお!!』
地鳴りのような歓声があがった。
「まずはきみからだ!」
おれとクリューンの決闘が幕をあげた。