325話 勇者は神を殴る
真っ白な世界。
おれは神界に戻ってきた。
「お疲れ様」
迎えるのはサラフィネではなく、クリューン。
担当の女神は、いつぞやのように拘束されている。
(不本意……じゃなさそうだな)
落ち着いていて、逃亡の『と』の字も感じさせない。
「状況は、説明しなくてもわかるだろ?」
正面奥に上級神の姿があるから、裁判が開かれるのだろう。
「罪状は、女神による異世界への過度の干渉だ」
クリューンがおれの背中を押した。
歩け、ということだ。
抵抗するのも面倒臭いので、従った。
「はっはっは、聞き分けがいいな」
「そう思うなら、背中を小突くのやめてくれよ」
痛くはないが、不快ではある。
「きみは証人、であると同時に、罪人でもある。そのことを肝に銘じるんだ」
拒否権はないらしい。
(まあ、しょうがねえか)
サラフィネの罪はおれの罪。
そこに文句はなかった。
なぜなら、前回の裁判のようなモノで、おれがそう認めたから。
「そこで止まれ」
上級神から十五メートルぐらい離れたところが、おれの立ち位置だ。
「まずはこれを観ていただきたい」
パチン
クリューンが指を鳴らすと、上空に映像が映し出された。
「勇者よ。あきらめるのは早計ですよ」
「無茶言うなよ。もう死ぬ未来しか描けねえよ」
「大丈夫です。私が勇者を治してあげます」
この会話が成されたとき、おれの意識はなかった。
だから、映像を観て驚いた。
槍で貫かれたのは腹だと思っていたが、正確にはみぞおちの少し上だった。
(心臓がヤラれてても不思議じゃねえな)
なんとなくだが、アウトのような気がする。
サラフィネの顔も青ざめており、緊急事態だとわかる。
うも言わせずに槍を引っこ抜くと、
「ぐふっ」
映像の中のおれが血を吐いた。
地面に広がる血だまりも含めれば、出血多量は疑いようがない。
(おれ、死にそうだな)
青白い肌を含め、生気が感じられない。
けど、そうならないことは知っている。
サラフィネが神々しい光を生み出し、風穴を埋めるように押し込んだ。
ビクンッ!
おれの体が大きく波打った。
「ふうぅ」
安堵の息を吐くサラフィネから察するに、危機は脱したのだろう。
「んじゃ、ついでに六号も頼むわ」
「一命を取り留めるまではできますが、後はご自身でお願いします」
「意地悪すんなよ」
「心外ですね。これでも破格なんですよ」
おれの口は微動だにしていないが、会話が成立している。
(不思議なこともあるもんだな)
女神の凄さをあらためて実感したところで、映像が止まった。
「ご覧いただきました通り、サラフィネ容疑者は異世界に赴き、清宮成生を蘇生させております。これは禁足事項を破るモノであり、あってはならない行為です」
『異議なし!』
複数の男の声が聞こえた。
傍聴人の姿はないが、どこかで観ているのだろう。
満面の笑みを浮かべながら、クリューンが再度指を鳴らした。
「お目覚めですか? 勇者」
「どうしてここにいるんだよ!?」
「勇者を救うためです」
「いいのかよ? そんなことして」
「もちろん駄目ですよ。けど、後悔はしていません」
さわやかな表情で、サラフィネは胸を張っている。
パチン
また映像が止まった。
「この会話が示すように、サラフィネ容疑者は自らの罪を認めております。そして、禁忌を犯したことを、悪びれる様子もありません」
右手人差し指でこめかみを押さえながら、クリューンがかぶりを振った。
「非常に残念です」
言葉とは裏腹に、顔にはざまあみろと書かれている。
「本来なら、この罪はサラフィネ容疑者のみが償う事案ですが、証人である清宮成生は過去にこう言っております」
「私と女神サラフィネは現状、ともに半端者です。これからも多くの間違いを犯すでしょう。ですから、私たちの罪を合算してください。どちらかが罪を犯した場合、私とサラフィネの両者で責を受けます」
過去の発言が、証拠映像とともに蒸し返された。
「非常に残念ではありますが、こう述べている以上、無罪放免というわけにはまいりません」
悩まし気というか、苦渋の決断感がすごい。
(前も思ったけど、こいつは役者になったほうが大成するよな)
自分で書いたシナリオをこれだけ熱演できるのだから、それは立派な才能だ。
「死刑を求刑します」
『し・け・い! し・け・い! し・け・い!』
大合唱だ。
異論反論する者は、だれ一人としていなかった。
「決まりだな」
「一つだけいいかな?」
『ふざけるな!』
『この恥知らず!』
『下郎が!』
たった一言言っただけとは思えない罵声が降り注いだ。
(おいおい。ここって神界だよな)
とてもじゃないが、神聖な存在が集っているとは思えない。
むしろ、ヤンキーのたまり場といったほうがしっくりくる。
「まあまあ。最後の訴えくらい聞こうじゃないか」
クリューンの制止に、外野の声が止んだ。
(調教済みなんだな)
不憫なくらいわかりやすいが、いまはどうでもいい。
大事なのはこの先だ。
「ああしたのは、お前だよな?」
画面に映るグレーの翼を生やしたアマメを指さした。
「そうだね」
「あれは過干渉にはならないのか?」
「あの世界は汚れていた。だから、彼女に浄化させる決断をした。それは僕の仕事だからね」
「そっか。仕事だから許されるのか」
「その通りだ」
胸を張る様子からして、それは当然の行いなのだろう。
鳴り響く賞賛の拍手が、肯定している。
「なんで、アマメだったんだよ?」
「彼女が適任だった。それ以外に理由はない」
「アマメの意思は?」
「充分な対価は保障した」
「おれが訊きたいのはそういうことじゃねえよ。やるかやらないかの意思確認をしたのかどうか、ってことだよ」
「もちろんしたよ」
たぶん、これはウソだ。
人間を下に見ているクリューンが、そんなことをするはずがない。
「もう一回だけ訊くぞ。アマメの意思は確認したんだよな!?」
「何度も言わせるな! そうだと言ったろう!」
目を吊り上げ、すごい剣幕で怒鳴るクリューンを、おれは殴り飛ばした。